「で、ですね。厄介物って何だろう? って、ルックが呟いてたの聴いて、もしかしたらジョウイは何か知ってるのかな……って、ジョウイの『夢』を見た時、それまで以上に注意するようになったんですよね。そしたらですね。あの………えっと…………」

そこまでを語って。

言葉を切ったセツナは、ちろっと、カナタの顔色を窺った。

「云って、続きを。……多分僕はそれを、聴いておかなければならないと思うから」

向けられた薄茶色の瞳に、躊躇いが浮かんでいるのを見て取り、カナタは語気を強めた。

「………………そのぅ……。どうも、ですね。分かれちゃったまんま使い続けると……僕とジョウイの紋章って……僕達の命……を削り続けるらしいって……判って、ですね。このままだと、何時か僕達は、紋章に『喰われる』んじゃないかなー…………と」

「……そう云うことを、気楽に云わない」

まるで、云いなさい、と命令しているかのように、カナタに云われ。

なら……と正直に、が、何処か気楽な風に、僕達は何時か、紋章に『喰われる』のだとセツナが云えば。

ムッとしたように、カナタは瞳を細めた。

「でも……。疑いようのない事実みたいですし。今日も、その……バナーの峠越える時に出会った魔物倒そうとして、つい、紋章使っちゃったら、倒れちゃいましたし……。だけど、だからって、どうしようもないことですから」

すればセツナは、軽く微笑んでみせ。

「…………セツナ」

「あ、あのっ。でもですね、何時も何時もって訳じゃないんですよ。輝く盾の紋章使う度に倒れるって訳じゃないですし、使い過ぎると倒れちゃうこともありますけど、ちょろっと使う分には平気みたいですしっ。今日はたまたまです、たまたまっ。昨日、遠征出掛けて、そこでも紋章使っちゃったんで、疲れちゃっただけなんです、今日はっ」

微笑んでみせたら、低く唸るようにカナタに名を呼ばれ、ワタワタと彼は、言い訳を放った。

「誤魔化しても駄目。……さっきと云ってること、矛盾してるよ。『皆が知ってるよりも、ずっと回数多く』、君は倒れてるんだろう? ……僕に嘘吐いても、無駄。────使わなければいいんだね? 使わずに、宿しているだけならば、倒れたりはしないんだね?」

「………………う……はい……多分……」

しかし、セツナが施す目晦ましが、カナタに通用する筈もなくて。

シュン……とセツナは項垂れた。

「ならもう、その紋章は使わな──

──それは駄目ですっ」

だから、輝く盾の紋章を、もう極力使わないようにと、項垂れたセツナにカナタは、畳み込んでしまおうとしたけれど。

カナタの忠告を遮って、セツナは叫んだ。

「どうして?」

「だって……マクドールさんが以前、紋章なんて、所詮は紋章って云ってたみたいに。僕にとって僕の紋章は、やっぱり唯の紋章で、僕と一緒に戦ってくれる皆のこと癒してくれる、唯のお便利アイテムなんですっ。お便利アイテムな紋章が、僕の命を奪うって云うんなら、奪われないようにすればいいだけのことなんですっ。だから、駄目なんですっ」

「セツナ、でもね……」

「……僕を取り巻いてることなんて、僕自身で何とか出来る……何とかすればいい、それっぽっちのことなんですっ。だから…………。だから、マクドールさん……聴かなかったことにして下さい……」

「………………駄目」

紋章と云う物が、己にとって如何なる存在なのか。

それを語って、だから使うのを止めるなんて出来ない、そう云ったセツナにカナタは、哀しげな眼差しをくれた後。

少し表情を軽くして、駄目だ、と首を横に振った。

「マクドールさんっ……」

拒否を告げるカナタの態度に、どうして判ってくれないのかと、セツナは泣きそうな顔になったが。

カナタはそんな少年の頭を、優しく撫でて宥めて。

「……君がそう言い張るなら、使うな、とは云わない。それを使う度に君の命が削られると云うなら、いっそ、封印して欲しいくらいだけど。でも、無理に使うことはないよね。使う必要もないのに使う道理はないし、そうしていれば、少なくとも問題は軽減されるんだから」

「それは、そうかも知れませんけど……。でも…………」

──だからね、セツナ。幾つか、僕の云うことを守って。約束してくれないかい? 例えば、バナーの峠を一人で越えるような真似はもう、しないこと。魔物が出たりするような場所に行く時も、一人では行かないこと。どうしても、他の誰かと一緒ではマズいと云うなら、手間でも僕を呼びに来ること。……出来る?」

この約束が守れるなら、一先ずは何も云わないでおいてあげる、と、カナタは真直ぐ、セツナを見た。

「それは……。でも、ですね……」

が、そう云われても……とセツナは俯き。

「未だ、ごねる? ごねるんなら、僕も『容赦』してあげられないよ?」

仕方ないね……とカナタは、溜息を付いた。

「……へ? 容赦?」

「…………ばらすよ。正軍師殿とか、ビクトールとかフリックとか。ああ、ナナミちゃんにも云おうか? 後、リュウカンの弟子の、えーと……ホウアン先生、にも。君のことだからどうせ、紋章のこと、上手く誤魔化してるんだろう? 僕の言い付けを聴いてくれないなら、輝く盾の紋章を使うと、セツナの命が危ないって、皆にばらすけど。いい?」

「マ、マクドールさん……。卑怯ですよぅ、それはぁ……っ」

わざとらしい溜息を付いた後、ぱっと、何かを企んでいるような色を頬に乗せつつのカナタに『脅され』、ぶうぶうとセツナは、文句を零したけれど。

「何とでも。卑怯でも卑劣でも、何でも良いよ。僕には、君の命の方が大事。──同盟軍の皆は、君が倒れること、どう受け止めてるの?」

情けない声の苦情を、『爽やか』な笑みで受け流し、カナタは話を戻した。

「えっと……紋章の所為なのかなーって、思ってる人は思ってるみたいで、でも、僕がわざとそう云ってるって云うのもあるんですけど、『体力の要る紋章』だって。使い過ぎると、僕が倒れちゃう程体力が必要な紋章だーって。……そう思って貰ってます。命がどうの、とか云うのは全部内緒で。ジョウイの夢のこととかも。……あ、でも、ルックは何か……判ってるみたいですけど、何も云わないから、いいやーって……」

「そう。……ならルックとは、僕が一寸話してみる。セツナが黙ってて欲しいなら、セツナが倒れる理由は、『体力の要る紋章だから』ってことにしておいてあげる。但し、『約束』は守るように。紋章を使っても、叱ったりはしないよ。君にとっての真の紋章が、お便利アイテムって云うのなら、僕は何も云わない。でも、君がそれを使わなくても良いように、僕は今までよりも、君の傍にいることにする。君や、君の仲間達を守ることに尽力すれば、君の負担が減ると云うなら。…………いい?」

「…………はい……」

「……良い子だね。──なら、これで話はお終い。少し、お休み。もう夕方だからね。今夜はここに泊まって、明日一緒に、本拠地に帰ろうね。お夕飯が出来たら、起こしてあげるから」

又、ぶつぶつとセツナが言い出す前に、と考えたのか。

話を戻したカナタは、己が言い分を通す形で、さっさとセツナを黙らせ。

横たわる彼を、しっかりと抱き締めてやってから、お休み、と囁いた。