カナタとセツナ ルカとシュウの物語
『命の水』
「せーのっ!」
……の掛け声と共に。
威勢良く、この同盟軍の盟主であるセツナは、本拠地内の農園の片隅の、最も日当たりの良い場所に敷かれた粗い編み目の麻布の上に、交易所で仕入れて来たレッドペッパーをぶちまけた。
敷かれたそれと同じ、茶色い麻の袋から飛び出た熟して赤いペッパーの実は、敷布の上をコロコロと転がり、赤い実は幾つか、布の上を飛び出て地面へと溢れ、セツナと共にその作業を手伝っていたトラン建国の英雄カナタ・マクドールや、元・サウスウィンドゥ市長グランマイヤーの側近だったフリード・Yの妻、ヨシノや、倉庫番のバーバラ達の苦笑いを誘った。
「セツナ、威勢良過ぎだよ」
「そですか? 威勢良く撒いた方が、手間が省けるかと思ったんですけど」
何もそこまで楽しそうにせずとも、と軽い苦笑いを拵えカナタがセツナを嗜めれば、てへ、とセツナは舌を出し、
「さあ、お日様が昇り切らない内に、片付けちまうよ」
「そうですね」
バーバラとヨシノは大地に膝付き腰を屈め、セツナが撒いたレッドペッパーの実を手で馴らし始めた。
グレッグミンスター出身のゴードンが本拠地で営んでいる交易所のような場所で手に入れること適うレッドペッパーは、そのままでは香辛料として使うことは出来ぬから、彼等が今しているような、仕入れて来たそれを天火に干して乾燥させる為の作業は稀に、この湖畔の城の片隅で見掛けられる。
大抵の場合、それは女子供の仕事だけれど、先日、敵国ハイランドに占領されていた学園都市グリンヒルを奪還し、ミューズに於けるハイランド軍との交戦を終えて本拠地へと帰って来ていたセツナは、「もう疲れも取れたし、でも、未だお仕事って気分じゃないし、皆、グリンヒル奪還戦やミューズ攻防戦の後始末だ何だ彼んだでワタワタしてるし。僕もたまには、健康的にお日様浴びたいっ!」を理由に、相も変わらず故郷の街に帰ることもせず、同盟軍本拠地に居座り続けているカナタを伴って、一種の『農作業』に勤しんでいた。
「本当は僕、こういう仕事の方が向いてると思うんですよねー」
「……そう?」
「あ、でも。僕はこういうの、書類相手のお仕事より遥かに好きだからいいですけど。結局、マクドールさんまで付き合わせちゃいましたね」
「別に、気にしなくてもいいよ。僕も、楽しいから」
バーバラやヨシノと並んで膝を付き、腰を折り、完全に熟している赤い実と、熟し切る寸前に収穫された実とを分別し、コロコロと、一粒一粒に日差しが当たるように実を馴らしながら、正軍師のシュウ辺りが聞いたら、無言で口を塞がれそうな会話をカナタと交わしつつ、セツナは楽しそうに、仕事の手を進めた。
彼等がその仕事を始めたのは、未だ日が昇ってそれ程は過ぎておらぬ頃で、農園の隣の牧場の、その又向こう側にある厩舎で、朝練を終えたばかりの元マチルダ騎士団の青騎士達が愛馬を繋いでいる姿だったり、農園を耕しているトニーの姿だったりが窺え、先程、朝摘みの野菜を籠一杯に盛ってレストランの厨房へと消えていったハイ・ヨーが作り始めたらしい朝餉の匂いも、遠くから漂って来ていた。
──天気は上々。
天頂を仰げばそこには青があり、そよぎ出した湖畔の風も心地良く、軽快に進められた分別の作業が終わる頃には、徐々に、朝の散歩を楽しむ者達も増えて来ていた。
「…………あ」
……と、手を動かしながらも、キョロキョロと辺りを見回していたセツナが、小さな声を上げた。
「どうしたの?」
それを聞き届けたカナタは、ん? と首を傾げ。
「テレーズさんとシンさんも、お散歩してますよ。仲良しさんですよねー、あの二人」
セツナは、目を留めた場所から視線を逸らさず、ほら、とセツナが、こっそり指差した場所を、カナタも見遣った。
「そう……だね。仲が良いと言うか、まあ……。うん」
朝の空気を楽しんでいるような風情のグリンヒル市長代行であるテレーズと、そんなテレーズに付かず離れず従っている供のシンを、『仲良し』と称したセツナに、カナタは言葉を濁す。
テレーズとシンの関係は、裏も表もなく、確かに、忠誠を誓われた『主』と、忠誠を誓った『従者』でしかないのだけれど、まあ、『仲良し』と言えないこともなく。
……が、テレーズは密かにシンを想い、シンも密かにテレーズを想っているらしいことは大抵の者に察せられるから、そんな二人を捕まえて、『仲良しさん』と評したセツナへ、彼は複雑そうな視線を送った。
「奥歯に、何か物が挟まってるみたいな言い方しますね、マクドールさんってば。……どうしてです?」
「…………本気で訊いてる? それ」
なのでセツナは、きょとん、と首を傾げ、カナタは顔を顰め。
「未だ、そういうことは判らない年頃かねえ」
「……セツナ様、お若いから」
二人の会話を聞くともなく聞いていたバーバラとヨシノの二人は、コロコロと笑い出した。
「僕、何か変なこと言いました?」
「ううん。そんなことは無いけど。一寸、ね」
何故、自分が笑われたのか判らない、とセツナは何処までも不思議そうにしていたけれど、彼は再び、テレーズとシンへと、視線と意識を戻して、グリンヒル市奪還が叶う以前と、それが叶った今とでは、明らかに違う晴れやかな表情を見せているテレーズを、暫しの間、じーーっと見詰め。
「…………マクドールさん。僕、考えたんですけど」
やがて、セツナは、にこぱ、と笑って、物言いた気な瞳をカナタへと向けた。