己の友達であるムササビが、二度もその面に張り付いたのを、セツナが甚く気にしている風だったからかも知れない。
デュナンに戻るのは明日、今夜はセツナ、家に泊まって行くよ、何時ものことだし、と、カナタが言ったからかも知れない。
そうでもなくば、クレオが、縋るような色を乗せた眼差しを、幾度となく、送って寄越したからかも知れない。
だから恐らくは、その、何れかの理由の所為で。
帰宅の切っ掛けを逸し続けた所為もあって、その日ソニアは結局、ずるずると、マクドール邸に居続けた。
「お夕飯、お夕飯っ。……夕御飯、何にしますー? ムクムク達は、何が食べたいー?」
ソニアが腰を上げない──否、上げられないのを知って、今日は、大人数で夕御飯ー! と、はしゃいでみせるセツナや、クレオやソニアにも慣れたのか、足許や膝の上で、ふにふにもふもふ、勝手に寛ぎ出し、時には、「構って?」と言わんばかりのつぶらな瞳を向けて来る、ムササビ達に取り囲まれて、唯、苦笑ばかりをソニアは浮かべ。
それより先は、口数こそ多くはなかったものの、『それなりの表情』を湛えて彼女は時を過ごして、夕餉の礼を三人に述べ、直ぐそこの、己の館へと帰って行った。
「……そう言えば、ソニアさん。何処行く途中だったんでしょうね? ミクミクとぶつかった時、ソニアさん丁度、家から出て来た処だったの、今更思い出しちゃって。……もしかして、引き止めるようなことしたの、御迷惑でしたかねー……」
彼女が帰宅して、暫くの間。
マクドール邸の中で、彼女の名が三人の話題に上ることはなかったのだけれど。
明日の為に、そろそろ寝ようかという刻限、潜り込んだカナタのベッドの中で、己達の足許辺りで、制作に失敗した白玉団子のようにくっ付いて眠り始めた、ムクムク達を気遣いつつ寝返りを打ちながら。
不意にセツナが、ソニアの名前を引っ張り出した。
「ああ、平気なんじゃないかな。夕飯も良かったら、って話になった時、一応、予定の有る無しを彼女に訊いたら、特には、って言ってたしね。昼間のあれは、一寸した用事を足す為に家を出ただけだから、とも」
セツナ同様、足許のムササビ達を気遣いながらも。
毛布越しとは言え、ムササビ五匹分は結構な重さと迫力、と、団子状の茶色い塊を、しみじみ見遣りながらカナタは、己の腕を枕に、セツナと向き合う。
「一寸した用事?」
「うん。……ほら、女神像の広場挟んだ、向こう側の屋敷町に、ミルイヒの館があるだろう?」
「ええ、ありますね。ミルイヒさんのお屋敷。薔薇薔薇したお屋敷」
「そうそう。あそこの管理人にね、薔薇を分けて貰いに行こうとしてたらしいよ。それだけだって」
「そですか。なら、良かったです」
「……そうだよ。だからね、気にしなくてもいいよ。…………御免ね、セツナ。僕と彼女のこと、色々気遣ってくれたんだろう?」
「……いえ、別に僕は、そーゆー訳じゃ」
頬杖を付く風に、己が腕を枕にしたカナタが、にこり、眼前のセツナへと微笑めば、見詰められたセツナは、ボソボソ口籠って、けれど、彼と同じように、笑ってみせた。
「そう? ……でもね。以前、彼女と僕の話をした時に、君が泣いてくれたお陰で。どうすることも出来なくとも、それはそれで構わないし、それも又、僕の選んだ道だし、とね。そう思ってたことに、今日、又別の区切りが付いたのは確か。君が今日『も』、何時ものように、僕のことを良く解ってくれて、気を回してくれたから、区切りを付ける切っ掛けを得られたのも、又、確か。だから、有り難う」
「えっと……。僕は、マクドールさんにそんな風に改まって言って貰うようなこと、した訳じゃありませんけど。でも、マクドールさんとソニアさんのアレが、少しは良くなったんなら、良かったかなーと。……悲しいのは、良くないです。何時の日にかは、皆々、幸せなのがいいです。僕は、そう思います。幸せな方が、良いに決まってますもん」
「ああ。そうだね。僕も、そう思うよ。──……じゃ、セツナ。この話はそろそろお終いにして。僕と君の明日の幸せの為に、そろそろ、寝ようか?」
「はいっ!」
そうして二人は、暫しの間、にこにこ笑い合って、頬を引っ張ったり引っ張られたりと、他愛無い遊びをして。
彼等が立てた、細やかな笑い声に目を覚まされたのか、ムアムア言いながら、毛布の上を這い上って来たムクムクをセツナが抱き締め、ムクムクを抱き締めたセツナを、カナタが緩く抱いて。
カナタの部屋の、灯りを落とした。
同盟軍正軍師のシュウの、眉尻が吊り上がるのもお構い無しに、ムササビ部隊を率いてセツナが、グレッグミンスターまでカナタのお迎えへと向った日から数えて、十日程が過ぎた頃。
その日も常の調子で、デュナン湖畔の古城にて、少々のんべんだらりとした時間を過ごしていたカナタの許へ、故郷の街から小さな荷物が届いた。
城に住まう者達へ、届けられる手紙や荷物を配って歩いていた兵士に渡されたそれは、手紙程の軽さで、けれど、手紙よりは少々大きく。
包装も、厳重で。
差出人の名前は、雨にでも滲んだのか読めぬ、生家の者や、生家縁の者が送って来た訳ではないらしいそれを、その部屋の片隅の、長椅子に腰掛けて、訝しみつつカナタは開いた。
「……絵……じゃないな、えーと……?」
渡されたそれを、今は主不在の、城の最上階にて解いてみれば、中から出て来たのは、随分と色鮮やかな、一遍の『紙切れ』で。
おや? と眉を顰めて、暫しそれを見詰めたカナタは、直ぐに、ああ……と、会得したような声を上げた。
────出て来た、色鮮やかな絵のような一遍の紙は、チラシ、だった。
来月、年が明けた後、グレッグミンスターで催される、新年を祝う祭りのチラシ。
そしてそのチラシの表には、十七年前の、夏祭りのそれのように、小さな手回しの、回転木馬が描かれていた。
「…………ふーん。『逢瀬』のお誘いと、そう受け取ってもいいのかな。……セツナと一緒に行っても良いけど。『逢瀬』の相手がソニアじゃ、遠慮するかな。でも、今は未だ、セツナやクレオが一緒の方が、彼女も気楽でいいかもね。……お互い、変な噂が立ったら困るし」
だから、それを見詰めながらカナタは、クスクス笑いながら独り言を洩らし。
僕と彼女は、七つしか歳が違わないから、と呟いた後、はた、と。
「そうか……。父上とソニアって、十五も歳が離れてたんだ。………………若かったんだなあ、父上……。二十四の時に僕が産まれて、それから十七年、後添いの「の」の字も言わなかったのに。……うん。だから時々グレミオと一緒に、芸者遊びしてたのか……」
指折り数えつつ、何やら思い馳せた彼は、亡き父が聞いたら化けて出て来そうな一言を吐いて、するり、立ち上がり。
「セツナに見せてあげたら、喜ぶかな」
正軍師殿の許から、盟主殿を奪還しようと、いそいそ、最上階の扉を開け放った。
End
後書きに代えて
カナタとソニアさんの仲を、多少でも何とか出来たらねー、と、そんな願望に従って、書いたお話。
まあ、細やかな一歩でしかないかも、って奴ですが。
……それにしてもこのお子、ファザコンね……。ファザコンで、原動力の全ては、セツナね……。
って、ああ、そうだ。『Carousel』は、回転木馬のオランダ語訳。メリーゴーラウンドと書くよりは、カルーセルと書きたかった。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。