先に、金物で出来た絞り口のある袋を絞って、白いクリームを塗られたケーキの上に、ポッポッポッ、と手際よく、やはりクリームを絞っているハイ・ヨーの見事な手付きを、ひたすら、コネコネコネコネ捏ね終えた、二種類のクッキーの生地を寝かせたセツナは、じーーーっと眺めていた。
「……だからね。折角のお誕生日、ケーキくらい、作ってあげたいと思ったあるヨ」
興味深そうに、面白そうに、己の手許を眺め続けるセツナに、ハイ・ヨーは、先程から語っていた、ケーキを制作している理由の説明を、そうやって締め括った。
「そうだったんですかぁ。……そのケーキ、凄く美味しそうだから、きっと喜んで貰えますね、ハイ・ヨーさん」
──その日、ハイ・ヨーが、一寸特別、なケーキを拵えていた理由は。
クルクルと良く働く、このレストランでお運びをしている少女、ミンミンが、誕生日を迎えたことを知ったから、だそうで。
だと云うなら、何時も元気に働いてくれる彼女の為に、せめてケーキくらいは、と思い、そ知らぬ顔をして、所謂誕生日ケーキを作っているのだと、作り手に教えられ。
そっかー、とセツナは、ふんふんと相槌を打ちながら、ハイ・ヨーの話に耳を傾けた。
「お誕生日って、祝って貰えると嬉しいですもんね」
「そうあるヨ。幾つになっても、祝って貰えるのは嬉しい日なのヨ。──そう云えば、セツナさんはお誕生日、何時あるヨ?」
「僕? 僕、は……ホントのお誕生日判らないから、元旦にお祝いして貰ってました。ナナミと一緒に」
「…………あ。…………御免、あるヨ……」
「気にしなくったっていいですよぅ。小さい頃からずーーーっと、じーちゃんとナナミに、僕もお祝いして貰ってたんですから」
……その途中。
話の流れと云うか、勢いで、セツナの誕生日を尋ねてしまったハイ・ヨーは、しまった、と云う顔をして、申し訳無さそうに、セツナへ詫びたけれど。
詫びられた当人は、ほえほえと笑って。
「……あのね、ハイ・ヨーさん」
「………………何あるカ?」
「……そのケーキ、ミンミンさんにあげた後、余ったら、味見してもいい……?」
じーーーー……っと見詰めていた、美味しそうなケーキが過分に出来たら、お裾分けして? とねだった。
味見させて? とねだったセツナに、
「勿論あるヨ」
と、ハイ・ヨーが快諾してから、一刻程が過ぎた頃。
誠に器用な盟主殿は、焼き上がったばかりのクッキーを、ちょちょいと可愛らしい箱に詰めて、ナナミの元へ届けた後、それとは別に、幾つかに小分けして、口を、色付きの紙紐で縛った、クッキー入りの袋達を抱え、城内を彷徨い始めた。
元々は、ナナミ達のお茶会の為にと拵えられたクッキーは、本当に大量に作られたようで、軍師や将軍達の部屋や、年がら年中お茶会をしている、元・赤月帝国の貴族達が陣取る三階テラスや、兵舎に図書館に商店街に、と様々、配られ。
テレーズやアップル、ヴァンサンにシモーヌ、ゲオルグを筆頭とした甘物好きな者達や少年少女達、と言った、沢山の仲間達に喜ばれ。
御満悦、になったセツナは、レオナの酒場に向かった。
そこへ来る途中、倉庫番のバーバラにも渡したクッキーの袋を、常のようにカウンターにいる、レオナへも手渡し。
「クッキー作ったんだけど、食べる?」
……と、例によって例の如く、酒と戯れていた腐れ縁傭兵コンビの座るテーブルへと、セツナは近付く。
「クッキー? 甘いんじゃねえのか?」
にこにこしながら寄って来たセツナに、ビクトールとフリックは、んー? との顔を作ったけれど。
「甘くないよ、ちゃんと、加減して作ったもん」
ポン、と袋をテーブルの上に置いて、彼はちゃかちゃか、空いていた椅子に腰掛けた。
「なら、頂いてみるか」
「そうだな」
セツナの、甘くない、の言葉を信じ、傭兵達は、酒へと伸ばしていた手を、袋へと向けた。
「お、旨いじゃねえか」
「器用だよなあ……お前って」
ひょいっと取り出したクッキーを、一気に口の中へと放り込んだビクトールは、満足げな表情となり。
一口齧ったフリックは、感心する風に呟き。
「ねえねえ、処でね、ビクトールさん、フリックさん」
益々、御満悦になったセツナは、そうそう、と話を変えた。
「何だ?」
そんなセツナを、二つ目のクッキーを頬張りながらビクトールは見下ろし。
「……あのね。マクドールさんのお誕生日って、何時なのか知ってる?」
「カナタの誕生日? ………………さあ、覚えがないな……」
聞き及んだ覚えは無い、とフリックは、セツナの問い掛けに答えた。
「そっかぁ…………」
「何だ? セツナ。カナタの誕生日、知りたいのか? ってーか、未だ知らなかったのか? あれだけ仲が良いくせに。……まあ、俺も知らないが、知りたいってなら、本人に直接尋ねりゃいいじゃねえか」
御満悦だった顔色を、一転曇らせたセツナへ、本当の兄弟のように仲が良いお前等なら、そんなこと、疾っくに知ってるもんだと……と、ビクトールは目を丸くしたが。
「だって…………。──そーゆーこと訊いて、マクドールさん、平気かなあ……。大丈夫だと思う? 何か色々、こう…………思い出させちゃったりとか、しない……? ルックに訊いてもシーナに訊いても、それこそ誰に訊いても、マクドールさんのお誕生日知らないって言うし……ビクトールさんもフリックさんも知らないなら……わざと、誰にも教えないでいるのかなー、って思うし……──」
上目遣いになってセツナは、そろりと、ビクトールとフリックを見比べた。
「……変な所、繊細に出来てるのな」
「変な所だけじゃないもんっっ! フリックさんの、苛めっ子っ!」
「まあまあ……。…………多分……尋ねても、平気じゃねえのか? 普通に考えりゃ、三年前からカナタのことを知ってる連中全員、あいつが生まれた日を知らないってのも、戦争中だったから、ってことで片付けられるし。……ああ、何なら、クレオに尋ねてみりゃいいさ。幾ら何だって、クレオは知ってんだろ」
「あ、そっか、クレオさん。クレオさんに訊けばいいんだ。──じゃ、明日聞いてみる。アリガトね、ビクトールさんにフリックさん。……そうそう、明日又一緒に、マクドールさんのお迎え、行ってね?」
──ちょこん、と座った椅子の上で、上目遣いをしてみたら。
それを知りたいのなら、クレオに訊けばいい、と教えられ。
にこぱ、っと笑みを浮かべたセツナは、明日の『グレッグミンスター詣で』に付き合って、と傭兵達に申し出て。
御用事お終いっ! と、腰掛けていた椅子より飛び下りた。