落とした腰を伸び上がらせると同時に、片足にて地を蹴り上げたセツナの動作は、どちらかと言えば、『少々跳ねてみました』と言えてしまうような、『気楽』なそれ、と男達は見たけれど、彼等の瞳に映った風情の一切を裏切るくらい、セツナの跳躍は高かった。
それ程は間を置いていなかったカナタ目掛けて跳んだ彼は、距離を縮めざま右手を振り上げる。
が、カナタの立ち位置からは、背中から不意に繰り出される風に映っただろうセツナの一撃が伸び切るより先に、事も無げにカナタは、すいっと片手で、棍を振った。
揺らめいた棍の先は、教師達が振る教鞭に似た、力が籠っているとは思えぬ流れ方を男達に見せ、故に彼等は、マクドール様は只、セツナ様のトンファーの『通り道』を、棍で塞いでみせただけ、と思ったが。
彼等の想像を遥かに上回る力が、それには与えられていたらしく。
棍は、セツナが振り下ろしたトンファーの先端とぶつかり合っても、僅かのぶれも見せなかった。
そうして、そのまま。
片腕のみで、どうしてそんな、と。
そんな思いを、見学者達が喉元まで出掛からせた程の力で支えられていた棍は、ぶつかり合ったトンファーを、それを握るセツナごと、大地目掛けて叩き落とそうとしたのだけれども。
何時も何時も、高い所からの着地に失敗した猫の仔のように、カナタの棍のたった一薙ぎにて、コロコロとひっくり返されてきていたが為、いい加減、知恵が付いたのか。
常人であるならば、軽く吹っ飛ぶだけの力を込めても、カナタの棍はぶれない、と学んだセツナは、天牙棍の先端を支点に、くるっと身を翻させると、カナタの左側面へと着地して、再び、トンファー握る右手を霞ませた。
…………が。
「……あ。学んだんだ? セツナ」
セツナの動きを、瞳の端で追って、カナタはクスリと笑い。
「僕だって少しは、学びますー、だ」
軽口を叩きながらセツナは、振り下ろし中の右手に、体の重みの、全てを乗せた。
しかし。
「二手目まで出せたのは、褒めてあげる」
笑みつつ、カナタが再び薙いでみせた棍に、コツっとセツナは足を払われ。
「げっっ」
短い悲鳴と共に、均衡を崩した彼は、脇腹辺りを突き飛ばされて、コロコロ、と。
枯れ掛けた、雑草の上にひっくり返された。
……猫の仔、のように。
「…………………………うーーーーー……」
身の重み、全てを拳に与えていた所為か。
同盟軍に属している、同じ年頃の少年達と比べても、軽い、と仲間達に言わしめるセツナの体は、本当に、コロコロと、鞠か、じゃれている仔猫に例えられるくらい、草の上を転がって。
悔しそうな呻き声こそ上がったものの、べしょっと、うつ伏せに潰れたまま、暫くの間彼は、倒れた身を起こさなかった。
「セツナ? どうしたの。大丈夫? 何処か、ぶつけた?」
常ならば、どれ程手酷く転がされても、直ぐさま飛び起きて、「もう一回!」と張り切るセツナが、動かぬのを見て。
心配になったのか、カナタが大股で、セツナへと近付く。
「…………てやっ!」
──と。
カナタがやって来たのを見計らって、セツナは、がばりと起き上がり。
再度、攻撃を繰り出したが。
「甘い」
又もや彼は、カナタの操る棍に、べっしょり、潰された。
「んーーー。不意打ちも駄目ですかー。ま、駄目ですよねー。ちょびっとくらいなら、有効かなー、とか思ったんですけど。ちぇー……」
ビタン! と音がする程の勢いで、顔から地面に突っ込み、あたたたた……、とか何とか言いながら、起き上がって。
てへっと、セツナはカナタへと、笑ってみせる。
「不意打ちも、勿論ありだけどね。セツナのそれは、判り易過ぎると言うか。僕相手には、無駄と言うか。……せめて、本当に僕に一発喰らわせられるようになるまで、正攻法で頑張らないと。不意打ちだの何だのと、知恵を巡らすのは、今は未だ要らない。そういうことは、その先で考えること」
そんな彼に、苦笑を返しながらカナタは、小言らしきことを言って、傍らに棍を置き、土で汚れたセツナの頬を、拭い始めた。
「……むう。…………そうですよねえ……。たまには、真っ向勝負じゃなくって、搦め手って言うのも効くかなって思ったんだけどな……。相手、マクドールさんですもんね。真っ向勝負も搦め手も、へったくれもなかったでしたね。……じゃ、何時も通り頑張ろーっと。──という訳で、マクドールさん、も一回ですっ!」
優しく、汚れを落としてくれるカナタの手の動きに、少しばかりこそばゆいような表情を拵え、落ち込む素振りも見せず、元気良く、セツナは次の立ち合いを望んでみせた。
「それは別に、構わないけど……。でも、セツナ。──……………………」
すればカナタは、ほんの僅か、考え込む素振りを見せて。
セツナの耳許に唇を近付け、何やらを言った。
「…………それもそですね。じゃあ、お茶しに行きましょうか、マクドールさん」
「うん。そうしようね。又明日、付き合ってあげるから」
「はーーーい。……あ、そだそだ。立ち合い、有り難うございました!」
「どう致しまして」
ぽそり、と。
さも、二人だけの内緒話、と言わんばかりの態度で、何やらを囁かれた直後。
ほんわり、とセツナは笑んで、納得したように頷き、切望していた立ち合いの続きを放棄して、ぺこり、一礼すると、午後のお茶をすべく、本拠地の方角へと向き直った。
カナタも、又。
セツナの礼へ、礼を返すと、小柄な体に寄り添うように、歩き出し。
やがて彼等は、見学者達の視界から、消える。
「…………………………なあ」
────そうして、二人が消えた後。
三々五々と立ち上がった、見学者だった男達の輪の中から、ぽつりと。
一人が呟いた。
「……何だよ」
「さっき、お前自身も言ってたから、知ってるよな? 俺が、唇見てれば、そいつが何言ってるか、声が届かなくても判る、って」
仲間の呟きに、他の者達が振り返れば、呟いた彼は、ぽつりぽつり、と。
何やらを語り始めた。
「……ああ、そうだったな。それがどうかしたのか?」
「…………偶然、さ。見えたんだよ。セツナ様の耳許で、マクドール様が何言ってるか。だから……、つい気になってさ。マクドール様、セツナ様に何言ってるんだろう、って…………」
「……で?」
「『見学者がいるみたいだから。立ち合いの続きは、又にしようね、セツナ』……って。『見ている人達がいると、本気出せないだろう? 君も、僕も』、とも……。………………あれで、本気じゃないんだ、マクドール様も、セツナ様も。……何か俺、嫌になって来たなあ…………」
仲間達の視線を一身に集めた彼は。
そうするつもりのないまま、知ってしまったカナタの言葉を繰り返して、少しばかり、茫然とした顔を作った。
「あーーーーー…………。……でも、まあ。仕方ねえ……んじゃないのか……?」
たった今見届けた、セツナとカナタの立ち合いの様を、脳裏で蘇らせ。
仲間が教えた、カナタからセツナへの『内緒話』の内容を、噛み締め直して。
兵士達の一人は言った。
「セツナ様は、俺達の盟主様なんだし。マクドール様は、トラン建国の英雄なんだし。……隔たりって奴は、あって当然なんじゃないのか?」
仕方ない、と洩らした彼とは、又別の彼も、そんなことを言って。
「そうそう。偉器、って奴なんだろ、あのお二人は。真の紋章に、選ばれるくらいだし」
「…………それもそうだよな。あのお二人なんだし」
「そういうこと。俺達とはちょいとばかり、次元の違う所にいるんだろう、多分。──さーて、サボってないで、そろそろ働くとするかあ!」
彼等は口々に、『何か』を納得させる為の科白を吐き出して。
カナタとセツナがそうしたように、本拠地目指し、晩秋の草原の片隅より、消えた。
草原を、後にする直前。
彼等の内の、誰かが。
「………………『遠い』、なあ……。どうしてあのお二人は、あんなにも、『遠い』んだろう……」
──と。
囁いてみせた、それは。
デュナン湖を渡って届く、冷たく乾いた秋風に流され、そして、溶けた。
End
後書きに代えて
『偉器』。
ちょいと、判り辛い話を書いたような気も……。
反省ポチします。
──一言で言えばこれは、『隔たり』の話です。
カナタとセツナと、一般兵達の間にある『壁』のお話。
勿論、壁って言っても、才能だったり、『英雄』としての器だったり、といった意味合いの壁でなくて。
でも、歴然と在る、色んな意味での『壁』。とっても淋しい壁。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。