「………………あ。血の匂いがする」
昼間赴いた、野原へと抜けること叶う、森を抜けている最中。
微かな血臭が鼻をついて、セツナは立ち止まった。
「うわ……。────えーと? ひーふーみーよー……。……六人…………」
足を止め、より強く血臭のする方へと分け入ってみれば、夜陰の中、打ち捨てられたように転がる、幾体かの屍が見つかり。
「昼間の変な気配、この人達のなんだろーなー。僕に内緒にしてまで出掛けたマクドールさんの来た場所って、ここなんだろーなー……」
しゃがみ込み、臆することなく屍達を眺めながら、あーあ、とセツナは呟いた。
「『こーゆーこと』、僕には隠したがるんだよね、マクドールさんってば。…………それはそうとこの人達……『どっち』だろう……?」
骸の前で、ボソボソ呟いた後、『お休みなさい』、と両手を合わせてより、セツナはゴソゴソ、亡骸の衣装を漁り。
「んーーー、びみょーだなーー。ハイランドの人かなー。紋章集めてるらしいってマクドールさん言ってた、ハルモニアの人って可能性も、捨てきれないけど……僕とマクドールさんと二人の時に出て来なかったってことは、ハルモニアの人じゃないのかなぁ……。……でも、ハイランドの人だったら、僕が少しの人数でいれば、嬉々として出て来るよねえ、普通……」
骸となった男達の衣装より出て来る、僅かな品物を並べて見詰めながら、ぶつぶつぶつぶつ、彼は、独り言付きの思案を始めた。
「……むう。さーも、暗殺集団でーーす、って物ばっかりしか出て来ない……。──魔法使いの人がいないし、やり方こんなだし……。ハイランド、なのかな……。でもだったら何で、ハイランドの人、マクドールさんの相手したのかなぁ……。……ハイランド……。……ハイランドの人で、こーゆーことしそうなのって……。──レオン・シルバーバーグ? でも、あの人が何で、マクドールさんのこと……」
言葉にされる思案の行方に、耳傾けてくれる者など、いはしないのに。
それでもセツナは、独り言を続け。
「………………………まさか、ね」
やがて彼は。
ぷつっ……と、口を噤んだ。
── 一人語りを止め。
それまでも頬に浮かべていた、ほえほえとした色を落とし。
無表情になってセツナは、徐に立ち上がり。
数刻前、カナタがそこでしたように。
昼の内ならば、木立の向こう側にちらちらと臨める湖面の、遥か北の大地にある、ハイランドの方角へ、感情の篭らぬ視線を流し。
「……だとしたら……どうしよっかな…………」
ぽつり、彼は。
困ったように、囁いた。
────曰く、野暮用、とやらの為に、早々に、レオナの酒場を後にしたカナタは。
男達を葬り去った森の直中へと、再び足を運んでいた。
「………………………まさか、ね」
辿り着いた、そこで。
胸に思い描いた通り、セツナの姿を見付けた彼は、木立の影に身を顰め、セツナにも悟られぬまで完全に、己の気配を消し。
長く続いた思案の独り言を経て呟かれた、セツナの小さな声に、耳を傾けていた。
「……間違っていないと思うよ? その推測はね」
──セツナがそうであったように。
カナタも又、己の言葉に、何者よりも応えがないのを知りつつ、一人囁き。
「正解に、辿り着けた……?」
骸の傍らより立ち上がった『大切』な彼が、数歩踏み出て、デュナン湖の遥か北、ハイランドの方角を見詰めていることを知った時には、密かにセツナへ語り掛け。
「……だとしたら……どうしよっかな…………」
……困ったように洩らされた、セツナのそんな台詞が聞こえて来た時には、セツナに倣ったかのように、困り果てている風な表情を拵え。
やがて、何かを諦めたように、とぼとぼと、足取り重く去って行く、彼の後ろ姿を見送る頃には、声のトーンを、聞き分けのない幼子を言い聞かせる風なそれへと移り変わらせ。
「……手掛かりは、沢山あげたよ? セツナ。だから、君が辿り着いた『正解』は、間違いじゃない。判るだろう? それくらい」
カナタは、これも又、『行く先の石』…………と。
諭すように、認めさせるように。
「沢山、あったよね? 正確に辿り着く為の手掛かり。──君の思った通り、その連中は、ハイランドの連中。セツナじゃなく僕を狙ったのは、文字通り、僕を殺したかったから。僕そのものを厄介払いしたいからじゃなく、僕が、同盟軍の戦いに巻き込まれて死ねば、可能性は五分五分だけど、セツナ達とトランの結んだ同盟を、崩せるかも知れないから。……だから」
────決して、セツナには届かないけれど。
森陰に滲んで行く、小さな背中を見詰めつつ、彼は低く、正解を、セツナの背中へと送った。
「……セツナ? 手掛かりは、沢山あったから。……誰がこの筋書きを書いたのか、判ったろう……? ──僕の実力を良く知ってるレオンは、こんな愚かしい手なぞ打たない。ならば、残るはたった一人だ。大願成就とやらの為に、様々手は打つくせに、詰めの甘い、何処かの誰かさんだけが残る。──……君の幼馴染みはね。『君の全てを認めない』んだ……って。悟ってくれた? セツナ。……だからね、セツナ。…………解って?」
そうして、カナタは。
消えてしまったセツナへと、届く筈ない『最後の正解』を告げ。
何時の間にか、懐より取り出した武術扇を、手の中で弄びつつ。
「魂喰らい使ったら、骸も残らないし。かと言って棍じゃ、あからさまだし。少しは、手筈変えないとね。今日のこと、セツナにばれないように、僕が小細工したって思って貰わないとならないから」
パチリ…………と、彼は。
薄く開いた扇を、音立てながら、閉じた。
End
後書きに代えて
今回は、最初っから最後まで、カナタとセツナの化かし合いでした。
────実を申せば、これは、お友達のサイトで拝見した絵板の坊ちゃんに、うずうずさせられて書いた話で、そもそもは、カナタの根性の歪みっぷりを書く為の話じゃなかったんですが。
あ、でもね、今回はカナタ、怒ってはないです。狙われたのがセツナじゃなくって自分だから、怒るに値しない。
ま、ジョウイに対してどー思ってるかは知らないけど。
──あ、そうそう。私、お伝えするの忘れておりましたが。
カナタが持ってる武術扇は、日本の扇子と形状一緒です。ほぼ、あれ。
唯、ちょーっと、長さが約30センチ前後あり(でも中国のより小さいよ? 向こうのって、広げると、頭の天辺から胸許辺りまで隠れるくらい、巨大)、ちょーっと、重さが1キロ近いだけで(まー、ほぼ、800gくらいじゃないかしら)。
中国のそれは布張りですけど、カナタのは紙張り。
布製のって、痛み激しいらしいんだよね。だから。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。