カナタとセツナ ルカとシュウの物語
『かみさまのさかな』
むかし、むかし、あるところに。
とても体がおおきくて、とがった頭をもっている、けれど、きれいで青い魚たちが、たくさんおよいでいる海がありました。
その海のちかくにすむ人たちは、きれいな青い魚たちを、『かみさまのさかな』、とよんで、たいせつにしていました。
『かみさまのさかな』をたいせつにすると、人たちはしあわせにくらしていけると、そんないいつたえが、その海のちかくでは、むかしから言われていたからです。
だから、人たちは、『かみさまのさかな』をたいせつにしていました。
その日も。
晴天のその日も、彼は又、口うるさい正軍師の『魔の手』より逃れて。
しかし、何時もとは違い、余程のことでもない限り何時でも何処でも彼の傍らに添って止まない、『大好きな人』より僅かな距離を置いて。
「めいしゅさまーー!」
……と、拙い言い回しで彼を呼び、周囲を取り巻く幼子達と一緒になって、大きな城の片隅で、楽しそうに遊んでいた。
正しく例えるならそれは、子守り、と相成るのだろうけれど、それでも、彼は幼子達と共に遊び。
共に、絵本を読んでいた。
「何やってんだ? セツナの奴。最近、ガキ共とああしてる所、良く見掛けるが」
──ハイランド皇国とデュナンの覇権を争う戦の最中にある、同盟軍本拠地の城の中庭。
そこに敷き詰められた緑の上にしゃがみ込んで、わらわらと集まって来た子供達と一緒に声を出して絵本を読んでいる、同盟軍盟主の少年、セツナの姿を見掛け、たまたまそこを通りすがった同盟軍の名物腐れ縁コンビの片割れ、ビクトールは。
セツナや子供達が作る輪より少しばかり離れた所で『光景』を眺めていたトラン共和国建国の英雄、カナタ・マクドールに話し掛けた。
「子供達に、絵本を読んであげているんだよ。……セツナは、好きみたいだね、ああいうこと。最初の内は、子守り兼ねて、子供と遊んでるばかりなのかと思ってたけど、『先生』の真似事も、良くやってる」
セツナ達のように、中庭の隅で緑の上に腰下ろし、木に凭れ、何をするでもなく『光景』を眺めていたカナタは、ひょっこり顔を出した傭兵を見上げながら、低い声で答えた。
「真似事、な。ま、何処までも、ガキ共と一緒になって遊んでるってな、域を出ないんだろうが。あれはあれで、息抜きになるんだろうし、楽しそうだし、いいんじゃねえのか? 『どっかの誰かさん』は、放っとかれて、拗ねるかも知れねえが」
その答えに、少しばかり意地悪くビクトールは笑み。
「拗ねるのは、『何処かの誰かさん』じゃなくって、正軍師殿だと思うけどね、僕は。『何処かの誰かさん』が、果たして誰のことを指すのか、僕にはさっぱりだけれど、子供相手に拗ねる程、『何処かの誰かさん』も、不出来ではないと思うよ」
ふいっと、カナタは肩を竦めた。
「…………どうだかな」
「……どういう意味?」
「………………さあ?」
「ビクトール?」
だから二人は、二言、三言、彼等だけに通ずる会話を交わし。
「あ、いたいた! セツナ、ビクトール! シュウが呼んでるぞ!」
そこへ割り込むように駆けて来た腐れ縁傭兵コンビの片割れフリックの言葉に、ビクトールは屈め加減だった腰を伸ばし、カナタは立ち上がった。
「セツナ」
「はーーーい!」
フリックのそれは、セツナにも届いていただろうけれど。
それでもカナタは、促すべく彼の名を呼び、己を探しに来た傭兵の言葉ではなく、カナタの声のみに応えるように、セツナは、声に出して読んでいた絵本をパタンと閉じ、幼子達の輪より外れる。
「行っておいで。正軍師殿のお呼びだそうだから。僕は、君の部屋で待ってる」
「はぁい。ここの処、ハイランドの人達も大人しいってシュウさん言ってましたから、直ぐに終わると思います。終わったら、僕も部屋行きますね。……あ、そうだ、マクドールさん」
「何? セツナ」
「この本、僕の部屋に持ってって貰ってもいいですか?」
名を呼び様振り向き、柔らかい笑みだけを浮かべ、己がやって来るのを密やかに待っている佇まいのカナタの傍へ、トト……っとセツナは駆け寄り、語らいつつ歩き出しながら、あ、と。
カナタの手の中へ、絵本を押し付けた。
「うん、勿論」
「すみませんけど、お願いしますね、マクドールさん。じゃ、シュウさんトコ行ってきます! 早めに、逃げてきますねーーー!」
そうしてセツナは、カナタへ向けて元気に手を振りながら、ビクトールとフリックと共に、議場へと向かい。
「後でね」
手を振り返してカナタは、セツナを見送った。
「………………ふうん。『かみさまのさかな』、か」
──二人の傭兵を従えて、トコトコ走って行ったセツナの背中が見えなくなるまで、その場に佇んでより。
カナタは、セツナに預かった、絵本の題名を読み上げた。