「僕? 僕はねえ、暑くって眠れないから、避難して来たの」

ズボンのポケットに両手を突っ込んだ怠惰な歩き方で、倉庫街の方角よりやって来たシーナを、寝転がったままセツナは、ひょいっと見上げた。

「……お前、暑いからって、ここでひっくり返るのは……。──大体さあ、どうせ、今夜みたいにクソ暑くても、カナタの奴と一緒に寝てんだろう? それが、悪いんじゃないの? 幾らベッドが広いったって、ヤロー二人が引っ付いて寝てたら、見栄えからして暑苦しいじゃん」

見上げられたシーナは、セツナとカナタが二人揃って、寝台に横たわる姿でも想像したのか、心底嫌そうに、うぇぇ、と顔を顰めながらセツナを見下ろした。

「別に、マクドールさんと一緒に寝ることは、暑くなんかないよ。寝る寸前まで、お話ししてる方がいいし、一人だと寂しいし。マクドールさんの体って、結構冷たいし。……でもねー、今日みたいな夜でもねー、顔色一つ変えないで隣で寝てられると、余計、僕の感じる暑さが際立つって言うかー……」

しかしセツナは、それの何処が、そんなに嫌なことなの? と、きょとんと首を傾げ。

「俺がホントーー……に言いたいことを、セツナに分かれって方が無理な相談か……。あー、やだやだ、お子様は」

そうじゃねえよ、とシーナは、やれやれと云うように、肩を竦めた。

「お馬鹿なお子様に、分かれって云う方が無理だってのは、僕も同感」

そんなシーナに、珍しくルックがあっさりと同意し。

「二人が言う程、僕だってお子様じゃないもんっっ」

ムッ……とセツナは膨れ。

「じゅーーーー……ぶん、お子様だろう? 男同士で引っ付いて寝て、何が面白いってんだか。どうせ一緒に寝るんだったら、綺麗なお姉さんとか、可愛い女の子とかの方が、遥かにいいじゃん。蒸し暑さも吹き飛ぶね。……でも、セツナにはそれ、判らないんだろう? だから、お・こ・さ・ま」

ケラケラと、楽しそうに、シーナはセツナをからかって、笑った。

「………………どーーーせ、僕には判りませんよーーーだ。──あ、判った。シーナ又、今夜も逢引して来たんでしょ。自分がそーゆーことして来たから、そーやって、僕のことからかうんだっっ。……いいもん、アップルさんに言い付けてやる。シーナが不潔なことしてましたーーーって」

故に、セツナは益々膨れ。

「……あんなこと言ってますよ、ルックさん」

「言わせとけば? 何が逢引で、何が不潔なのか、良く判ってないくせに、言ってるだけなんだから、このお馬鹿は」

すすっ……とルックの傍にシーナは寄って、ルックと二人、ぼそぼそと言い合い始めた。

「ぼ、僕だって、逢引が何なのかくらい、判るもん…………。シーナが、あっちこっちで色んな女の子に声掛けて歩くのは、不潔だってアップルさんが言ってたもんっ」

すれば途端、セツナの声は、小さく頼り無くなって。

身の置き場をなくしてしまったように彼は、石畳の上で、小さく丸まった。

「生意気に、拗ねてるね」

「逢引の一つも、したことないだろうになあ……」

「したことなくったって判るもんっっ。男の人と女の人が会って、好きだの何だのって言い合うことだもんっ。『恋人達の事情』によっては、そこから先もあるって、前にマクドールさんが教えてくれたもんーーーーーーーっっっ」

思いきり、臍を曲げたらしいセツナを見下ろし、やれやれ……と、ルックとシーナが二人揃って、溜息を吐けば。

ぎゅっと枕を抱き締めて、ほんのり顔を赤くして、セツナは喚き出し。

「……カナタの奴が教えてくれた、『そこから先』って何だよ」

一応は、年頃の男の子のくせに、判って言ってんのかね? とシーナは、胡散臭気に問い質した。

「…………えっと……。き、キスしてみたりとかー。『躰の交わり』の『前哨戦』とかー……。そーゆーことする人もいるって、マクドールさん教えてくれたもん……。結婚してなくっても、そんなことは出来るって、教えて貰ったもん……」

シーナの問いに、顔の赤味を深めて、セツナは答えた。

「ならさ、セツナ。『躰の交わり』って、なーんだ?」

「ええっとね……。結婚して……なくても出来るってマクドールさん言ってたから、えっと……。男の人と、女の人が、赤ちゃん作る為にすること、でしょ? ……ああ、そう言えば、そーゆーのって、男女間でなくても出来るって、前にマクドールさん言ってたっけ。……誰だったかなー、ビクトールさんだったかなー。ビクトールさんは、世の中には、小さい男の子とか小さい女の子だけが好きな、『変態ジジイ』もいるって、教えてくれたよ。……やり方……って、良く知らないけど…………」

「………………駄目だ、こりゃ」

──最初の『質疑応答』を終えて。

次の『質疑応答』を構えてみたら。

うーうー呻きながら、首筋辺りまでを赤く染めて、ぼそぼそと、自信なさげにセツナが言うから。

絶望的な顔をして、シーナは天井を見上げた。

「セツナさぁ……確か、十五って言い張ってたよな、歳。十五でそれって、問題だと思うぜ、マジで。『変態ジジイ』が、とか何とか、ビクトールが教えてくれたって言う、下らない、余計な知識覚えてる場合じゃないって。──『その手の話』って、したことない? 興味とか、ないワケ? コウユウとかさあ、チャコとかさ、フッチとか。お前と似たような歳の連中と、男にとっちゃあ興味深いだろう話っての、しないのかよ」

「…………皆……は、ちょびっとは、そーゆー話もしてるみたいだけど……。でも……僕は、そのぅ……」

「テンプルトンやコーネルや、サスケだって。お前よりゃあマトモだぜ? 下手したら、トウタだって。──何か、さ。お前の話聴いてたら、俺は心底、同じ男として心配になって来たよ。年がら年中、カナタの奴とばーーーーっかり引っ付いてないで。少しは年相応のことに、興味って奴持てよ。……なあ、ルック。そう思わないか?」

「……まあね。このお馬鹿の言うこと聴いてると、流石に危機感は覚えるね。……でも…………」

嘆きの眼差しで、天井を見上げ。

そのまま、セツナを見詰め。

どーするよ? と言わんばかりに、シーナがルックへ視線を流せば。

ルックも又、同感だ、と溜息を吐き出し。

が、風の魔法使いは、何やら思案するように、言葉を濁した。

「でももへったくれもないっての。俺に言わせれば、セツナのこれは、一寸、異常。セツナだってさ、盟主ばっかりやって生きてく訳じゃないんだから。…………教えてやろうか? セツナ。色々と。……今回ばかりは、からかいも、嘘も抜きにしてやるから」

……けれど。

その時何故、ルックが言葉を濁したのかを汲まず。

真顔になってシーナは、セツナの傍らにしゃがみ込んだけれど。

「ヤだ、ヤだ、ヤだっっ。そんな話、知らなくっていいもんっっっ! 聴かないったら聴かないーーーーーっっ」

ぎゅっと目を閉じて、両手で耳を、バフンと塞ぎ。

小さく小さく、セツナは身を丸めた。