グリンヒル地方へ出兵していた同盟軍の部隊が、本拠地へと帰城して数日後。

常の表情を湛え、城内を駆け回ること叶うようになったセツナは。

先日の、『過剰労働』と心配から来る苛立ちを、拭い去れずにいるルックを、カナタと二人からかうことに、勤しんでいた。

「相変わらずだな…………」

盟主殿と隣国の英雄殿が、風の魔法使いと『戯れている』らしい騒ぎを、その日も開かれている、細々とした『打ち合わせ』の為に集まった、本拠地二階の議場にて聞き付け。

はあ……とシュウが、溜息を零した。

「言った処で、止みはしないぞ、多分…………」

嘆かわしい、と、瞑目さえしてみせた軍師に、フリックが、慰めにもならぬ言葉を掛ける。

「言って止むなら、疾っくに説教だ」

その言葉へ、判っている、とシュウは、八つ当たりのような睨みをくれた。

────と。

『いい加減にしない? 二人共っ! 僕だって、暇じゃないんだよっ!』

『えー、だって僕達、悪いことしてる訳じゃないよー?』

『そうだねえ。悪いことはしてないよね。暇潰しをしてるだけ』

中庭付近で繰り広げられているらしい、三人のやり取りが、一際、議場へと届き。

「なまじ、あのような姿、見なければ良かった…………」

シュウは今度は、天を仰ぐ。

「あのような姿? ……ああ、この間の、カナタの『アレ』か? あんなもんじゃねえぞ、あいつは」

そんなシュウの台詞を拾ったビクトールが、未だ未だ、カナタはあんなもんじゃ、と真顔で言った。

「だから、見なければ良かったと、そう言っている。…………認めよう、マクドール殿が真実、『夢』を見させて止まない軍主だった、と言うのはな。────だがやはり、それと『アレ』は、別問題だ」

事情が違ったら、『もっと良い物』が見られただろうに、とビクトールが笑うから。

何日か前に己が放った、『疑い』は撤回するけれども、だが、とシュウは言い。

「…………別問題、ねえ……。本当に、そう思うか? シュウ」

奥深い台詞を、傭兵は吐いた。

「どう云う意味だ?」

──今でこそ、あんな風に振る舞ってるけどな、あいつ。あいつは今でも、あの頃の俺達に、『夢』を見せて止まなかった存在のままだ。……そう云う、意味だよ」

『だからこそ』、先日のような、『あの頃のまま』のカナタの姿を、俺は見たくなかった……と。

持って回った言い方をしたビクトールは、ぽつり、呟いて。

「あの頃のまんまだ、あいつは。何も嘆かず、何も悔やまず、真直ぐに歩いてた、あの頃のままだ。──ま、性格が悪くなったってのだけは、心の底から認めてやるよ」

カナタのことは、放っとけ、と、シュウに向かって彼は、軽い調子で笑った。

きつく握り締めたロッドを振り翳し、序でに、右手の紋章も掲げて、真なる風の紋章を呼び覚まそうとする処まで、ルックをからかって。

「あー、楽しかったっっ」

自室に戻ったセツナは、けらけらと笑いながら、べふっとベッドに飛び込んだ。

「これ以上、この間のことでルックに文句言われるのは堪らないって、必死に彼のこと、からかってたんじゃないの? 先手必勝は正解だけど、やり過ぎると、後が怖いよ? 何たって、ルックなんだから」

ぽよ……ん、と、うつ伏せに、寝台へと飛び込んだセツナの傍らに腰掛け、ルックも災難だよねえ、とカナタも笑む。

セツナが魔法使いへと注ぐ『災難』に、油を注ぎ、且つ扇いでいるのはカナタ自身だが、その事実だけはしっかり無視し、ほんの少しだけ釘を刺して彼は、一寸悪ノリし過ぎて疲れた……と、セツナに並んで横になった。

「いーんです。ルックって、物凄く素直じゃないから、素直じゃない人には、素直じゃない方法で、『お礼』です。『真っ当』だと思いません? それって」

と、セツナは、カナタと入れ代わるように、ぴょこっと身を起こして、毛布の上に座り込み、ほわっとカナタを見下ろした。

物凄く判り辛い『礼』をしてやっただけ、とペロッと舌を出し。

そうしてから、セツナは。

ずるずると寝台の上を這って、カナタの枕辺へとにじり寄り。

「付き合ってくれて、有り難うございました、マクドールさん」

へへへへー……と、企み満載の笑みを浮かべ、じーーっと、傍らの人の顔を覗き込むと。

「あのですね。僕、一回やってみたかったんです」

挑戦してみたいことがあったと言うが早いか、ひょいっとカナタの頭を持ち上げ、崩した己の膝の上に、ぽん、と乗せた。

「………………やってみたかった、って、膝枕?」

「そーです」

「又、どうして?」

「昔、じーちゃんに良くして貰ったんですよ、膝枕。それが凄く『幸せ』だったの、僕、今でも良く覚えてるんです。だから僕も、誰かにしてみたいって、ずーっと思ってて」

「それで、僕に?」

「はい、そーですよ。………………『幸せになりましょうね』、マクドールさん」

「…………そうだね」

突然、何の前触れも無しに、膝枕などを始めた少年の顔を。

横たわったまま見上げてみれば、自分がされて心地良かったことを、『誰か』にしてみたかっただけ、と言いながらも、『幸せになりましょうね』、と少年が囁くから。

……ああ、これは、『礼』であり、『訴え』であり、『縋り』か……と、カナタはそう判断し、ゆっくりと、漆黒色の双眸を閉ざした。

「んー…………でも、ね」

だが彼は。

暫しの時、セツナの膝枕を味わっただけで、ぱっと起き上がり。

「はい?」

「僕は、こっちの方が好き」

ふん? と目を見開いたセツナの体を、片手一本でひっくり返して、逆に、少年の頭を、己が膝上に乗せた。

「……えーと」

「何?」

「今、僕はですね、マクドールさんを膝枕したかったんですけど」

「うん。知ってる。でもね、僕はこっちの方が好き」

「…………たまには、いいじゃないですか」

「良くないよ」

「……だって。マクドールさんだって……『草臥れてる』でしょ?」

こてっとひっくり返され、されるがままになりながらセツナは、むう……っとカナタを眺める。

貴方だって、『草臥れている』くせに、そう言いながら。

「まさか。そんなこと、ある訳ないだろう?」

けれど、カナタは。

僕が草臥れることなんて、有り得はしない、と、唯にっこり、笑った。

何も彼もがどうでもいい世界の中で、胸にたった一つだけ灯る、どう足掻いても消せない想いの為に、『歩き続ける』こと。

遥か遠い彼方だけを、見続けること。

それに草臥れる、なんて、有り得る訳がない。

どんなに、疲れ果てても。

どんなに、草臥れ果てても。

僕は止まらず、歩き続けるだけだ。

だから僕は、『草臥れたりなんてしない』。

人々に、『夢』を見せて止まない存在、と。

そう言われ続けた、あの頃のように。

三年前の、あの頃のように。

僕は、唯。

傅く者のように、セツナを守り。

何も彼もがどうでもいい世界の中で、胸にたった一つだけ灯る、どう足掻いても消せない想いの為に。

唯、それだけの為に。

三年前の、あの頃のように。

End

後書きに代えて

戦争シーンなぞ入れてしまったものですから、一寸ばかり苦しかったです、このお話。

もー当分、陣形図なんぞ、見たくない。

あ、そうそう。このお話で私、六花曲陣に於ける後方部隊の存在を一寸無視して書いてますので、その辺、見逃して下さい。

──と云う訳で。

戦場行かなきゃならないセツナに一寸したパプニングが起こってしまったので、カナタ、少し『頑張ってみました』 & トランの戦争で、カナタがどんな風な姿を見せていたのか、その一端をちみっとだけ、同盟軍の皆様に、御披露してみました話。

このサイトの坊っちゃん、性格あんなんなので(笑)、解放軍のリーダーやってました、って言われても、感情レベルで理解出来ない人達(例:シュウさんとか)、多いんじゃないのかなー、って思いまして。

それで、書いてみた。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。