「程々にしとくって、言ったくせになー……」
────カサリ、と。
下草を踏みしだく音がし。
視線だけを巡らせてみればそこには、ビクトールの姿があって。
「『程々』、だろう……?」
くすりとカナタは、笑ってみせた。
「………………まあな」
本陣から姿消した二人を、探しに出て。
漸く、少年達以外には誰もいない森の中で、その姿を見付けたビクトールは、にこっ……とカナタに微笑まれ、ポリポリと、頭を掻いた。
「…………御免」
──が、何故かカナタは。
ビクトールが、頭を掻きながら溜息を零した途端、微かに面差しを変え、ぽつり、詫びを告げる。
「ヤケに、殊勝じゃねえか」
「そう?」
「ああ、珍しい。お前さんがそんなに殊勝なのはな」
「どうも、誤解があるみたいだねえ、ビクトール。僕だって、詫びくらいは言っておいた方がいいのかなー、ってね、思う時だってある」
「それが、珍しいってんだよ。……で? カナタ?」
呟かれた、御免、の一言に、明日は雨だな、と傭兵は天を仰ぎ。
「……何」
「何に対しての、『御免』、だ?」
ビクトールは。
すっと腕を組んで、カナタを見下ろした。
「ん? そんなこと、決まってるだろう? セツ────」
「──マクドールさん……」
奥底に、厳しさを隠しながら見下ろして来る、傭兵の眼差しを弾き返し。
何の為の詫びなのか、その理由を告げるべく、セツナの名を、カナタが言い掛ければ。
何時の間に目覚めたのだろう、それを遮るように、彼の腕の中から、少年の声が湧いた。
「……セツナ?」
故にカナタは、開かれた、薄茶色の瞳を覗き込んだ。
「僕が……僕が…………僕、がね……。僕が、傍にいて欲しいんです……。マクドールさんに、傍にいて欲しいんです。御免、なんて……マクドールさんが言う必要、何処にもないんです……。だから……っ……」
すれば。
抱かれた腕の中でセツナは、カナタをじっと見上げ。
熱の所為なのか、泣きそうになっているからなのか。
カナタにもビクトールにも、その何れとも判断付かぬ具合で、声を詰まらせ。
己を包み続ける人の、襟辺りをぎゅっと掴んだ。
──カナタがそれを、滅多に見せることはないけれど。
それでも、ビクトールやフリックには時折見せる、彼の心の底辺漂う想いの、更に一つ奥を感じ取って。
「だから、マクドールさん…………」
言い募りながらセツナは、唯々、カナタの襟辺りを握り絞める手に、力込める。
「…………少しは、楽になった? なら、戻ろうか。ここにいても、君の体には障りそうだしね。君の城に戻って、ゆっくり休もうね」
そんなセツナの指先を、カナタは優しく取り上げ抱き締め直し。
微笑みのみを送って、彼は立ち上がった。
「──っと……。僕がこのままセツナを抱いて……って云うのは、具合が悪いかな。確かセツナ、瞬きの手鏡持って来てないよね?」
「気にすんな。『輸送手段』、呼んである。……その代わり。機嫌悪りぃぞー、『輸送手段』」
「ルックの機嫌の悪さなんて、物の数じゃないね」
「……お前ぐらいだよ、んなこと言えるのは…………」
セツナを抱いたまま、軽々と立ち上がって歩き出し……が、あっ、とカナタは首を傾げた。
けれどビクトールが笑いながら、『次の予定』を告げたから。
何時も通りの軽口を叩いてカナタは、森の外へと一歩踏み出す。
ビクトールを先触れにして、森を出てみれば、傭兵が言った通りそこには、ルックの姿があって、やあ、とカナタは笑みを振り捲いた。
「………………お馬鹿の具合、悪いんだって?」
彼等がやって来るのを、苛々と待っていたらしい魔法兵団頭領は、ムスッとした声と眼差しで、三人を出迎える。
「まあね、一寸ね」
「……君が、魂喰らいを解放したの、判ったからね。あんなに近くで、魂喰らいの波動が生まれるってことは……って。大体の処は、想像付いてたけど。──具合が悪いんなら、戦場になんか出て来るんじゃないよ、このお馬鹿っっ。お陰様で、僕は過剰労働っっ!」
しれっと、そう言ったカナタに一瞥をくれ、ルックはツカツカ、少年達の前へと進み、カナタに抱かれたまま大人しくしているセツナの頭を、ぽかりと叩いた。
「痛いってばっっ!」
「自業自得っっ。少しは自分の体のことも、考えなっっ!」
与えられた所業に、ぶうぶうとセツナは文句を放ったが、ルックはフンっとそっぽを向いて。
「素直じゃない…………」
「何か、言ったっっ?」
「ううん、何にもー」
「病人なんて、邪魔なんだよ。とっとと戻って、養生でもしてれば?」
吐き捨てざま彼は、フイ……っとロッドを振った。
「ありがと、ルック」
「じゃあ、向こうでね」
乱暴に呼び出された瞬きの魔法の光の向こうに、カナタとセツナの姿は消える。
「…………世話の掛かるガキ……」
送ってやった二人の姿が、完全に消えるのを待って。
苦々しそうにルックは、又、悪態を付いた。
「お前さんだって、ガキだろ」
苦情を巻き散らすこと止めない彼へ、ビクトールが呟いた。
「僕の何処が、ガキだってっっ?」
だからルックは、キッと鋭く、傭兵を睨み付けたが。
「……ガキだろう? 充分。心配なら心配って、言ってやりゃあいいんだよ。それが一番、あの二人には効くぞ?」
睨まれた大人は、余裕の笑みを浮かべ。
「うるっっっさい熊だねっっ。自分だって、そんなこと言えないくせにっっ」
ガキ、と言われても仕方のない台詞を、ルックはビクトールにぶつけた。