「……確かに、坊ちゃんの、お嫌いそうな話、ですね…………」

手に取ったカップへ視線を落としたカナタを見遣り、やはり溜息を吐きながらクレオは、珈琲を入れ替えようと腰を浮かせ掛けた。

「例え、どんな動機で平和や平和な国を求めても、僕は問わないけれどね。動機が何であろうが、平和の果てに何を望もうが、何を求めようが、そんなことは個人の自由だけれど」

だがカナタは、クレオの動きを制して、再び喋り出す。

「親友を討ち倒してでも、望んだモノを掴み得るだけの覚悟も持てない彼のそんな言葉など、僕には、覚悟も信念も伴わぬ、下らないだけの偽善にしか聞こえない。そんな者の語る新しい秩序など、お為ごかし以前だ。こうなることは、自分達が紋章を分け合った時から決まっていた、運命なのかも知れない、と言いながら。出来もしないくせに、君を倒してでも新しい秩序を打ち立てると言いながら………………──

──坊ちゃん?」

有らぬ方へと視線を流し、つらつら言い募り、不意にカナタは、クレオにも聞き取れぬ程に小さく低く、声を潜めた。

「……あの子に。何一つとして認めようとしないあの子の中に、己の居場所と救いを期待するなんて、そんなこと。あの子の幸せは、もう────

「…………? 坊ちゃん?」

顰められたその声は、やはり、居間の卓を挟んで対面に座るクレオにさえ届かず、彼女の目には、急に黙りこくってしまったように見えたカナタの様子を、クレオは窺った。

「…………ん? ああ、御免。一寸、思考に走ってしまって。──……クレオ。新しい珈琲貰ってもいいかな?」

少々身を屈め、下から覗き込んでくる風に顔色を確かめ始めたクレオに、カナタは笑みを返した。

「あ、はい。一寸待ってて下さいね」

その時、カナタが見せた笑みは、彼がこれまで送って来た生涯の殆どを知るクレオにさえ、何時も通りの鮮やかさで映ったから、考え込んでしまった、との彼の言い分を素直に信じた彼女は立ち上がって階下へと降りて行き、カナタは一人、その場に残った。

「……偉そうなこと、僕にも言う資格なんてないんだけどね……。…………でも、それでも。僕は覚悟の道を歩いて。セツナ、君も又、そうで。覚悟と共に、君はその道を歩いてくれているから。選ぶのは、僕でなく、君だから。……僕は、君の望むままに。君の求めるままに。………………ああ、そうか。改めて思うこともなく。僕は、卑怯者、か…………。ジョウイ君より、僕の方が質が悪いのかな……」

たった一人だけ、己が手許に残された『家族』の気配も消えた居間の片隅で、首を傾げ、天井を見上げ、夕刻が近付いて来た今になっても未だ、正軍師殿に捕まったまま様々絞られているだろう『溺愛』中の少年へと思い馳せて、重い独り言を呟き。

「…………仕方ない。『運命』は確かに、『運命』だ。僕が見付けてしまったのは、セツナなんだし」

白磁のカップの中ですっかり冷えてしまった珈琲を飲み干して、湯気の立つ、新しいそれを携えクレオが戻って来るのを、彼は待った。

何で僕がこんな風に、馬車馬の真似事なんかしなくちゃならないワケ? ……と。

ブツブツブツブツブツブツ口の中で零しながらも、どんな手練手管で『口説かれた』のか、約束通り、夕刻、グレッグミンスターまで迎えに来てくれたルックと共に本拠地へ舞い戻ったカナタが、今日一日、何処にも出掛けなかったような顔をしてセツナの部屋へ向かい、適当にその辺にあった本を一冊取り上げ、窓辺に腰掛け頁を繰り出して程なく、少々げっそりした顔付きになったセツナが、よれよれしながらやって来た。

「お疲れ様。……絞られた? 彼に」

「ええ、まあ。……何時ものことですけど。シュウさん、僕に痛恨の一撃喰らわすの、上手いんですもん…………」

戻って来たセツナの気配に、暇を潰す為に広げただけだった本から直ぐさま目を離し、お帰り、とカナタが告げてやれば、こってり油を絞られつつ執務に励まさせられたのだろうな、と察せられる表情と声音で、ふらぁ……、とセツナは彼の傍へ寄り、開け放たれた窓辺の枠に、ずるり、体を引っ掛け項垂れた。

「どーしてシュウさんってば、僕にお小言喰らわすことに、あんなにも、命根性懸けるんでしょうねえ……」

「それが、彼の仕事だから。……ま、彼の飛ばすお説教が、『少々』血も涙もないのは否めない話だけど。──でもまあ、いいじゃない。今日は一日、セツナ、彼に付き合ったんだから。これで又数日は、逃げ回っても大丈夫だろう?」

「はい。……でも、疲れました…………。……マクドールさん。一寸早いですけど、お夕飯食べ行きません?」

「ん? いいよ」

物干竿に干される洗濯物の如く、べろり、窓枠に体を引っ掛けたセツナを、危ないよ、と片手で引き摺り戻せば、疲れてお腹空きました! と、うるうるし始めた瞳で訴えられたので、パタリ、音を立てて本を閉じ、セツナを引っ立てたまま、カナタも窓辺から降りた。

「明日、一寸僕、早く起きるんです。ヨシノさんやバーバラさん達のお手伝い、する約束してるんです。だから、御飯食べて、お風呂入って、寝るんです」

「ふうん。……何を手伝うのか知らないけど。僕もそれ、付き合おうかな。セツナいないと暇だし」

「あ、そうですか? マクドールさんも付き合ってくれます? じゃあ、とっとと支度して、寝ましょう、マクドールさん」

「そうだね。そうしようか。沢山御飯食べて、お風呂で暖まって。セツナが寝るまで、お喋りにも付き合ってあげるよ」

「はい! マクドールさんの寝物語聞くの、僕、好きなんです」

「……そうなの?」

「ええっ。楽しいですもん、マクドールさんがしてくれるお話」

「なら、セツナの御所望のお話、してあげる。何がいい?」

降り立った床の上を進みながら、出口を目指し、適当にその辺りへ本を放り投げ、己に並んで歩き出したセツナの語ることを全て受け入れていたら、他愛無い話がそのように流れたから。

今夜は何が聞きたいの? と、カナタはセツナへ尋ねた。

「そですねー。何がいいかなー……。………………ああ、マクドールさん」

「ん?」

「テッドさんのお話がいいです。……ほら、マクドールさんたまに、テッドさんと一緒にやった悪戯の話、してくれるじゃないですか。あれがいいです」

希望の話は何? ……そうやって彼が問うたら、セツナは暫し考え込んで、パッと、閃いたように笑い、テッドの話がいい……と、そう言った。

貴方と、貴方の親友の話がいい……と。

「………………ん。判った。じゃあ後で、テッドの話、してあげるよ」

だから、一瞬。

テッドの話を望んだセツナの本当の意図を、カナタは想像したけれど。

何を思って、『親友』の話を、とセツナが言ったとしても構いはしないかと考え直し、今宵確かに、親友の話を聞かせてあげると約束を交わして、セツナと二人、その部屋の扉を潜った。

End

後書きに代えて

グリンヒル奪還時の話。

えーと、まあ、その。兎に角。

ジョウイファンの方、御免なさい…………。

思ってること、一々ジョウイに直接言いに行く辺り、カナタの性格の歪みっぷりを語ってるような気がしますが、こういう奴なんだ、と思って頂けると、ええ。

──それにしても。ホントに、ルシアさんのお子、ヒューゴ君のパパは、一体誰なんですか、コ○ミさん。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。