目指す、『偏屈なお相手』は、ティント地方とトゥーリバー地方を隔てる灯竜山の、ティント側の麓にある、虎口の村にいる筈だ、とのカーンの話に従い。

彼等は、たまたま街道を通り掛った、近在の農夫の荷馬車に便乗させて貰って、件の村へ向かった。

荒野の片隅に生きる者全てを支えるようにある、小さな井戸を取り巻く風に作られているその村は、立派とは言えぬ宿屋と、街道を行き交い交易をする、商人達の立ち寄りを見込んだ鑑定屋、それくらいしかめぼしい店のない、本当に、小さな村で。

ティントに向かう為の道中、素通りしてしまった村の通りを辿り、在の者ではない者がいるとしたら、宿屋しかないだろう、と、彼等は真っ直ぐ、宿屋の前に出た。

……と。

通りの角を曲がり、宿屋の前に出た途端、彼等の耳には、男達の怒鳴り声が届き。

何事かと目をやれば、体躯の良い男達が、病弱、と言うよりは、不健康極まりない、と言った方が宜しい顔色の、線の細い少女を取り囲んでいる様が見え。

「…………あ」

少女を見遣った途端、ヒクっと頬の片方を動かし、何やらを言い掛けたカーンの声を掻き消しながら。

「おいおい、お前等……」

女相手に、男が揃って何をやっていやがると、ビクトールが騒ぎを止めに入った。

だが、仲裁に入った傭兵の胸を、男達は強く付いて、このアマは様子がおかしいだの、青白い顔は変過ぎるだの、きっとこの女は、ティントを陥とした吸血鬼達の仲間なんだだの、喚き続け。

「………………アマ? 顔色がおかし過ぎる少女?」

それまで、黙って男達の喚きに耳を貸していた『少女』は、ピクピクと、数回眉を吊り上げて。

「ひよっこ共が何を生意気な。無礼な口を利く前に、妾の眠りを妨げた償いを致せっっ」

徐に彼女は、高く右手を掲げ、問答無用で詠唱を唱え、男達と、そしてビクトールの頭上に、雷の魔法を降らせた。

「…………………………カーンさん。……この人?」

「……ええ、まあ……」

「確かに、気難しそうな御仁だ」

──その成り行きを。

ビクトールに救いの手を伸ばすこともせず、只黙って見遣っていたセツナは、なーるーほーどー……と、カーンを見上げ。

カーンが頷いたのを見届けてカナタは、ああいう『潔さ』、結構好きだよ、と、野次馬が良くする目付きになって、ふんっ……と長い銀髪を掻き上げた『少女』と、とばっちりを喰らったビクトールを見比べた。

少女──否、『彼女』の名は。

シエラ・ミケーネ、と言った。

尤も、彼女当人が自らそう名乗った訳ではなく、彼女のことを、シエラ様、と呼んだカーンが、こっそり彼等に教えたから判明しただけの話であって、シエラを呼び、己が名と、マリー家の血を引くヴァンパイヤハンターであることを伝えてから、カーンは彼女と、ネクロードの話を始めてしまったので、彼女──シエラのことを、カナタもセツナも暫くの間、シエラの持つ、紅玉石のような深紅の瞳を、訝し気に見詰めていたのだが、ネクロードを倒す為の協力を仰いだカーンを、シエラが一言で突っぱねた際、ビクトールの腰の星辰剣が徐に、

『良く言うな、吸血鬼』

……と、彼女の正体を暴いたので。

納得、と、カナタとセツナの二人は、漸くシエラの紅玉の瞳から視線を外し、星辰剣の話に耳を傾けた。

すれば星辰剣は、臍を曲げさせてしまうと厄介な二人に、シエラが、齢(よわい)八百数十歳にも達する、吸血鬼の始祖であることと、今はネクロードが宿している、二十七の真の紋章の一つ、『月』は、元々、シエラが宿していた紋章であることを教えた。

「……人に使われる剣に身を窶している分際で、べらべらと……」

故に、正体を語られたシエラは、ムッとしながら星辰剣を眺め。

『疾っくの昔に隠居していておかしくない『年寄り』のくせに、人里まで降りて来て、ふらふらしているような御主に言われたくはない』

「それは妾の科白じゃっ! 何処ぞの馬の骨とも判らぬ、熊のような小僧の腰にブラブラ下がっておる御主に、年寄りなどと揶揄される謂れなどないわっ!」

『……儂と此奴は、単なる腐れ縁。下僕の腰に乗っているだけのことだ。それの、何が悪い? ……それに。年寄りは年寄りではないか。儂とそちらと、さて、果たしてどちらが『長生き』かな? シエラ殿?』

「…………御主…………っ」

それより暫く。

星辰剣とシエラの罵り合いは続いたが。

「………………あーのー……」

何時までも、同じ『年寄り』同士の言い争いを聞いていても話が進まないからと、そこへ、セツナが割って入った。

「何じゃっ、こわっぱっ」

「あ、僕、こわっぱじゃなくって、セツナって言います。初めまして、えーと……シエラ『さん』……でいいんですか? 僕、同盟軍の盟主やってるんです。お話は、カーンさんから伺いました。……それでですね。あの、そういう訳なんで、力を貸して貰えたら嬉しいなー、って……」

「…………鬱陶しいのう……」

星辰剣とのやり取りの果て、又、掌中に魔法を光を生み出し掛けていた処をセツナに話し掛けられ、シエラはキッと眦を吊り上げたが、余りにも、のほほん……とした調子でセツナが笑うので、彼女は毒気を抜かれてしまい。

『子供』には叶わぬ……と、溜息を零した後。

「御主達が、どうしても妾にしつこく食い下がるつもりだと言うなら、一つ、試してくれよう。御主等が、妾の足手纏いにならぬと…………────

助成を求め切るまで立ち去らなさそうな風情のセツナ達一行を、体よく追い払う為に、実力の程を見せてみろ、と言い掛け。

「…………御主等。揃いも揃って、随分と、珍しいモノを持ち合わせておるな」

彼女は、セツナと、カナタと、ルックの顔を、まじまじと見渡した。

「珍しいモノ?」

「……多分、『これ』のことだよ、セツナ」

「ああ……。『これ』、ですか」

「それ以外にないだろう? 僕と、セツナとカナタの共通点なんて」

シエラの紅玉色の瞳に注視された三人は、直ぐに、彼女曰くの『珍しいモノ』に思い当たって、それぞれ自らの右手を、軽く持ち上げた。

「………………輝く盾に、魂喰らいに、真なる風……かえ? ほう…………」

三者三様の『布』で覆われている、僅か掲げられた彼等の右手を興味深く見詰め、感じ取った気配のみで、彼等の宿す紋章を言い当て、ほんの一瞬、考え込むような素振りを、シエラは見せる。

「巡り合わせとは、良く出来ている理じゃな。────……セツナとやら。妾の力、其方に貸し与えてもいいぞえ?」

そうして、彼女は。

それまでの頑さを翻して、セツナへと向き直り、協力してやってもいい……と、そう告げた。