それは。

ビクトールが、シエラが、カーンが、それぞれ抱えるネクロードへの思い、その大きさに比べたら、そぐわない、と言えるかも知れぬ程に、呆気ない戦いだった。

彼等とネクロードとの戦いは、それくらい、呆気なく片が付いてしまった。

ティントが陥落した日、自らビクトールに告げた、『仇討ちは、仇討ちを成すべき者全てが揃って』との言葉に従うように、カナタも、カナタの意図をきちんと汲んだのだろうセツナも、どちらかと言えば控え目な戦い振りを見せたけれど、それでも。

カーンの張った結界の中央で、ネクロードが膝付くまで、それ程の時を、彼等は要さなかった。

「おの、れ……っ」

崩れ掛けそうな体を何とか抱え、ネクロードは逃走を計ったが。

「我が祖父が作り、我が父が伝えた技です。破れるものですか」

無駄な足掻きを、とカーンは斬って捨て。

「シ……シエラ、様…………っ」

慈悲と救いを求めるように、吸血鬼は『母』を見た。

すれば、縋られたシエラは無言の内に、手を差し出し。

「……はい…………」

己が手にあった月の紋章を、ネクロードはシエラへと還した。

だから。

これで少なくとも命だけは助かる、と彼は思い込んだけれど。

「ビクトール。妾の用は済んだ。後は、御主等の好きにするが良い」

すっ……とシエラは、ネクロードへ背を向けた。

「どれだけの人の命を、踏み躙って来たと思っていやがる。遅過ぎるんだよ、てめえの命乞いなんざ」

そして、彼女と入れ替わるようにビクトールは、ネクロードへ近付き。

今度こそ、と。

三年数ヶ月前、果たしたと信じていた敵討ちを、今度こそ、本当に果たすのだ、と。

剣身の鳴る音を立てさせながら、星辰剣を掲げ。

『滅びよ、吸血鬼』

物言う剣の、宣言が終わるのを待って、追い続けて来た『彼』へと、切っ先を振り下ろした。

「下衆野郎…………っ」

………………音を立てて。

剣の刃が引かれるや。

ネクロードの体は、塵と化し始め。

崩れ去る間も与えられず消えて行く、吸血鬼だった筈の塵を眺めながらカナタは、ふっ……と。

僅か、漆黒の瞳を細めながら、笑みの形に口角を持ち上げ、そこに、艶を乗せた。

「これで……終わりましたね……」

「……そうだな。────さあ、戻ろう。今度こそ本当に、奴は滅びたんだ」

薄らと、カナタが笑ってみせたことに、気付く者はいなかったのか。

やっと、自分達の『旅』も終わるんだ、とカーンやビクトールは言い出し。

喜びを噛み締め始めた仲間達が、己に気を払っていないことを確かめてカナタは、本当に軽く、何かの弾みで動いてしまった、と言った感じを持たせ、右手を振った。

と、仲間達の目が届かぬそこで、微かに彼の右手は瞬き。

「…………雛の割には、器用じゃの」

祭壇の間の出口を目指し始めたビクトール達を追うように歩き出して、カナタの脇をすり抜け様シエラは、ボソっと呟いた。

「雛?」

その呟きを耳朶で拾って彼は、眉を顰め。

「卵から孵ったばかりの、赤子の鳥のことじゃ。御主も、知っておるじゃろう?」

「……だから。誰が?」

「御主が」

「…………何故?」

「……さあ? 何故じゃろうの。────良かったな、顔色が、元に戻って」

鼻先でカナタのことを笑いながら、シエラは振り返り。

「老眼?」

与えられたものはきっちり返さないと、と、カナタは不遜な態度を取り。

「誰がじゃっ! 御主、妾にそのような口を利くと──

「マクドールさーーんっ。シエラ様ーーっ! 帰りましょうよーーっっ。僕、お腹空きましたーーーーっ!」

彼に吹っ掛けられた喧嘩を買い掛けたシエラを遮るように、向き合い、通路の直中で立ち止まった彼等を急かすセツナの声が上がった。

「……ああ、そうだね。クロムに戻って御飯にしようか」

両開きの扉の前に立って、遅いですー、とセツナが叫ぶから、カナタは視界よりシエラを追い出して、セツナの許へ歩き出し。

「御免ね。お待たせ」

「いいえ。……シエラ様と、何話してたんですか?」

「ん? 歳を取ると、目が悪くなるよね、って話」

「目が悪くなる? 誰のですか?」

「それは勿論、シエラ長老の」

「………………? 紋章の所為で歳を取らなくなっても、吸血鬼の人でも、老眼になるんですか?」

「さあ? 本当の処は、どうなんだろうね」

いけしゃあしゃあと、追い付いたセツナにいい加減な話を吹き込みながら、彼は、セツナの頭を右手で撫で始めた。

「…………大した性根じゃの……」

──肩越しに、チラリ、シエラを振り返りながら。

見せつけるようにそんなことをしてみせるカナタに、当のシエラは、呆れたような独り言を呟き。

次いで、カナタにされるがままになっているセツナを眺め。

ふっと。

カナタが、『一応』、或る意味ではとても『純粋』に、セツナ『だけ』は可愛がっているらしいと気付いたが為、セツナを使って、目上を目上とも思わぬ彼への意趣返しをしてやろうと思った彼女は、意地の悪い笑みを浮かべ、トントン、と、カナタだけを見ているセツナの肩を、指先で叩いた。

「? 何ですか? シエラ様」

「のう、セツナ。其方、判っておるか? 其方の目の前にいるソレが、何故──

──目の前のソレ? あ、マクドールさんのことですか? マクドールさんがどうかしました? あ、シエラ様もしかして、未だ夕べのこと気にしてるんですか? ほら、マクドールさんの顔色がどうのこうのーって言ってたあれ。優しいんですね、シエラ様って。でもマクドールさん、何時も通り元気そうですよ? あ、でも、今日も色々して疲れちゃいましたもんね。僕もちょびっと疲れましたもん。シエラ様も疲れましたよね? なら、早くクロムに帰って休んだ方が良いですよね。うん、ビクトールさん達も待ってるでしょうから、急ぎましょうっっ」

突く仕草で呼ばれ、ふいっと振り返ったセツナにシエラは、『それ』を知られたらさぞかし困るだろう、と、ネクロードが滅びた瞬間、カナタが彼から何を取り戻したのか、それを教えてしまおうとしたが。

捲し立てるようにセツナはポンポン言葉を放って、シエラが何を告げようとしたのか確かめもせず、ほらほら、行きますよー、と、礼拝堂のある高台の小道を降りて行ったビクトール達を追い掛けるように、先頭切って歩き出した。

「………………あれは、只の子供か? それとも、子供の振りをしている『子供』か?」

故にシエラは、呆気に取られたように、タカタカ進んで行くセツナの背中を見詰め。

「両方」

問うでもなく呟いたシエラに、くすり、とカナタは忍び笑いを向けた。

「少なくとも僕の前では、僕が望まないことを、あの子は決して、知ろうとしないよ。残念だったね」

そうして彼は、歩みを緩めたシエラを置き去りにするように、その歩調を早め、先んじたセツナへ追い付き並び。

「お夕飯、何にしようか?」

他愛無い会話を再会しながら、高台の小道を辿り始めた。