────カナタが、ビクトールとの約束を交わしてより、時過ぎた、夜半。

天蓋付きのベッドの、掛け布の上に、綺麗に揃えて置かれた寝間着一式へ、セツナが手を伸ばしたのを受け。

「……寝るの? セツナ。…………じゃあ、お誘いを受けちゃったから、僕は一寸だけ、ビクトールに付き合って来るよ」

それまで、セツナの自室にて、セツナと語らっていたカナタは、億劫そうに、腰を上げた。

「はーーーい。たまには付き合ってあげないと、ビクトールさん、臍曲げちゃいそうですもんね。──僕は、先寝まーーす。お休みなさい、マクドールさん」

やれやれ、と。

飲ん兵衛達との付き合いも大変だ、そんな風に立ち上がったカナタへ、セツナは声を掛け。

「うん。お休み。……ゆっくりね。又、朝に」

優し気に微笑みながら、カナタはセツナの声に答え、そのまま踵を返し、同盟軍盟主の部屋を出。

「……………………もーそろそろ、いいかな……」

退室して行ったカナタの気配が完全に消えたのを確かめ、それでも尚、数分程待ち。

漸く、そろりそろりとセツナは、着替えると見せ掛ける為に手に取った寝間着を、ポン、とベッドに放り投げ、手早く、『真夜中のお散歩』に出掛ける為の準備を整え。

何時も通り、窓辺から垂らした縄梯子を使って、誰にも知られぬ内に、部屋を抜け出した。

────誠に身軽な様で。

屋根を伝い、木を伝い、本拠地の北側へと降りて。

城壁と城との隙間を縫うようにして、裏門方面へと廻り込み。

見回りの兵士達の目を掠め、森を抜け、デュナン湖を見下ろせる、小高い丘へと走り。

そこでやっと、動きを止めて、きょろっと辺りを一瞥し、方角を定めた後。

「昼間お散歩行った野原に続く方はー……。こっちっ」

セツナは再び、深くて暗い森を抜けるべく、走り始めた。

セツナの部屋を後にして、程なく。

『えれべーたー』を使って、一階へと降りたカナタは、真直ぐ、相変わらずの盛況振りを見せるレオナの酒場へと向かい。

「約束だからね」

相方のフリックや、他の仲間達と共に飲んでいた、ビクトールの傍らへと近付くと、何時の間に用意していたのか謎な、懐紙に包まれている何かを、傭兵へと手渡した。

「…………おお、来たか、カナタ…………って、何だ? こりゃ」

名すら呼ばずに話し掛けて来た彼を振り返り、やっと来たかと言い掛けながらビクトールは、手渡されたそれを見詰めて訝しんだ。

「ん? 昼間、約束したろう? 奢るって。──残念ながら今晩は、一緒に飲めないから。無礼で申し訳ないけど、それ、奢りの代わりにしてくれる? ……と云う訳だから。お休み」

ビクトールが訝しみつつ見詰める懐紙の中身は、飲みしろだ、と暗に告げ。

くるり、カナタは踵を返す。

「飲めない? …………何か用事か?」

だからビクトールは、ヤバい、と背中に冷汗を掻きながら、引き止める為、咄嗟に伸ばしてしまった手にさり気なさを乗せて、カナタの腕を掴んだ。

「野暮用。公の立場は『隠居』中の僕も、多少は忙しい身の上でね」

でも、カナタは。

軽くだけ立ち止まり、僅か振り返り、常のように微笑みながら言い。

「あ、心配しなくても平気だよ、ビクトール。セツナの部屋に戻る訳じゃないから。だから、余分なことは、セツナに言わないように」

言葉の最後に、思い出したように、そう付け加えた。

「…………カナタ……?」

故にビクトールは、今回は俺は、セツナの時のような失態は犯してねえぞ? と、若干顔色を変え。

「僕を騙そうとしたって、無駄だよ。……だからビクトール、気にしなくてもいいよ。こうなること、判ってたから」

飄々と言って退けたカナタは、今度こそ、酒場より消え。

「………………お……前等…………。──俺を、お前等の化かし合いに巻き込むんじゃねーーーっ! 巻き込むなっ! 判ってんなら巻き込むなっ!」

声高に、消えたカナタへ罵声を放って、ビクトールは、カナタより渡された懐紙を強く握り締め。

「……どうした? ビクトール」

「どうしたもこうしたも、あるかっ! 飲んでやる、遠慮なくっ! これで足りなかったら、カナタの奴にツケてやるっ!」

一体、何事? と、相棒や、周囲の仲間達が驚き見詰める中、叫びつつ決意を固めた。