レオナの酒場より、誰かが燭台の火を灯してくれておいたのだろう、盟主の自室に戻り。
「マクドールさん、未だ飲むんですか?」
今年と来年の狭間を迎えると決めたその部屋にまで、火酒の瓶を持ち込んだカナタを見遣って、セツナは首を傾げた。
「いいや。飲む訳じゃないよ。……一寸、待ってて」
だが、カナタは、にこにこと笑い、ベッドの上に、セツナを腰掛けさせたまま待たせ。
勝手知ったる部屋の片隅の、茶箪笥の中より、小さな皿を数枚取り出し。
ベッド脇の小机や、テーブルの上や、窓辺へ置いた皿の中へと火酒を移すと、衣装箪笥の中から探して来た、皮袋の口を縛る為の太い紐を適度な長さに切ってより放り込むと、紐の切り口へ、燭台の火を移し、ふっ……と、燭台のそれを吹き消した。
「…………あ、綺麗」
────そろそろ、日付けも、年すらも変わる、と云った頃合い。
カーテンも全て閉められた、暗い部屋の中に灯された光は、蝋燭が作る色合いとは違う、淡い青で。
腰掛けたベッドで、両足をぶらぶらさせていたセツナは、炎の色に、目を瞠った。
「ま、一寸した、お遊び。飲むだけが、お酒の楽しみ方って訳じゃないからね。こう云う楽しみ方なら、セツナにも出来るだろう?」
手持ち無沙汰そうだった、体の動きをぴたりと止め、揺らめく炎に魅入られ始めたセツナの傍らに座り、些細なお遊び、とカナタは言った。
「一寸、勿体無い気もしますけどね。酒場にいる皆の前でやったら、そんなことするんだったら飲ませろっ! って言われそう」
唯、ひたすらに。
見詰めていた、青い炎から眼差しを逸らして、隣へやって来たカナタを見上げ。
酒精を吸い上げ、ちりちりと音を立てる紐の先で揺らめく炎に合わせて、何処か滑稽な風に体を左右に動かしながら、セツナはあははと笑い出した。
「少しくらいなら、怒られないと思うよ、多分ね。飲むも燃やすも、『消えて行く』のは一緒だし。セツナは飲めないんだし、たまにのお遊びだ」
だからカナタも又、くすりと笑って。
そして、彼は。
「ひぇぇぇっ! つ、冷たいっ!」
セツナに気付かれぬようにベッドの上に転がしておいた、ほんの僅かだけ中身の残る火酒の瓶を、ぴたり、と傍らの彼の首筋に押し付けた。
「マクドールさんの、苛めっ子ーーーっ!」
押し付けられたガラス瓶の冷たさに、セツナは身を竦ませ、ぎゃあぎゃあと喚き出した。
「御免ってば。だから、喚かないの。──セツナ、一寸それ、暖めてて?」
亀の子のように首を縮め、じとっと睨め付けて来たセツナを、カナタは又笑い。
「暖めるんですか? ……うー、冷たい……」
「……何も、お腹の中に入れて暖めなくとも……」
頼まれた通り、素直に瓶を抱えて、服の中にてそれを暖め始めたセツナへ、あらら……と云った顔をしながら、彼は小さな紙縒りを作り始めた。
「何するんですか? マクドールさん」
「ん? もう一つの、些細なお楽しみ」
──短い紙縒りを作り終え。
セツナが、お腹の中で暖め終えた瓶を取り上げ、僅かに残った中身を振り。
ベッドの小机の皿から、紙縒りへと火を移すと。
「一瞬だからね?」
カナタは瓶の中に、火の点いた紙縒りを投げ入れた。
そうしてやれば、強くて青い炎が、瓶の淵を舐めるように燃え上がって。
最後に、ポンッ! ……と。
やけに可愛らしい音が、瓶の口より放たれ。
「あはははは。可愛いーーーーっ」
けらけらと、セツナは受け転げた。
「……たまにね、やったんだ。こう云う遊びをね。『昔』、に」
爆ぜ上がった、可愛らしい音と炎が。
いたくお気に召したのか、やけに受け転げるセツナを、カナタは目を細めて見遣った。
「昔、ですか……」
──その時。
『昔』に……と言ったカナタの声音に、何かを思ったのか。
セツナはぴたりと笑いを止めて、物言いたそうな眼差しを、改めてカナタへと向け。
「…………あ、消えちゃいますね、火」
何時しか、トロトロとした弱い煌めきになっていた炎達へと、ふい……っと面を振った。
「そうだね。そろそろ、頃合いだ」
故にカナタも又、消え掛けた炎を、ゆるりと眺め。
「消えちゃった……………」
「……ああ」
二人が、じっと見守る中。
酒精の灯す、青い炎は、静かに消えた。
一斉に。
「……………綺麗でしたけど。消えちゃうと、寂しいですねえ……」
────極、微かな、炎の匂いと。
やはり、微かな酒精の香りのみを残して、炎が費えてしまったから。
心底寂しそうに、セツナは言って。
「マクドールさんが点けてくれた、この火みたいに。今日だって、ホントは少し、寂しい日ですよね。新しい年が来るのは、何となく、うきうきしますけど。『今年』が行っちゃうのは、ほんの少しだけ、寂しいかなあ…………。──皆々……こうなっちゃうのかな……。何も彼もが何時か……こうなっちゃうのかな……。そうなら、寂しいですね……」
彼は、微かに肩を落とし。
某かの想いを重ねてしまったらしい灯火が消えた、暗い部屋の中で、ボウ……っと宙を見詰めながら、呟いた。