死人だけが彷徨う、死者のみの国と化していた、ティントを取り戻して。
これで、湖畔の古城に帰れる、と相成ったその日の朝。
出立の支度を整え終えたセツナはいそいそと、やはり、出立の支度を終えたカナタと二人、仲間達の待つ、ギルドホールの玄関へと向かった。
「さっき御飯食べてた時に、グスタフさん達が言ってたんですよね。ジェスさんとハウザーさんが、戻って来た、って」
「ああ、あの二人、無事だったんだ」
「はい。大した怪我もなくって、至って元気みたいですよ。良かったですよねー。退治した害虫の話ビクトールさんに聞かされて、一寸しょげてるらしいですけど。…………マクドールさん、僕、ジェスさんとハウザーさんのこと、同盟軍に誘おうと思ってるんです」
「……良いんじゃない? ジェスもハウザーも、優秀ではあるみたいだし。彼等のこと慕ってる、ミューズ出身の兵達は多いだろうしね」
「ですよねーーー。…………でもぉ」
「でも?」
「ハウザーさんにはそんなことしないですけど。……ジェスさん。ちょびっとくらいなら、苛め返してもいいですよね……?」
「あは。セツナも彼には、思うことあるんだ。……それ、僕も混ぜてよ。楽しそうだから」
「じゃあ、ジェスさん達が仲間になってくれて、一緒にお城戻ってくれることになったら、リッチモンドさんにお願いして、ジェスさんの弱点調べて貰いますねー。楽しみーーー。これから先も未だ長そうですから、恨みっこ無しがいいですもん」
館の廊下を伝いながら。
広い玄関ホールを目指しつつ、至極悪趣味な話を、けらけら笑いながら二人は語り。
玄関口に立っていた、ビクトールやナナミの傍へ、彼等は近付いて行った。
「お待たせーーー」
「何だ? 随分楽しそうだな」
声を立てて笑いながらやって来た二人に、朝から元気だな、とビクトールも微笑み。
「うん。……あれ? ビクトールさん、ルックは?」
くしゃり、自分の髪を撫でたビクトールとふざけ合いながらセツナは辺りを見回し、あれ? 面子が足りない、と、首を傾げた。
「これ以上付き合うのは嫌だから、先に帰るって、行っちまったぞ」
「えーーーーー。……ルックの薄情者……」
「まあ、良いじゃねえか。何処かに消えちまった訳じゃねえんだし。……ああ、そうだ、セツナ。カーンの奴がな、本拠地連れてってくれだと。ネクロードの奴を倒せたのは良いが、当面、することが見つかりそうもないし、お前には借りが出来たから、一緒に戦わせてくれってさ」
「え、ホント? カーンさんも、来てくれるの?」
自分達を置いて、ルックは先に行ってしまったとビクトールに聞かされ、セツナはぷぅっと頬を膨らませたが、続き聞かされたカーンの話に彼は、ぱああっと顔を輝かせて。
「良かったね、セツナ」
「はいっ!」
にっこり笑いながら、ビクトールに乱された髪を撫で付けてくれたカナタに元気よく答え。
「…………セツナ」
と、彼が喜びを露にしていたら、その後ろで不意に、声が湧いた。
「あ、シエラ様」
声のした方を振り返ればそこには、カーンを従えたシエラがおり。
「おはようございますー」
「妾も、御主の城に行こうと思う。……良いか?」
「はい、勿論ですっっ。駄目だなんて、絶対言いませんっ。わー、嬉しいですぅぅぅ!」
彼女が言い出したことへ、セツナは即答を返した。
「…………あ、来るんだ」
一方、シエラの意思を知ったカナタは、喜ぶセツナとは真逆の顔を微かに覗かせ、チロリ、冷ややかな目を向けて来たシエラへ、肩を竦めてみせた。
「不満か?」
「まさか。──でも、何故? 酔狂?」
「いいや。少々セツナに、興味を覚えたのでの。それと、御主に対する嫌がらせじゃ」
だから、カナタとシエラの間には、若干尖った空気が流れ、彼等は小声でやり合い始めたけれど。
「カーンさんもシエラ様も、一緒に来てくれることになりましたしっっ。ジェスさんとハウザーさんに声掛けたら、お城帰りましょうっ。急がないと遅くなっちゃいますからー」
二人が、僅か剣呑としていることなど、全く気付いていないと言う風に、セツナの大きな声が、それを遮った。
「……遅くなる? 瞬きの手鏡で帰るんだろう? 一瞬で済むじゃねえか」
「ううん、違うよ。寄り道するんだもん」
「…………何処に?」
「この間潜った鍾乳洞。あそこにいた、魔法使いのメイザースさん誘ってからじゃないと、お城帰らない」
「本気か……?」
「うんっ。クロウリーさんの名前出せば、メイザースさん口説けるって、マクドールさんに教えて貰ったから」
そして、何をそんなに急ぐ必要がある? と尋ねて来たビクトールに、勝手に決めた予定を告げて、げんなりした傭兵を急かし。
「じゃあ、しゅっぱーつっ!」
セツナは元気良く、眼前の扉を開け放ち、坂道を降りて行った。
元気を取り戻したのか、それとも空元気なのか、それは判らないけれど、前回自分が赴くことなかった鍾乳洞へ、探検に行ける、とはしゃぐナナミと。
とっとと帰りたかったのに、と疲れを露にしたビクトールと。
そんな傭兵を慰める役に廻ったカーンと。
物言いた気に、シエラを見遣るカナタ、ツン、とカナタにそっぽを向いてみせたシエラ、そんな一行を連れて。
「マクドールさーん、シエラ様ーーーっ」
これから先、永らくの縁を持つことになるとも知らずに。
密かにやり合っていた所為で、先頭を行く彼よりも、僅かばかり歩みが遅れたカナタとシエラを呼んで。
「ああ、今行くよ。待ってて」
進める足を速めたカナタを、セツナは振り返り。
にっこり笑いながら、仲間達と共に、坂道の向こう側へ、消えた。
End
後書きに代えて
結局、ほぼ丸々書いてしまったような気がしなくもないです、ティントの逸話。
──今回は、『紫の月』の続き。レンタル中のお方返却&シエラ様ご登場&カナタとシエラ様の水面下のやり合いスタート、な話でした。
カナタとシエラ様は、結構折り合い悪いです。
この二人の戦いは、ハブ対マングース。うん(笑)。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。