「えっと………ゲオルグ……様?」
男達の会話を聞いていたのだろう。
英雄とは何か、それを知りたいか、と。
そう云った低い男の声は、兵士が口にした名の示す通り、最近この城にやって来た、伝説の剣士のもので。
ゆるゆると二人は、半身を起こす。
「英雄、とはな。お前達が今語っていたような、余り趣味の良いとは言えん噂に上るような連中のことだ。それだけは、確かだな」
突然に吹いた風のように現れ──と云っても少年達には、それまで語っていた兵士達同様、声しか窺えなかったが──、何処か、兵士達を茶化すような口調で、茂みの向こうにて、ゲオルグは告げた。
「……はあ……。あの……──」
「──ああ、そんな話よりも。何時までもさぼっていていいのか?」
剣士が云ったことを受け、男達はバツが悪くなった風な声音を出し、何かを云い掛けたが、ゲオルグは、さらりとそれを流して、休憩も程々にな、と笑う。
「そうですね、それでは……」
「失礼します……」
つっけんどんな訳ではなくて、それまでの会話を咎め立てる雰囲気でもなく、行ったらどうだ? と云う彼の台詞を受けて、茂みを揺らす音を立てて、兵士達の気配は、その場より遠離った。
「…………よお。小僧共」
──二人の兵士が消えてより暫し。
ひょいっと茂みを跨ぎ、カナタとセツナの前に、ゲオルグは姿を見せた。
「相変わらず、獣の兄弟のように仲が良いな」
寄り添ったままの姿勢で、事の成りゆきを見守っていた二人を眺め、彼がにやりとしてみせたから。
「あ、の……ですね、ゲオルグさん」
ほんの少しだけ、カナタより体を離して、セツナが彼へと上向いた。
だがゲオルグは。
「俺もな。方々の国や街を、気の向くままに彷徨って来てな。沢山の人間と云うのを見て来たが」
盟主の視線にも、云い掛けられた言葉にも取り合わず。
「味方に慕われ、敵にも慕われ。敵に憎まれ、味方にも憎まれ。……それでも、己が道より退かずに進んでな。何と呼ばれようが、何と云われようが、唯、『己』で在り続けた。そう云う、意固地な『馬鹿』共が、何処の大地でも、英雄、と呼ばれていた気がするな。──尤も、英雄と云われた『馬鹿』共が、それを喜んでいたのか悲しんでいたのかは、『俺は』知らんし、道より退かぬことに、疲れていたのか喜びを感じていたのかも、『俺は』知らんが。気持ちのいい連中ではあったな。俺の知る英雄達は。……少なくとも、ゲンカク師範も、テオ・マクドールも、そう言う男だった」
少年達の頭上に、心地よい影を落とす古木に凭れながら、ゲオルグは、遠い何かを、その瞳に映した。
「……知ってるんですか? ゲンカクじいちゃんを……」
「…………そう云えば、幼い頃に、見掛けたことがあったね、赤月帝国の、将軍の一人だった貴方を」
何処となく懐かしそうに、己が親達を語ったゲオルグに、二人はそれぞれ、呟く。
「お前達が、あの二人の子供だから、英雄と呼ばれる訳じゃないだろうし。お前達の成したこと、これから成すことで、英雄、と呼ばれる訳でも、ないんだろう。多分な。俺にとってお前達は、見ていて面白い『馬鹿』共だしな。……違うか? 小僧共」
眼前の剣士が、育ての親を知っていたことに、ほけっと瞳を見開いて見詰めて来るセツナ、何かを云いたそうに、瞳を細めたカナタ、それぞれを見比べ、もう一度、にやりと笑って。
「…ああ、そうだ。俺は、風呂に行く途中だったんだ」
寄り道などしている場合じゃあなかったと、凭れていた木より離れ、くるり、踵を返してゲオルグは歩き出した。
「んー………」
そんな彼の背中を見詰めながら、カナタは唸り。
「どうかしました? マクドールさん」
カナタの唸り声に、セツナはきょとん、とする。
「何処となく悔しいけど。未だ未だ叶わないかなあ、あの年期には」
「ゲオルグさん、四十過ぎてますからねえ」
「……それはそうだ」
余り、掴み所がないような、ゲオルグの云うことと態度に、負けたかな? とカナタは苦笑し。
年齢が違いますから、とセツナは笑った。
「あ、マクドールさん」
「ん? 何だい?」
「ゲオルグさん、お風呂行くって云ってましたよね。……一緒に、入り行きません?」
「……あ、いいね。そうしようか、セツナ」
そうして、彼等は。
自分達を知っている、自分達の親を知っている、伝説の剣士の後を追い掛けるように、城内に消えた。
秋の心地よさに恵まれた、気持ちの良い、午後。
英雄、と云う言葉を、ほんの少しだけ、『軽やか』に感じられた、秋の日の午後。
End
後書きに代えて
英雄、と云う存在に対する考え方と云うのは、人それぞれだろうと思いますが。
敢えて一寸、英雄絡みのお話をば。
私の書く彼等は、英雄と呼ばれることを殆ど気にしていませんし、気にも掛けていませんが、やっぱり余り、好きではないようです。
……どうでもいいや、と思っているみたいですが、カナタもセツナも。でも、やっぱりね。お父さん達のことを云われるのも、気に入らないでしょうし。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。