────二日が経った。
前日も、前々日も、夏が終わりを迎えるのは未だ先になりそうだ、と思い知らされるしかない陽気で、「暑いけど、お出掛けには持って来いだよね!」とセツナは、何処かに行きたくて仕方ない風にうずうずしていたけれど、生憎、鬼正軍師殿に取っ捕まってしまった。
一方、カナタは、ここの処は殊勝という言葉を辞書から消し去り、セツナのお出掛け遠征があろうがなかろうが、本拠地内に大きな顔で居座っていたのに、何を思ったのか、「帰っちゃうんですか?」と名残惜し気な顔した『可愛い僕のワンコ』も宥め賺して、訪れて数日しか経たない古城から、生家のあるグレッグミンスターに戻ってしまった。
そういう訳で──なのかどうかは軍内の誰にも不明だったが、暑いのを抜かせばお出掛け遠征日和だった二日の間、バッチリ監視の目を光らせたシュウに見張られつつ一人自室に籠るしかなかったセツナは、あれから三日目の朝、ガッチリと、幼馴染みなムササビのムクムクを胸に抱きながら城内を駆け、ビクトールとフリックの腐れ縁組を捕獲し、
「今日も朝から暑いのに、又、峠越えか…………」
と、遠い目をした二人を引き連れ、「マクドールさんのお迎えー!」と、元気溌剌な感じで『グレッグミンスター詣で』に繰り出した。
哀れなお供担当者達が、セツナに捕獲されたのは確かに朝の内だったけれど、発つのは午前のお茶をしてから、とセツナ自身が言い出した為、ビッキーの魔法で以て本拠地を発った一同が、転移魔法すら阻む峠のデュナン側の登り口のバナー村に姿現したのは昼餉時の少し前で、急いでいるような、いないような、お供達には少々謎な速さで山道を辿るセツナを先頭にバナー峠を越え、国境の関も越え、そこからは、国境警備隊長のバルカスに高速艇や馬車で送って貰った彼等が、麗しの都に到着したのは夕刻だった。
デュナンがそうだったように、その日はトランも晴天に恵まれていたようで、グレッグミンスターは夕映えに浮かび上がっており、そんな首都の景色を馬車の窓から見遣ったセツナは、お散歩をしたいからとバルカスにねだり、都の正門を潜ったばかりの所で降ろして貰って、お供を引き連れ、とてとてとてとて、街を南北に貫く目抜き通りを行き始める。
散歩をするのだと言ったのに、彼は、碌に寄り道もせず通りを北へと向かったから、一同は程なく、グレッグミンスター城を取り巻くように広がる、瀟洒な館ばかりが立ち並んでいる屋敷町を東西に分けている、黄金の女神像のある噴水広場の入り口に辿り着いた。
ゆとりを持った空間の使い方をしてあるその広間も、中央を占める女神像の噴水も、その向こうに聳えるグレッグミンスター城も、その日の空や街に同じく夕焼けに染まっていて、まるで紅蓮の炎に包まれてしまったかのようにも映る、その光景の中心に、右手に天牙棍を携えながら、全てを背負う風に立つカナタがいた。
「あ。マクドールさんだ」
逆光の所為で、佇む彼の面の色までは窺えなかったが、彼であるのは確かで、足を留めたセツナは、にっこりと嬉しそうに笑う。
けれども、さも、外出中だったらしいカナタと偶然行き会えて良かった、と言いたげに笑ったセツナに、彼のお供達は無言を返した。
カナタのそんな姿は、彼が負って立つあの城が、大火と共に落城したあの日──解放戦争に終止符が打たれた刹那の姿に重なって見えたから。
何時の間にか風が出てきたのだろう、カナタの何時もの衣装の赤い裾や白い袖を翻らせ始めた流れが、空に留まっていた雲も押し流し、それらが織り成す影の所為で漸く露になった、彼の、綺麗に笑んだ面も。
……あの日の彼に。
懐かしい、あの、戦いの日々の彼に。
だから彼等は言葉を飲んで、動きも止めて、何処か『遠く』カナタを見遣ったのに、留まってしまった二人を置き去りに、セツナは、彼へと駆け寄る。
「マクドールさん!」
「やあ、セツナ。もしかしなくても、家? お迎えに来てくれたの?」
「はい! でも、マクドールさんは、これからお出掛けなんじゃ?」
「いや。逆だよ。もう用事は終わって、家に戻る処だったんだ。丁度ここを通り掛った時に、向こうからセツナがやって来るのが見えたから、待ってただけ」
「あ、そだったんですね。良かった」
己目掛け、かなりの勢いで一直線に突っ込んで来たセツナを、カナタは抱き留める風にして、セツナは、両腕を広げて迎えてくれた彼に体当たりで懐いて、黄金の女神像の噴水前という、この街ではこの上なく目立つその場にて、二人は、自身達に注がれる数多の人々の目も無視し、仲睦まじく戯れ合い始めたけれども、それでも、お供達は広場の入り口に立ち尽くしていた。
…………今日、この刻限、ここを自分達が訪れると、カナタが知っていた筈はない。
今日、この刻限、カナタがここを通りすがると、セツナが知っていた筈もない。
聞こえてくる彼等のやり取りが、それを証明している。
『この舞台』の何も彼も、偶然だ。
なのに何故か、ビクトールにもフリックにも、この何も彼も、カナタとセツナが敢えて設えたものにしか思えなかった。
何を謀ってのことなのかは到底理解及ばぬが、今、この風景の中、自分達が此処に『立たされている』のは偶然などではない、との疑いは消えず、嬉しそうに、そして幸せそうに笑み合う少年達を、二人は見詰め続けた。
「今度のお出掛けは何処? さもなきゃ、この都に用事? 交易とか?」
「それがー。一寸、コボルト村の方まで色々しに行きたかったんですけど……、でも、こんな時間になっちゃったんで、悩み中なんです。もう夕方ですから、本拠地戻るにしても、何処か行くにしても……」
「そうだね。じゃあ、今夜は家に泊まろうね、セツナ」
「いいんですか?」
「勿論。今からデュナン目指してグレッグミンスターを発ったら、国境に着く頃には夜になってしまう。夜中の峠越えなんて危ないこと、僕が許す筈ないだろう? 寧ろ、泊まらなかったらお小言」
「はぁーい」
傍らを通りすがっていく者達の視線同様、沈黙と共に向けられ続ける仲間達の眼差しも無きが如くに扱う彼等のやり取りは、放っておいたら何時までも続きそうで────でも。
揃ってハッと我に返った時、何時しか口を閉ざしたカナタとセツナが、同じ瞳をして、こちらを見ているのに傭兵達は気付いた。
とっとと付いて来い、と言わんばかりに見詰められていると。
「あーー……。行く、か」
「そうだな……。グズグズしてても、な」
「セツナは兎も角、カナタにドヤされたくないしな」
「……言えてる」
故に、ビクトールもフリックも、留めてしまっていた足を動かす。
始めの内はソロソロと。だが徐々に、駆ける速さで。
──追い付くことは叶わなくて、光景の中の二人と肩を並べることも叶わなくて、文字通り、後を付いて行くことしか出来ないのだろうけれど。
カナタはもう、己達の軍主ではなく、セツナも何時の日にかは、己達の盟主ではなくなるけれど。
それでも、彼等に付いてゆくことは出来る。
眼前の少年達が、己達を引き連れてゆく運命の導き手であることだけは、未来永劫変わらない。
だから、そこの処の責任だけは取って貰うと嘯こう。
天魁星として生まれ、天魁星としての路を自ら選んだ責任だけは、と。
きっと、それくらいの身勝手は赦される。
カナタも、セツナも、何時までも、何時になっても、己達の運命の導き手なのだから。
End
後書きに代えて
又もや二年振りくらいに(2014.06現在)カナタとセツナ絡みの短編を書いたなんて(以下略)。
──『鏡の中の(トラン編)』の続き。
思いの外シリアスに(やはり以下略)。
書いてる途中、「あれ、私、予定以上にフリック苛めてる?」と思ったりもしましたが、この話の中で一番不幸なのはカナタかも知れない。
んで以て、この話の或るシーンは、やはり、某友人が描いた或るイラストを一寸だけ思い浮かべつつ書いたものだったり。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。