この大陸ではない大陸にある、広大な砂漠の片隅に住まっている或る部族は、キャラバン隊を組んで砂漠を渡り、交易をすることで生業を得ていると言う。
……その部族には、生まれたばかりの赤子に必ず施す習慣が有る。
この世にやって来たばかりの嬰児の、その小さき右手にニカワを握らせ、口には氷砂糖を含ませる、そんな習慣。
それを成せば、赤子は長じてから、必ず、立派な商人になる、と言い伝えられているから。
滑らかに客を口説く台詞を語る口を持ち、決して客を離さぬ手を持つ、と。
「…………ホント、生まれたばかりの頃、それをされたんじゃないか、って信じられる程、典型的な商人だよね」
────その時。
本拠地本棟の一階広場へと続く階段を降りて来た同盟軍正軍師シュウの横顔を、風の魔法使いルックの守る石版前にて眺めつつ、遠い砂漠の部族の言い伝えを思い出し、ボソっとカナタは呟いた。
「僕も、そう思います」
カナタが思い出した砂漠の言い伝えを、以前、当のカナタに教えられたことがあるセツナは、その呟きを聞き届け同意し、
「……どうでもいいけど、二人共。用事がないなら、何処か行ってくれない? 寧ろ、行け」
石版前に屯する彼等へ、石版の守り主は、邪魔だ、と悪態を吐いた。
「え、用事ならあるよ。ルックに、手伝って欲しいことがあるから」
が、嫌そうに、シッシッ、とルックに手を振られても、セツナはめげずに反論し。
「じゃあ、さっさと言えばいいだろう? その、用事とやらをさ」
「うん。でも、皆が来たらね」
「…………皆……?」
ああ、嫌な予感がする、とルックは、セツナを睨みながら溜息を付いた。
「盟主殿、お呼びですか?」
と、そこへ、階段を降り切ったシュウが、兵士伝に聞かされたセツナの呼び出しに応えてやって来て。
「おーい、セツナ。何だ? 用って」
「ん? シュウもいるのか。任務か?」
兵舎の方角から、腐れ縁傭兵コンビと名高いビクトールとフリックが。
「悪い、悪い。アップルと、朝飯食っててさ。……で、用って?」
レストランの方角から、トラン共和国大統領子息シーナが。
「おいらを、お呼びだとか?」
倉庫街の方角から、交易商のゴードンが。
「盟主殿、何か?」
「任務でしたら、何なりと」
厩舎から戻って来たばかりらしい風情の元マチルダ騎士団赤騎士団長カミューと、同じく青騎士団長マイクロトフが。
「何だい? こんな朝早くから」
「このおばあちゃんに、何か役立てることがあるのかい?」
酒場の方より、酒場の女主人レオナと、どうやって知るのか、城内の噂も近在の噂も近隣諸国の噂も知らないことはないらしい老婆タキが。
それぞれ、石版前へと集まった。
「……何、この面子」
セツナのお声掛かりで石版前へとやって来たらしい面々を一瞥し、ルックは益々、嫌そうな顔をする。
集められた一同も、カナタを除いて皆、戦闘員、非・戦闘員綯い交ぜの顔触れに物問いた気な風情を漂わせたが。
「あのね。『盟主命令』」
にこっ、と笑ってセツナは、人々を牽制するように先に釘を刺し、意向を話し出した。
「ルックとビクトールさんとフリックさんとシーナとゴードンさんは、マクドールさんと一緒に、トラン行って来て? お酒の買い出しして来て欲しいんだ。マクドールさんとシーナがいれば、何処で何が売ってるか、判るでしょ? ゴードンさんいれば、交渉には困らないよね。ビクトールさんとフリックさんには、護衛と荷物持ち兼ねて貰ってー。でも、夕方までに帰って来て欲しいから、ルック、転送宜しくね。詳しいこと、マクドールさんが知ってるから」
「は? 酒の買い出し? その為に呼ばれたのか? 俺達」
「…………カナタがいれば、護衛なんざ要らねえだろうが……。何だよ、荷物持ちかよ……」
「一寸待ちなよ。どうして僕が、荷車の代わりなんかしなきゃならないのさっ!」
「おう! 値切り交渉か、それなら任してくんなっ!」
「酒、ねえ………。まあ、知らない訳じゃないけどさ。ロックランド辺りまで行けば、大抵の物揃うし……」
故に、何の目的で集められたのかを聞かされた『トラン派遣組』の面々は、一様に思いを言葉にしたが、セツナは取り合わず。
逆らっても無駄、と、にっこり、カナタは面子を見渡して微笑み。
盟主殿はさっさと、次の『組』を見た。
「シュウさん達も。レオナさんとタキおばあちゃんに聞いて、お酒、探して来て? マイクロトフさんとカミューさんがいれば、何か遭っても困らないよね。シュウさん、元々交易商なんだから、交渉、宜しくね? あ、ビッキーも連れてってねー。ビッキーがいれば、テレポートしてくれるし。……そうそう。はい、シュウさん、これ。瞬きの手鏡とお買い物リストと代金。……じゃ、そういう訳で。僕、忙しいから。後宜しくねー。じゃあねー、夕方にねーー」
そうして、セツナは。
「盟主殿! これは、何の真似ですかっ!」
瞬きの手鏡と、曰く『お買い物リスト』とやらを手渡されたシュウの喚きも聞かず、レストランの方へと踵を返した。
「マクドールさーん、後、宜しくお願いしますねーーーー!」
「うん。大丈夫。夕方までには必ず、戻って来るから」
タタタタ……と素早く駆けながら、一度だけカナタへと振り返り、ぶんぶんとセツナが手を振ったから、にこっと笑ってカナタも手を振り返し、
「マクドール殿……。これは一体……」
ギロっとシュウは、唯一事情が判っているらしいカナタを睨み付ける。
「ん? 宴会したいらしいよ、セツナ」
「……宴会?」
「そう、宴会。──そういう訳だから。マイクロトフにカミュー。皆のこと、宜しく。そっちの方は非戦闘員ばかりだから、大変かも知れないけど。……レオナ、タキさん、気を付けて」
だが、カナタもセツナ同様、シュウの憤慨になぞ目もくれず。
「お任せを。マクドール殿」
「女性は護ります、何があろうとも」
「やれやれ……。じゃあ、仕入れに行って来るとしようか。序でに、家の酒場の酒も」
「お酒……。そうねえ……。今だったら、森の村に入って来るワイン辺り、飲み頃かと思いますよ」
それがセツナの意向なら、と微笑んでみせたカミューや、至極真面目な態度を見せたマイクロトフや、ぼやくレオナ、考え込み始めたタキに言葉を掛け。
「さ、僕達も行こうか。宜しく、ルック」
ポン……、と彼は、逃げ出したそうにしているルックの肩をにこやかに叩いた。