カナタとセツナ ルカとシュウの物語

を閉じて、耳を塞ぎ』

暦の上では、もう疾っくに秋なのに。

所謂、残暑と云う奴が、盛大にぶり返し。

その夜は大層、寝苦しかった。

デュナン湖の畔に建つ、ハイランド皇国と交戦中である同盟軍の居城は、そう言う場合には災いとなる、湖畔、と云う立地条件に、只でさえ寝苦しい夜を、一層寝苦しくされており。

とてもとても、蒸し暑く。

真夜中、むくりと自室のベッドにて起き上がった、同盟軍盟主の少年セツナは。

「……どーしてこんなに蒸し暑いのに、マクドールさん、平気な顔して眠れるんだろー…………」

己の傍らで、寝汗一つ掻かずに眠る、隣国トランの英雄の、整った面を見詰めた。

「うう…………」

もう、疾っくの昔に習慣となってしまったかのように。

この城にて共に過ごす限り、自分達二人が揃って横たわっても尚広いと感じる天蓋付きの寝台で、当たり前である風に、一緒に眠ったカナタ・マクドールを眺め。

マクドールさんて、こーゆートコ『も』、人外……と、失礼な八つ当たりをかましつつ呻き。

「駄目だー。我慢出来ないー……」

のそのそ、セツナはカナタの体を乗り越え──無論、何処までが有効なのかは兎も角、起こさぬように気だけは使って──、べしょっと、石造りの床の上に這い降り。

「……何処だったら涼しいかな……。幾ら何でも外で寝たら、叱られちゃうだろうし……。外も、湖から来る風で、生温い気がするしぃ……」

べふっっと、抱き抱えると柔らかくて気持ちいい、枕だけを携え、ずるずるベタベタ、素足に寝間着、と云う姿のまま、彼は自室を出て行った。

外気温をものともせずに眠り続ける、カナタを一人置き去りにし。

セツナが向かった先は、本拠地一階の、広間だった。

頃合いは、真夜中、ではあるけれども、その体内で刻む刻が、子供に等しい所のあるセツナは、事情がない限り就寝時間は早いから、寝苦しさに負けて彼が起き出したその時間帯──日付けが変わる頃、は、未だ蠢いている仲間達もちらほらとおり。

「………………何やってるのさ、お馬鹿」

広場に姿を見せるなり、ぽん、と手にしていた枕を放り投げて、己が守る約束の石版の真ん前にて寝転がり出したセツナへ、蠢いている仲間達の一人である、風の魔法使いルックは、呆れの声を掛けた。

「んーー……。だってぇ、蒸し暑いんだもん……。眠れなくって……。でも、ここだったら涼しいかなあ……って。眠れるかなあ……って……」

唐突にやって来て、唐突に何をするんだと言いたげな、ルックの冷たい声音に、ぼそぼそ、眠た気な様子でセツナは、事情を語った。

「確かにここは日陰だし、周り中石だから、この城の中では涼しい方だけどね。……………邪魔。退いてくれない?」

が、ルックは、眠れないからー……とぼやくセツナへ、何処までも冷たい一瞥をくれ、足蹴にせんばかりの態度を見せた。

「ルックの、意地悪……。いいじゃない、一寸くらいー……」

「意地悪とか、そう云う問題じゃないよ。幾ら暑いからって、こんな所で眠ろうとする馬鹿は、君くらいなものっっ。僕だって、このまま朝まで石版の番してる訳じゃないんだからね。君がいたら、眠れないだろう? お馬鹿」

「……心配してくれてるんなら心配してくれてるって、素直に言えばいいのにー、ルックってばー……。──……ああ、ねえ、それよりも、ルック。ルックって、いっつも、遅い時間までここに立ってるけど……何で?」

けれど、ルックにそんな態度を取られてもセツナは。

コロン、と、やはり枕を抱えたまま、例えルックが足蹴にしようとしても届かないだろう場所まで転がり、『避難』を終えると。

彼の苦情など、これっぽっちも汲んではいないと思える風に、会話を流した。

「…………あのね、セツナ……。いい加減にしないと、僕も本気で怒るよ? ──こんな時間でも僕がここにいるのは、石版の守人って云う役目の所為。一日を終えて、この石版に浮き上がった宿星全てが眠るまで、ここにいるのが僕の役目だから。……ほら、もういいだろう? 君の質問に答えてやったんだからっ。とっとと戻りなよ、自分の部屋に」

本当に、堪忍袋の尾を切らす、と云うなら。

一々、半ば寝惚けてるセツナの問い掛けになど、答えなければいいものを。

ルックは律儀にセツナの疑問を解消してから、シッシッ、と、野良犬を追い払うように、手を振った。

「……宿星全部が眠るまで? ……でも、中には朝が来るまで、お酒とか飲みながら起きてる人だっているでしょ? ビクトールさんとかフリックさんとか。お酒飲んでる訳じゃないけど、シュウさんとかだって、何時寝てるか怪しい人なのに。そーゆー人皆、眠るまで起きてるの? ルックって」

が、ルックの中では、それで終わりの筈だったやり取りに、更なる興味をセツナは示し。

冷たい石畳の上に、ほぼ大の字で寝転がりながら、ねえねえ、どうして? と、覚醒してしまったらしいことを示すしっかりとした瞳で、ルックを見上げた。

「宿星である『人間』が、本当に眠るまでのことを言ってるんじゃないんだよ、僕は。あくまでも『星』とか、抽象的な意味での『営み』とか。そういう意味での『一日』が終わるまで、ってこと。……ま、こんなこと話してみたって、お馬鹿には理解出来ないだろうけどね」

故に。

ああ、駄目だこれは……と、諦め顔になってルックは、語ってみたって、どうせ判りっこないだろうけど、と、フン……と鼻でセツナを笑いながら、もう少し深い『事情』を語った。

「………………ふうん……。一寸、僕には良く判らないけど……大変だね、ルックも」

「……君に言われたくないね、そんな台詞」

「どーして?」

「どうしてだって、いいだろう?」

だから、どうも今だけは、テコでもこの場所を動かないセツナと、そんなセツナを追い返したくて堪らないらしいルックは、やり取りを続けてしまい。

「……何やってんの? セツナ」

そこへ、夜遊びに行く途中なのか、夜遊びから帰って来た途中なのか、その何れからしいシーナが通り掛かって。

真夜中の、石版前で会話を交わす人数は、三人へと増え。