カナタとセツナ ルカとシュウの物語
『Madonna』
トラン解放軍の軍主を務めていた頃、己の周りに集って来た仲間達も、随分と個性豊かな面々だったけれど。
セツナの周りに集う者も、強烈なまでに個性が強いなあ……と。
かつての己が立場と己が周囲を、ふっ……とカナタ・マクドールは思い出しつつ、ティント市国の、クロムの村入り口にてセツナに声を掛けた、セツナの仲間であり、己の戦友である、傭兵のビクトールと似たような年齢と思しき、さも、「自分は真っ当な商売を営んではいません」と言わんばかりの格好をしている、一人の男を見遣った。
──数日前、四百年の時を生きる、カナタやセツナに言わせれば、害虫以外の何者でもない、吸血鬼のネクロードに、ティントの街を陥とされ。
戦いを仕切り直すべくやって来た、ここクロムの村より、デュナン地方を纏めようとしている同盟軍の盟主セツナや、数ヶ月前、鄙びた村の片隅にて邂逅を果たして以来、セツナを『溺愛』して止まない、トラン建国の英雄カナタ・マクドールや、カナタのかつての一〇八星であり、今はセツナの一〇八星である、ビクトールや風の魔法使いルックの四名は、クロムの村の北、目と鼻の先の距離にある、ティントの様子を偵察に行こうと、村の入り口を出た処だった。
ティントがネクロードの手に陥ちた際、一寸した騒ぎがあって、セツナは二日ばかり寝込む羽目になったので、もう少しくらい休めばいいのに、と、義弟の遠征に付いて来た、セツナの義姉のナナミは、先日の騒ぎを思い出しているような顔をしつつ、セツナを留めようとしたけれど。
時間が惜しいから、とセツナはそれを押し切って、村長の家にナナミを残し、カナタとビクトール、それに、市国にての騒動を知らされた同盟軍正軍師のシュウに派遣された仲間達の一人、ルックの三人に付き合って貰って、一歩、村の外へと出…………途端、黒ずくめの男に声を掛けられ。
「えっと…………。──あ、カーンさん? カーンさんですよね? 確か、カーン・マリーさん」
ふん? とセツナは、誰だっけ? と一瞬だけ首を傾げ、未だ、同盟軍の盟主となる前、風の洞窟で行き会った、男のことを思い出した。
「わー、お久し振りですー」
「覚えていて下さいましたか?」
ポン、と軽く手を叩いて、数ヶ月前に一度、共に戦ったことのある仲の自分の名を、正確に思い出したセツナに、カーン、と呼ばれた彼は、にこっと笑みながら、僅か、セツナの記憶が蘇ったことへの安堵の息を付いた。
…………この、カーン・マリーという男は。
代々ヴァンパイヤハンターを生業としているマリー家の者で、己と同じく吸血鬼退治屋だった祖父や父を殺したネクロードを、己が一族の仇として追い求めている。
……そう。やはり、己が育った村の者達を殺したネクロードを追い求めている、ビクトールと同じ立場の者だ。
だから、彼等はノースウィンドゥの古城──現在は、同盟軍本拠地となっている、あの湖畔の古城にて、共に手を組み、ネクロードと対峙したことがあり。
「カーンじゃねえか。どうしたよ? お前も、ネクロードを追って来たのか?」
村の入り口の物陰から、不意に姿を見せたカーンへ、ビクトールも話し掛けた。
「……セツナ? カーン・マリーって……。あの?」
だが、残る二人、カナタとルックは、初めて彼と出会うこととなったので、カナタは、ふん? と小首を傾げながら、内心では、ああ、この彼も見るからに、個性が強そう……とか何とか、不躾なことを思いつつ、「何ヶ月振りでしたっけー?」と、親し気にカーンと会話しているセツナの名を呼んだ。
「ええ。『あの』。デュナンのお城に『アレ』が出た時、星辰剣取り行った風の洞窟で知り合った、吸血鬼の退治屋さんですよー」
「成程」
セツナを呼びながら、このティント市国に来る道中、話に上った噂の彼? とカナタが問えば、はいっ! と元気よくセツナは頷いてみせた。
「セツナさ……──じゃなかった。今はもう、同盟軍の盟主殿でしたね。盟主殿? そちらは?」
「僕? 僕はカナタ・マクドール」
「……カナタ・マクドール? ……あの、トランの?」
「………………一寸。何時まで、こんな所で世間話続ける気? 立ち話で一日潰す気だって言うなら、僕は帰るよ?」
そして、見覚えのない顔に、さて……? と言う顔になったカーンと、己が名を名乗ったカナタの会話が始まり掛け、が、それを、何時の間にか苛々した風な顔付きになっていたルックが遮り。
取り敢えず、話は歩きながらしよう、と、五人になった一行は、その場より離れた。
クロムの村の入り口を離れて、枯れた草原の直中に敷かれた、街道をゆるりと歩きながら。
カーンが話し出したことは、半ばまで、ビクトールの想像通りだった。
彼は、ネクロードの後を追い、このティントまでやって来ていて、ティントが陥とされたこと、同盟軍盟主達一行の噂、それを聞き付け、クロムの村までやって来たのだそうだ。
そこへ行けば、セツナやビクトールと、再会出来るかも知れない、と踏んで。
…………何故なら。
湖畔の古城にて、彼等がネクロードを仕留め損ねて以来、数ヶ月の間、カーンとて、只、ネクロードの後を追っていた訳ではなく、『現し身の秘法』を使い己が体から魂を切り離す術を取得しているあの吸血鬼の、『本当の魂』を封じる為の術
故に、その『術』と、現し身の秘法を封じる為に、己が一族が編み出した結界と、セツナやビクトール達の力を合わせて、ネクロードを葬ろうと彼は考え。
「……俺達に、声を掛けた……って訳か」
──枯れた草ばかりが目の中に飛び込む、街道の傍らを歩きながら、カーンの話を聞き終えて、納得出来た、とビクトールが呟いた。
「アレの魂を封じる術、か……」
ネクロードの、『本当の魂』、の話をされて。
何かを思い出したように、クスリ……とカナタは、微かな笑いを零した。
「マクドールさん?」
「ん? 何でもないよ」
何故、その拍子でカナタが笑いを洩らしたのか、理解出来なかったセツナが、何ですか? と、クイクイ、カナタの服の袖を引いたが、さらっと彼はそれを流し。
「どんな人なんだろうね、って思っただけ」
「ああ、今カーンさんが言ってた、ネクロードの魂を封じる方法を知ってる人が、ですか?」
「そうそう。気難しい人だって話だったろう? どれくらい、偏屈な人なんだろう、って思ってね。…………そういう人って、からかうと楽しいんだよねえ」
「……そーゆートコ、マクドールさん悪趣味ですよね……」
「セツナだって、人のことは言えないと思うけど?」
「そりゃ、まあ…………。……確かに、楽しいです、はい……」
「ね? だから、一寸笑ってしまっただけなんだよ」
笑ってしまったのは、そういう理由……と、カナタは。
真実よりは程遠い、『理由』をセツナに語って聞かせた。
「………………お二人共。ほんっとーーーーー……に、気難しい方ですから……」
カナタがその時語ったそれは、何処までも、真実ではなかったけれど。
セツナはそれに、素直な納得を示し。
彼等のやり取りを小耳に挟んだカーンは、少しばかり青褪めつつ、お願いですからそういうことは止めて下さい、と、真顔で二人を振り返った。