カナタとセツナ ルカとシュウの物語

『秘め事』

秋から冬へと移り変わる季節の、穏やかな陽光が降り注ぐその日、細やかな午後の散歩と称して、デュナン湖畔に建つ、同盟軍の居城近くの、野原を散策していた最中。

「…………?」

何処となく、納得のいかないような顔をして、幾度か、同盟軍の盟主である少年、セツナが後ろを振り返ったから。

「どうかした? セツナ」

御多分に洩れず、その日もセツナの傍にいて、その散歩に付き合っていた、トラン建国の英雄・カナタ・マクドールは、のほほん、と、傍らのセツナを見下ろした。

「ああ、何でもないです、マクドールさん。大したことじゃないんですよ。……誰か、居たような気がして。でも、気の所為だと思いますし、ホントに誰か居たとしても、何かして来るって訳じゃないんでしょうから、ま、いいですよねー、大して気に止めなくてもー」

カナタに、ゆるりと見下ろされて。

やはり、のほほん、とセツナはそんなことを言う。

「……うん、それは、気の所為じゃないのかな、セツナの。それに、気の所為じゃなかったとしても大丈夫、僕だっているんだし」

気にするの、やーめた、と、軽快な足取りで、野原にての散歩を続けるセツナへ、カナタも又、そう言った。

「そですよね。マクドールさんと一緒ですもんね」

「そうそう。……んー、でもセツナ。そろそろ、お城の方に戻ろうか。何時までもふらふらしてると、又、軍師殿達がうるさいしね」

「あ、そですね。じゃあ、戻りましょうーっ」

そうして、彼等は。

傾き始めた午後の日射しの中、他愛無い話で盛り上がりつつ。

野原での散歩を切り上げて、直ぐそこに見上げられる、同盟軍本拠地へと踵を返した。

「……ああ、セツナ。一寸した買い物、しなくちゃならないの思い出したから。先行ってて? 用事終わったら、直ぐ戻るから」

散歩を終えて、城の正門を潜れば。

もうそろそろ辺りには、ハイ・ヨーが取り仕切るレストランから、拵え途中の夕餉の、それは良い匂いが漂って来てもおかしくはない時間になっており。

本拠地の本棟へと向かいつつ、「そろそろ、お腹空きそう」、とか何とかセツナは言い出し、今晩は何を食べようか、と、夕飯に思いを馳せ始めた少年へ話を合わせながらも、ふと、カナタは足を止めた。

「御買い物ですか?」

「うん。一寸ね」

「じゃあ、先行ってますね。シュウさんのトコ、顔出さないと叱られちゃいますから、僕もそれ、片付けて来ちゃいます。そっち終わったら、僕、自分の部屋にいますから。僕の用事とマクドールさんの用事が終わったら、一緒にお夕飯食べ行きましょうねーーー」

「そうだね。美味しい物、食べようね」

進めていた足を止め、城の東側に位置する、商店街の方を向き直って、所用を思い出した、とカナタが言えば。

セツナは素直に、それに頷き。

二人は、交わそうと交わさずと、結果に変化はない、夕餉の約束をし、本拠地本棟の、入口にて分かれた。

「じゃあ、後でね、セツナ」

「はーーーい、後でーーー」

カナタは軽く、片手を上げて。

セツナは、ぶんぶんと右手を振って。

カナタはその場に佇み続け、セツナは元気に、本拠地の中へと駆け出し。

「…………さて、と」

セツナの姿が、完全に消えるまでを待って、カナタはぽつり呟くと、商店街へ向けるとセツナには告げた足先を、レオナの酒場へ踏み入らせた。

「……あ、いた」

相変わらず、飲ん兵衛達が占領しているその酒場に入り、くるりと辺りを見回し。

瞬く間に、目的の人物を見付け。

「ビクトール」

彼は、目当ての男の名を呼びながら、近付いた。

「ん? どうした? カナタ。セツナと一緒に、散歩行ってたんじゃねえのか?」

名を呼ばれたビクトールは、ふいっとカナタを振り返り、よお、と笑い。

今はカナタが一人でいることに、僅かだけ訝しんだ。

「散歩はもうお終いにしたんだよ。セツナなら、シュウの所に行った」

麦の酒が半分程満たされた、陶器のジョッキ片手に振り返ったビクトールに、こんな時間から……と、呆れを示し。

カナタは一層、ビクトールへと近付いた。

「……で? 俺に、何か用か?」

「うん、一寸ね。……ビクトール、頼みがあるんだけど」

「何の」

「些細なね、野暮用が出来ちゃって。直ぐに終わるとは思うんだけど、もしかしたら少しだけ、時間掛かるかも知れないから。セツナのこと、見ててくれないか。僕が戻って来るの、遅い……って、セツナが気付かないように。──野暮用が出来ちゃったこと、セツナには勘付かれたくないんだよ」

「………………お前。又何か、良からぬこと企んでんじゃねーだろうな」

体が触れ合う程に近付いて。

トーンを落とした声で、曰く、頼み事、とやらをされ。

ビクトールはあからさまに、嫌そうな顔をしたが。

「そう云う、人聞きの悪い言い方するんだ? ビクトール。良からぬことなんか、僕が企む筈ないだろう? 三文小説の、仇役じゃあるまいし」

にこっと微笑み、さらっと、傭兵の言葉をカナタは受け流した。

「……良く言うぜ……。ま、いいけどな……。引き受けてやるよ。セツナの相手、してりゃいいんだろ? その代わり、今度奢れよ?」

だからビクトールは、溜息を付きつつも、比較的あっさり、カナタの申し出を受け。

「その内にね」

それじゃあ、宜しく、とカナタは、とっととビクトールへ背を向け、手配は済んだ、とばかりに、レオナの酒場を出て行った。

「何考えてやがんだか、俺は知らねえが……。っとに……」

そんなカナタを、最後まで見送って、ビクトールは。

ぶつぶつ口の中で零し、微かだけ、カナタのことを案じるような色を、その瞳に浮かべ。

飲み掛けの酒もそのままに、ガタリ、と席を立った。