真っ白い、月明かりを眺めつつ。

うつらつうらと船を漕ぎ、時折まなこ開いて辺りを確かめ、そうやって、池の畔でカナタが朝を迎えたら。

思った通り、家々から朝餉の為の煙が立ち上る頃、宿屋の娘が彼を迎えに来た。

「……あの、カナ……──。その、お客様? 朝食のお時間ですけど……」

「ああ、おはよう。申し訳ないね、結局ここで、夜明かしをしてしまった。……釣果の方は、とんと、だけどね」

池へと続く小道を辿り、恐る恐ると言った風情で近付いて来た彼女に、身を起こしていたカナタは、空っぽの魚籠をひっくり返して、軽く笑み掛け。

「そういう時も、ありますよ」

その笑みを見詰めて彼女、エリは、はにかんでみせた。

そして彼等は、連れ立つように、宿屋へと向い。

「お食事の後も、又、釣りですか?」

「そうだね、そうしようかな。…………ああ、そうだ。一つ、お願いしてもいいかな?」

「何を、ですか?」

「こうも、『坊主』続きでは、流石に悔しいからね。午前の間だけでいいから、あの池、独り占めしたくて。だから、見張り番、してて貰えないかな?」

「え? ……ええ、良いですよ。そんなこと、お安い御用です」

「そう? 良かった。一寸、一人になりたいのもあってね。──有り難う、手間掛けさせて、御免ね?」

己を揺する『誘惑』より、少しばかり遠退いてみようかと、そんなことを考えたカナタは、適当な言い訳を引き合いに、エリへそんなことを頼み、頼まれたエリは、快くそれを引き受け。

朝餉の為に彼等は、小さな宿屋へと入って。

時は流れ。

数刻が過ぎ。

同日、バナーの村の、小さな池の畔。

コウ少年の声であるのは確かだけれど、随分とけたたましくて甲高い割には、何と言うか、切羽詰まっているとも思えない、違和感のある『悲鳴』だなあ、と。

バナーの森の方角から沸き起こった、カナタの耳にはどうしたって、子供の他愛無い悪戯としか聞こえない『悲鳴』が響くのを聞いていたら、賑やかな人々の声が聞こえて来て。

これでは、考え事もうたた寝も、盛大に邪魔されそうだ、寝不足だから昼寝したいのに、とブツブツ思いつつ、近付いて来る気配に気を配りながら、それでも素知らぬ顔をして、釣り糸を垂れていたら。

「あのぅ……」

そろり、小さな、けれど何処か楽し気に弾んでいるような声音で呼び掛けられ。

「……ん?」

カナタは、振り返った。

「あ……」

「……おや」

振り返ってみればそこには、ふわふわした薄茶の髪と、くりっと丸い薄茶の瞳を持った、実年齢よりも若干若く見える風な雰囲気の、愛くるしい顔立ちをした少年が立っており。

これは随分と可愛らしい『仔犬』だ。

尻尾と耳が付いていれば、もっと可愛いのに。

……などと、何処か『壊れた』感想を抱きつつカナタは、少年を見詰めた。

『仔犬』、と評した少年の、セツナなる名も。

少年が、己と同じ、天魁星の下に生まれていることも。

始まりの紋章の片割れを、その右手に宿していることも。

今は未だ、知らぬままに。

End

後書きに代えて

お子@一号、inバナー村。

原典中、何故坊ちゃんがバナー村にいたのかの真相は、私には判りかねますが(笑/まあ、想像は出来るけど)、家のお子は、こういう理由でバナーにいました、って話です。

そしてそのまま傾れ込む、『運命の日』。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。