火が消えてしまった直後は、流石に視界も朧げだったけれど。

暫しの間、瞳を凝らしていたら、暗闇に目が慣れて、傍らのセツナの輪郭が、はっきりと浮かび上がって来たから。

「……おいで、セツナ」

カナタは、浮き上がった輪郭へと腕を伸ばして、己が膝上へ、寂し気に呟いたセツナを抱き上げた。

「何ですか?」

大人しく、抱き寄せられはしたものの。

母親が、赤ん坊を寝かし付ける時のように抱え込まれたセツナは、きょとん、とカナタを見上げた。

「ん? …………あのね、セツナ。一寸、僕の胸にね、耳押し付けて?」

すれば、カナタは、闇の中でもはっきりと判る程に、綺麗に微笑んで、ぎゅむっとセツナの耳許を胸許に押し付け、ぎゅむっと、セツナを抱く腕に力を込めて。

「……聞こえる?」

トクトクと、変わらぬ拍子で鳴り続ける鼓動の音が聞こえるか、と問うた。

「……………聞こえます、けど……?」

「そう? なら、良かった」

「あの……。マクドールさん? マクドールさんの、心の臓の音が、何か……?」

けれど、カナタの意図が、その時のセツナには汲めず。

「……これはね。決して、変わらないモノだよ」

そんなセツナに、カナタは、秘めるように、そう言った。

「どんなに綺麗でも。何時か消える、灯火のように。季節も時間も、移り変わってしまう。日々も歳月も、何時かは、逝く。モノも消えて、人も消えて。何時か、何も彼もが、ふっ……とね、消えてしまうのかも知れない。唯、果てがないように、僕達には思えるだけで。刻も世界も、終わりなきが如くに、思えるだけで。……何時か、消えてしまうのかも知れないけれどもね、セツナ」

「……はい」

「永い刻を生きるだろう僕も、何時かは、姿を変えてしまうかも知れない。何時か僕も、セツナの知っている僕ではなくなってしまうかも知れない。でもね、例え、僕が僕でなくなってしまったとしても。セツナがセツナで、なくなってしまったとしても。この音だけは変わらない。……永い刻を、僕は生きるのだろうから。この音だけは、決して変わらなくて。セツナが望む限り、変わらないこの音は、セツナの傍らにあるよ。──何がどう変わってしまおうとも。それだけは、決して変わらないから。……大丈夫。変わらないモノも、確かにあるから。大丈夫」

────そうして、カナタは。

変わらない、『その音』の意味を、ゆっくり、ゆっくり、セツナへと聞かせ。

「……マクドールさんって」

「なぁに?」

「マクドールさんって。いっつも、そうですよね。いっつも、そう。僕が、ちょびっとでも悲しいこと考えちゃったりすると、直ぐ、そうやって。『僕の欲しいモノ』、くれますよね…………。──そんなに、僕のこと甘やかしちゃって。後になって、どうなっても知りませんよー?」

鼓動に、耳そばだてながら、言い聞かされたセツナは、ぼそぼそ、何処となく悔しそうに呟いた後で、ほんわり笑みながら、カナタを見上げた。

「僕はね、本当のことを、セツナに言っているだけ。唯、それだけだよ。だから、甘やかした覚えは……うーーん……、ほんの少しだけ、あるかな。君が、弟みたいに可愛い分、少しだけ、甘やかしたことはあるかも知れないけど。でも、それだけ。……僕は、本当のことしか、セツナには言わない」

「……ホントですかぁ? その割にマクドールさん、結構秘密主義ですよねー。色々沢山、はぐらかすの上手ですし」

「あ。……そーゆーことを言うんだ? セツナ」

「だって。それこそ、ホントのことですもーん」

「僕はセツナに、嘘なんて吐かないよ? それに。セツナだって、上手いだろう? 色々沢山、誤魔化すの。お互い様」

「それも、そですね。僕の誤魔化し、マクドールさんにはばれちゃいますけど。でも、おあいこですねっ」

……だから彼等は。

暗いその部屋の直中にて、抱き合ったまま。

暫しの間、誠に何時も通り、じゃれ合いのような会話を交わし。

だが、やがて。

遠くから聞こえて来た、一際高い、城内の喧噪に、ふと耳を貸した。

「…………あ。もしかして。新年、迎えちゃいましたか?」

「うん。そうらしい」

聞こえて来た喧噪は、たった今やって来た、新年を祝う仲間達が、はしゃいでいる声のようで。

あららら、とセツナは、一瞬だけ渋い顔をし。

が、直ぐさま、にこぱっと笑んでみせ。

「あちゃ。……ま、いいや。──えーと、マクドールさん。あけまして、おめでとうございます。今年も、宜しくお願いしますね」

「新年、明けましておめでとう、セツナ。……去年はね、とても良い年だったよ。君と巡り会えたから。今年も宜しくね」

カナタも又、笑みを返し。

「……寝ようか。日の出、見るんだろう?」

「ええっ。今年こそはっ! 毎年、何でか寝過ごしちゃうんですよぅぅ」

漸く、抱き合っていた姿勢を崩した彼等は、夜着を羽織ることもなく、唯、上着やズボンを脱ぎ捨て、それはそれは身軽な姿でベッドへと潜り込み。

カナタはセツナを、その腕に抱きつつ。

セツナはカナタの鼓動に、聞き耳を立てつつ。

後、数刻が経てば昇るだろう今年最初の日の出を、二人揃って眺める為に、暗闇の部屋の中で、尚濃い闇を求める為に、瞼を閉ざした。

End

後書きに代えて

昔、良くやりましたっけ、飲み終わったウオッカの瓶で、こうやって遊ぶの。

──この二人、これでデキてないって、或る意味、驚異な気がしてなりません(笑)。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。