とぽとぽと良い音を立てながら、飴色の茶を、急須から茶碗へと注ぎつつ。
「──という訳でですね、マクドールさん」
ちろっとセツナは、カナタへ上目遣いを寄越した。
「全部を言わなくてもいいよ。付き合って欲しいんだろう?」
その視線を、僅かな苦笑と共に受け止め、カナタは、セツナの頼みを代弁する。
故にセツナは、何時ものことだけど、バレてる……、と。
にこっと笑って、何処までも軽くはあるけれど、苦笑以外に外ならない、カナタの笑みを誤摩化した。
────中庭で分かれた時、セツナ自身が言っていたように、シュウの呼び出しは大した用件ではなかった。
呼び付けられた盟主殿の言葉を借りるなら、『嫌がらせ』に分類出来る種類のものだった。
何時までも、軍の長たる者を子供と一緒に遊ばせておくのは外聞が悪いから、会議の真似事でもさせておくか、と言った風な。
極々些細なそれだった。
その為、セツナが計らずとも、余り意味のない呼び出しは呆気なく終わったし、つらつらとシュウの口より語られたことも、それ程身を入れずとも良いような内容だったのだが。
『真似事会議』の冒頭、お約束とばかりにシュウが語った、ハイランドとの戦いに於ける戦況報告の中にあった些細な話、それだけが、彼の耳に止まった。
現在、ハイランド軍に目立った動きはなく、戦況は落ち着いているが、時折、グリンヒル・ロックアックスの関所近辺の森にて、ハイランド軍所属の小隊が、数度に渡り見掛けられたことは懸念である、とのそれが、セツナの中に、僅か引っ掛かった。
その為、『真似事会議』終了後、セツナはカナタの待つ自室へと戻り、己と彼の為に茶を淹れながら、仔細を語って。
「ロックアックスと、グリンヒルの関所か……。少しばかり、微妙な場所だね」
セツナに最後まで語らせることなく、意を汲んだカナタは、目的地の状況を想像して、僅か、思案顔になった。
「そなんですよねー。グリンヒルは未だ、向こうが占領してますし。でも、森の村の方とか、偵察部隊の人達駐屯してますし、関所の方にも、たまには出向いてるみたいですから、少しくらいなら大丈夫かな、って思うんです。……ロックアックスって、未だマクドールさんと出会う前、同盟結んで下さいー、の交渉に行った僕達のこと追い返したっきり、立て篭っちゃってるじゃないですか。僕達のことも、ハイランドのことも、知らんぷりで。なのに、ハイランドの人達がウロウロしてるって、変だなー、って」
だがセツナは、思う処を語りながら、譲りたくなさそうな素振りを見せたので。
「…………言いたいことは、判るけどね。……判った、付き合ってあげるよ、セツナ。でも、決して安全な場所ではないから、少しだけだよ」
「はーいっ。有り難うございます、マクドールさん! じゃあ、お出掛けしましょーー」
「え、今から?」
「ええっ、今からですっ!」
「じゃあ、お夕飯までに、帰って来ようね」
セツナの意向に逆らえる筈もなかったと、カナタは、飴色の茶を飲み干した。
普段の調子でシュウ達を誤摩化し、グリンヒル・ロックアックスの関所地方を目指して出掛けようとしたら、転移魔法を操る少女、ビッキーの許へと辿り着く前に、二人はビクトールに行き先を訊かれた。
恐らく、ビクトールにしてみたら、深く思うことないまま、今度は何処へ『散歩』だ? と、気軽に尋ねただけのことなのだろうが。
ハイランド軍の占領下に置かれているグリンヒル地方へ出向くのに人出は多い方がいいと判断したカナタに、彼は襟首を引っ掴まれ、強引に大鏡の前へと連れ出される羽目に陥り、結局、三名となった一行は、ひと度、森の村を目指した。
あの村に今は駐屯中の偵察部隊の者達に、関所近辺を偵察する時に使う安全な道程を教えて貰おうと思ったのだ。
折悪く、偵察部隊の者達は任務に出払ってしまっていた後だったが、残っていた兵達より、危険の少ない地域や道程を知ることは出来たし、丁度、関所を目指して出掛けたという部隊の者達がいるだろう場所も判ったので。
一旦、瞬きの手鏡にて本拠地へと戻った三人は、今度は、件の関所へ、と。
ビッキーの転移魔法が彼等を運んだ先は、「この辺りに飛ばして」と、セツナとカナタが説明した場所とは『若干』の相違があったが、それでも、森中を彷徨き始めて程なく、無事、偵察部隊の者達と、彼等は合流することは出来た。
「えっっ? 盟主様……? マクドール様も、ビクトール隊長も……?」
ぬっと、前触れもなく茂みの影から姿を見せた三人へ、兵達は、何事かと武器を構え掛けたが、やっほー、と手を振るセツナを筆頭とした顔触れを眺めて、唖然……、と足を止めた。
「皆、元気ー? 変わりない? ハイランドの方も、変わりない?」
何とも言えぬ、恍けた表情を拵えてしまった彼等へ、恍けた表情を拵えさせた当人であるセツナは、にこにこと近付く。
「は、あ。まあ……。……盟主様、どうして、こんな所に?」
「最近ね、この辺に、どーゆー訳かハイランドの人達がチョロチョロしてるって話聞いたから。様子見に来たんだよ」
「ああ、そうなんですか。でも、そんなことで盟主様がわざわざ……。……すみません、俺達が至らないばっかりに」
「え? そんなつもりで来たんじゃないよ、一寸、気になっただけだから。気にしないでね? 皆の顔見たかったし」
「でも……」
少しばかり小首を傾げながら、気楽な風にセツナが言えば、兵士達は却って恐縮してしまって。
「気にすんな、気にすんな。ホントにこいつは、お前達がどうしてるかって、それ見に来ただけなんだから。……な? セツナ、カナタ」
場を和ますように、兵達の一人の背中を、ビクトールがバシンと叩き。
「そうだね。一寸した息抜き兼ねた、激励、な感じかな、僕達がここへ来たのは」
カナタも、酷く気楽な調子で、兵士達の恐縮を振り払った。
「…………そうですか? じゃあ、そういうことで……」
「うん! そういうことにしといて? でね、折角来たから、一寸だけでも、関所の方、自分で見とこうかなって思うんだけど。案内して貰える?」
「あ、はい! それは勿論!」
威勢の良いビクトールの声、安堵を齎すカナタの気楽な声、そしてセツナの、元気一杯の声。
それ等に導かれて、兵士達は何時もの調子を取り戻したようで、盟主の求めに応えるべく、茂みの中を、先頭切って歩き出した。
──きちんと、気を遣っているのだろう、極力足音を立てぬように意識を払いながら進む兵士達の後を、セツナ達もやはり、一応気配を忍ばせて、従って行く。
が、どうしても、音で例えるなら『トコトコ』と言った風情の、セツナの纏う雰囲気だけは消えず、故に、彼の道行きは何処か、ピクニックの如くで。
「お前には、緊張感ねえなあ、セツナ……」
殿を歩いていたビクトールが、ぼそっと洩らした。
「え、何で? 僕、これでもそのつもりで歩いてるよ?」
進む足は止めず、セツナは傭兵を振り返った。
「いや、本当に緊張感がないって、言ってるんじゃなくってだな」
「……? 本当にないなら、何にないの? 緊張感」
「………………だから。そういうトコだよ、そーゆートコ」
後ろを振り返りながらも、蹴躓くことなく歩き、ほえ……? と首を傾げる彼へ、ビクトールは苦笑を浮かべる。
「あのね、セツナ。ビクトールの言葉は要するに、君が如何に可愛い質をしているか、ということの裏返しだから、気にしなくていいんだよ」
と、それまで黙って二人のやり取りを聞いていたカナタが、口を挟んだ。
「可愛い、ですか? そですか?」
「うん。それだけのこと。だから、聞き流しておくと良いよ」
「成程。……でも、可愛いって褒めて貰うのは嬉しいですけど、僕、これでも男なんで、真っ向勝負で可愛いって言われるのは、幾ら褒め言葉でも、複雑です」
「どうして? 君の『可愛い』は、女の子達のような『可愛い』とは違うんだから、別に、『可愛い』でもいいんじゃない?」
「……むう。そうなのかなー…………」
「…………お前等、な……。どうして、そういうやり取りに辿り着くんだよ、何時も何時も……」
カナタが茶々を入れたから、会話は、例によって例の如く、どうしようもない方向へと進んで、やれやれ、とげんなりしながらビクトールが天を仰げば。
先を行く兵士達からは、堪えきれなくなったらしい、忍び笑いが洩れた。
相変らずだなあ……、と。
何も彼もが相変らずで、何も彼もが穏やかで、『こんな時』、『こんな場所』だけれど、全ては『連綿』と、……と。
……それは、そんな笑いだった。