血相変えて嗜めに走ったセツナや、武術扇片手に至極『楽しそう』な様子を見せたカナタに味わわさせられた『教訓』か。
それとも、嗜み過ぎてしまった酒が連れて来た二日酔いか。
その何れかの所為で、酒に酔い、気分を良くし過ぎ、中庭で騒ぎ出した酔っ払い達が悉く、寝台の中に転がる屍と化した宴の翌日も過ぎて、それから更に数日、何事もなく時間は流れ、何時も通りの同盟軍本拠地の日常が、紡がれては終わり、としていた、と或る日。
喉元過ぎれば何とやら、その日の夕刻にはもう、ここの処大人しかった飲ん兵衛達が、レオナの酒場に溜まり、呑み始めていた。
「……ほんっとー……に懲りないよね」
だから、普段通りの一風景に普段通り混ざって、今日も一日が無事に終わった、と酒精を煽り出したビクトールとフリックを横目で眺め、彼としては誠に残念なことに、その日は一日、正軍師殿に盟主殿を盗られてしまったが為、酒場の片隅にて、盗られてしまった彼が戻って来るのを待っていたカナタは、しみじみと、或る意味での感嘆を零した。
「あれしきのことで堪えてるようじゃ、酒呑みなんざやってられねえよ」
「いいだろう? 別に。この間のことは、反省してるって」
だがカナタに、或る意味での感嘆、裏返せば嫌味を吐かれても、酒へと伸びるビクトールとフリックの手は止まらず。
「お前だって嫌いな口じゃねえんだから、付き合え。酒に強ぇ奴に酒場でぼんやりされてるのは、興醒めだ」
カナタの襟首捕まえてビクトールは、混ざれ、とグラスを差し出して来た。
「お断り。セツナが来たら、夕御飯食べに行くから」
ずいっと己が方へ寄せられたグラスを退け、カナタは誘いに断りを入れる。
「たまには良いじゃないですか、マクドールさんに付き合って貰えないと、ビクトールさんとフリックさん、拗ねちゃいますよー?」
だがそこへ、漸く正軍師殿に解放されたらしいセツナがひょっこりやって来て、カナタとビクトールの間に顔を突っ込み、言うこと聞いてあげたらどうです? と、にこにこと言った。
「あ、セツナ。お仕事終わった? じゃ、お夕飯食べに行く?」
「はい、やっと解放して貰えました。──でも、夕御飯は未だ先でも良いですよ。って言うか、今日はここでお夕飯でも良いですよ」
「…………随分と、珍しいこと言うね、セツナ」
「そですか? 只単に、ビクトールさんとフリックさんの楽しみ奪っちゃ可哀想かなーって思っただけですよ? 僕もたまには、こーゆーのに率先して混ざりたいかなーって思いますし」
「……ホントに? 他意、ない?」
「そんなの、ある訳ないじゃないですか。変なこと言いますねえ、マクドールさん」
──セツナが、随分と稀なことを言うので、下心でもあるのかとカナタは、少年の薄茶色の瞳を覗き込んだが。
にへら、っと笑ってセツナはそれを流す。
「ほら。セツナもああ言ってる訳だし」
そうとくれば、と一度は退けられたグラスを、ビクトールは再び押し返し、
「……まあ、いいけどね……」
セツナまでがそう言うなら、とカナタは、酒が満たされた冷たいグラスを、半ば渋々取り上げた。
だから、レオナの酒場で、宵の口前に彼等がちびちびと呑み始めて直ぐ。
酒呑み達の横で、レオナに、ジュース下さいー、とか、焼売食べたいですっ! とか、ああでもないの、こうでもないの言っていたセツナが、不意に姿を消した。
徐に立ち上がった彼に、何処へ行くのかと人々が問うたら、一寸、と当人は笑って誤摩化して、タタっと駆けながら酒場を出て行き、三十分程後、出て行った時のようにふらりと、蔓で編まれた籠を手に戻って来た。
「ただいまでーす」
「お帰り。何処行ってたの?」
「えっとですね。……ほら、この間宴会した時に、マクドールさん、お酒って言うのは、そう悪い物じゃないって言ってたじゃないですか。だから、あれからずっと、良いなあって僕、そう思ってたんですけど。どう頑張ってみても、僕はお酒とは仲良くなれないみたいなんで。こーゆー席に僕が混ざる為の秘密アイテム、持って来たんです」
トン、と卓の上に置かれた籠とセツナの顔を見比べ、カナタが問えば、にこにこ嬉しそうにセツナは、籠に被せていた布巾を外し、中から、ガラスの器を四つ、取り出してみせた。
コトリと音を立てて置かれた器の中には全て、ナイフで切り崩されたような風情で盛られた小振りのケーキが入っていて、そこからは、甘い物が苦手な『大人達』には、きつい、と感じられる程の甘ったるい匂いと、酒精の香りが漂って来た。
「セツナ? これが、君の秘密アイテム?」
だから。
甘いだけのケーキを、セツナが自身の為だけに持って来た、と言うなら話は判るが、と。
ふん? と首を傾げたカナタが彼を横目で眺めれば、見遣られた当人は、湛えた笑いを崩さず。
「そですよ。お酒は駄目ですけど。僕、お菓子なら得意ですから。ハイ・ヨーさんに頼んで、今日のケーキの残り貰って、それにちょびっとだけ、お酒掛けて来たんです。そうすると、サバランみたいになるんですよ。知ってました? ……で、僕の分だけってのもー、って思ったんで。マクドールさん達の分も作って来たんです。マクドールさん達のはクリーム少なめで、僕のよりも沢山お酒掛けてありますよー。だから、一緒に食べましょ? マクドールさん」
──にこにこっと、ひたすらに笑い続けてセツナは、テーブルの上に置いたガラスの器を、有無を言わせず『大人達』の前へと押し出した。
「ふーん……。じゃあ、ま、折角だから……」
「そうだな……」
まるで、一緒に食べてくれなきゃヤだ、とでも言う風に、微笑みを浮かべてセツナが、じー……っと見詰めて来るから、求められるまま、ビクトールとフリックの二人はスプーンと器を取り上げ……が、カナタは。
傭兵達と同じく、器とスプーンを取り上げはしたものの、物言いた気に、セツナへと視線を流し続けた。
「僕は、お酒の味なんて判りませんけど。楽しく呑めて、楽しく酔っ払えると、幸せなんですよね?」
己へと注がれるカナタの視線を真っ正面から受け止めて、セツナは、意味ありげにそう告げ、極上の笑みを拵え、
「だから、こうしたら僕も、マクドールさんと一緒に楽しめるかなあ、って思って。マクドールさんも、楽しいかな、って」
はむっと、香り付け程度に酒精を振り掛けた己の為の菓子を、幸せそうに口の中へと放り込んだ。
「…………成程」
故に、カナタは。
一言呟いた後、セツナが菓子を食べ進む早さに合わせて、綺麗に己の為のそれを平らげ。
「セツナ。君の部屋に戻ろう?」
御馳走様でしたー、と両手を合わせている途中だったセツナの腕を取り、立ち上がった。
「え、もう良いんですか?」
「うん。今夜は、もう良い。お腹一杯になったし。……それに、『酔った』から」
──腕を引き、己を促す人へ、え? とセツナは問い質すような目を向けたけれど。
「酔ったぁ? これっぽっちの酒で、お前が酔うかぁ?」
「砂糖と生クリームに酔った、の間違いじゃないのか?」
ごちゃごちゃと、からかいの言葉を投げて来る傭兵達を、綺麗さっぱり無視し、セツナの手を引いたまま、カナタは少しばかり強引に、酒場の中を歩き始めた。
「今回は、『君の勝ち』」
…………と。
セツナにしか聞こえない、小さく低い声で囁き、思惑がバレた……と、遠い目をしてみせたセツナを愉快そうに眺めながら。
End
後書きに代えて
ひじょー……に、判り辛い話を書いたような感が否めませんが。
要するにカナタは、どれだけ呑んでも酒に酔わないんじゃなくて、どれだけ酒を呑んでも酔えない、と。
んで、今回それが、セツナにバレた、と。
そういう話です、はい。……すみません、説明が必要な話書いて……。
──蒸留酒は概ね、『命の水』という別名で呼ばれます。
ウィスキーの語源、古代ゲール語の「Uisuge Beatha
これらの歴史を更に遡ると、ラテン語の「アクア・ヴィテ=命の水」に辿り着き、蒸留酒は、錬金術が偶然生み出した物であるが故に尊ばれ……と相成ります。
……どうでもいい豆知識&今回のタイトルの意味(笑)。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。