翌日。

起き上がることに支障はないと云ったセツナと共に、デュナン湖畔の古城へ姿見せたカナタは。

セツナが正軍師のシュウに呼ばれている間に、一階広間の、約束の石版前に立つ、ルックの元を訪れた。

「…………何さ」

己の眼前に立ち、何をする訳でも、名すら呼び掛けるでもなく。

唯、にっっこりと微笑んで見遣って来るカナタへ、不機嫌そうにルックは云った。

「一寸、話があるんだけどね」

「何の」

「セツナのことで」

「……あのお馬鹿が、どうしたのさ。あんたがあのお馬鹿のことを気に入ってからこっち、アレの担当はあんただろう?」

「おや、良く判ってるじゃないか、ルック。……だから話があるんだよ」

何の用事だと、苛々しながら問い掛けて来るルックへ、益々カナタは笑みを深め、問答無用でルックの手首を掴むと、強い力で引き摺り、柱の影へと向かう。

そんな二人へ、通りすがった者達が、物珍しそうな視線を送って来たが、カナタもルックも、それぞれの理由で、きっぱりと視線を無視し。

「……何処まで知ってる? ルック」

低いトーンで、カナタが口火を切った。

「何をさ」

「セツナの、紋章のこと」

「……ああ、あのお馬鹿、あんたには白状したんだ、どれだけ厄介物なのかってこと」

何を言い出すかと思えば、と。

カナタが尋ねて来たことが、輝く盾の紋章に関することだと悟ったルックは、肩を竦め、それまでとは少々意味合いの違う、嫌そうな顔を作った。

「まあね。で、ルック?」

「で? なんて云われても困るんだけどね、僕は。……セツナが何処まで自覚してるのか知らないけど、あれを宿しても、僕達みたいに不老にはならないってのと、あれを使い続けていれば、何時か、あのお馬鹿は死ぬかも知れないって程度。僕が知ってるのはね」

「どうすれば良いのか……は?」

「そんなこと、云わなくたって判るだろ? 紋章が不完全だからそうなるんなら、不完全を完全にすればいいだけだって。……まあ、それを、セツナが知ってるのかどうかは判らないし。どうしたら紋章が元に戻るのか、僕にも、本当の処定かじゃないし。多分、そう云うことなんだろう、って方法が、セツナに出来るかどうかは……判らないしね」

「成程……。『そう云う方法』、か……」

心底嫌そうに、『真の紋章』と云う存在に付いて語るルックの横顔に、何かしらを思いながらカナタは、ふん……と、聞かされた話に鼻白む。

「話が早くて助かるって云うのが、あんたの数少ない美点の一つだよね。時々、それも嫌味だけど」

「……数少ないってのは余計だよ、ルック。頭の回転が早いと、時に嫌味って云うのは、賛同してあげないこともないけど」

「…………自分で云う? 普通」

聞かされた事実に、思案を始める雰囲気を醸し出したカナタを、少し茶化してやれば、高い『プライド』でそれを跳ね返されて、ルックは呆れてみせた。

「僕は云う。──それよりも。セツナが倒れる本当の理由を、他に知る者はいないって云うのは、事実かい?」

「多分。……シュウなんかは、どう思ってるのか判らないけど。あの軍師、表情がないから、何とも言えないね。ホウアンにしたって、疲労って云う程度の見立てしかしないし」

「君に表情がないって云われるのは、シュウも不本意だろうに。……ああ、ルックには表情があるか、何時も、不機嫌そうな顔してるしね。──ホウアン……。リュウカンでさえ、セツナのことは、疲労、と見立てたからな……。──判った、有り難う、ルック。云うまでもないことだと思うけど。『内密』に、ね」

「……………カナタ。君、ほんっとーーーーに、嫌味だよね。…………処で、さ」

呆れの態度を全面に押し出してみても、堪える処か、放たれる嫌味は増したから。

どうしてこの男は、こんなにも口が悪いのかと、己の口の悪さを棚に上げ、苛々を募らせた後。

ふっ……と肩の力を抜いて、ルックはカナタを向き直った。

「何?」

「もしかして、あのお馬鹿のこと、『救いたい』……とか何とか、考えてたりするワケ? 出来もしないのに」

「……だとしたら?」

「『そう云う方法』のこと、セツナに教える気?」

「さあ、どうかな」

「…………教えないのに、『救う』気? あんたにしちゃ、随分と『親切』じゃないか。『馬鹿げた』方法で、セツナに手、貸したりなんかしないだろうね」

「そんなこと、する訳ないだろう? 何をどうするか、なんて、セツナが決めることであり、セツナが選ぶことであり、僕が手を出すことじゃないよ。セツナの運命は、セツナ自身が選び取れば良いことであって、僕がどうこうすることじゃない。……心配、御無用」

──あんたってさ。どうして、そうも『普通』なのさ。あんたのお気に入りの、お馬鹿のことなのに」

「……不思議かい? 僕は何時だって、『普通』だよ」

────向き直り。

己よりも背の高い、かつての解放軍々主の瞳を見据え。

淡々と、思う処を突き付けて来たルックを、のらりくらりと交わし。

もう、語ることはないよと片手を振りながらカナタは、風の魔法使いに背を向けた。

「………………馬鹿なんじゃないの?」

柱の影を離れ、恐らくはセツナの元へと向かう為に、階段を登り始めたカナタの背中を視線で追って。

憤ったような独り言を、ルックが吐いたのも知らず。

常と変わらぬ足取りで階段を登って。

カナタは姿を、消した。

──これは。

トラン共和国との国境に位置するバナー村にて、カナタとセツナの二人が、初の邂逅を果たしてより、二、三週間ばかりが経った頃の、とても『些細』な逸話の一つだ。

この二日の間に知った事実を、デュナン統一戦争が終結を見るまでカナタが知らなかったとしても、恐らくは『何一つ』として、運命に変化はなかったのだろうし、又、事実、カナタが何を知ろうと知るまいと、運命は何一つ、変わらなかったろう。

…………傍目には。

だが。

これより、百年程が過ぎたのち

End

後書きに代えて

……ヤな所で切れてる話ですね、これ。

何か、「待て、次号」と云うよりももっと酷い、これからどうなるのかは百年後です、とあからさまに云ってる話なんで、どーしましょー、と書いた当人、こんな風に書いておきながらも、思うんですが。

一言で云えば、紋章使うと倒れるんだよーん、って云うのを、何でセツナ君が知ったのか、ってのと、更にそれを何でカナタ君が知ったのか、って話なだけなんです。

ちょいとばかり、カナタ君には意味のあるお話のようでしたが。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。