「セツナ? それ、なあに?」
「……………う、えっと……これは……そのー…………」
────同盟軍の盟主である少年が、生きるか死ぬかの境目を彷徨った夜が過ぎて、数日。
同盟軍の居城の一階広場、今は、シーナがルックをからかっている風景が見られる、約束の石版付近。
とてとて、城内を駆けていたセツナを、にっこお……と頬笑んだカナタが捕まえて。
その手の中にあるものは何だ? と迫っていた。
──あの日、飲まされた薬が効いたのだろう、極自然にセツナが目を覚ましたのは、夜明けから数時間後の、正午の頃合いだった。
実際に彼が、寝床より起き上がれるようになるまでには、時間が必要だったけれど、もう、こうしてセツナは、何時も通りに動き回っている。
復帰第一日目だった昨日は、ナナミに散々泣かれ、シュウには説教を喰らい、珍しく、ビクトールやフリックにまで、小言を云われ。
事情を知っている人々、心配してくれた人々、看病をしてくれた人々へ、お礼と詫びを告げて歩いた手前もあって、セツナも、大人しくはしていたが。
セツナ曰くの、反省の一日、が明けたその日からもう送り始めた、あっちへふらふら、こっちへふらふら、とする、忙しい日々の中、『不気味』に笑むカナタに捕まったので。
あれからずっと、この城に留まり続けている彼に、今セツナは、言い訳を告げようとしていた。
何故ならば。
今回の出来事の所為で、カナタのセツナに対する『溺愛』振りと云うか、過保護振りと云うかは、一層深まっていて、僕が良いと云うまで、買い食いなんかしちゃ駄目、と、セツナは言い渡されていたのだが、どう云う訳か彼の手の中には、大判のハンカチに包まれた、菓子が幾つかあったから。
「とーーーーー……ぶん、買い食いは駄目って、僕は云わなかった? シュウにも、知らない人から無闇に食べ物を受け取ってはいけませんって、小さな子供みたいに、言い聞かせられなかったっけ? セツナ。なのに、今、君が手に持っているのは、何?」
「えーと……これは、ですね。焼き菓子です」
にこにこっ、と頬笑み続けているカナタの顔色を、ちろり、上目遣いで窺い。
ふらぁ……と視線を逸らして、セツナは言い逃れの弁を模索し始める。
「見れは判るよ、そんなこと」
「……卵と、お砂糖と、蜂蜜と、薄力粉と、膨らし粉をですね、混ぜて生地を作って……──」
「──作り方を聞いてる訳じゃないんだけど。……それ、どうしたの? 自分で作った? それとも、誰かに貰った? そうでもなければ、何処かで、買った?」
「……んと……貰ったんです」
語っているセツナ自身、何てベタなんだろう……と思いつつも、何とか話を逸らすべく彼が行った言い訳は、カナタの笑みが更に深まることで、止まった。
「誰に?」
「今日の午前中、ここに立ち寄って、さっき旅立ってった行商人のおばあさんに……」
「………………セツナ……。君、懲りてないの……?」
「そう言う訳じゃないんですけど。おばあさんが、どうぞ、って云うし、折角だし……つい、受け取っちゃって。──あ、でも未だ食べてませんっ!」
「……当たり前……」
少しばかり『笑み』を深めてやったら、漸くセツナが白状した真相を聞き止め。
げんなりと、カナタは項垂れた。
「全くもう…………。──没収」
「あーーーっ…………。いい匂いなのに……」
「胃が頑丈そうなビクトール辺りが食べて平気だったら、食べてもいいよ」
がっくりと肩を落とし、が、面を持ち上げ直すや否や、かつての戦友に対する、誠に情けを感じられぬ台詞を吐いて、さっくりセツナの手の中から焼き菓子を奪い。
「シーナ。パス」
カナタは、ハンカチに包まれたそれを、ルックをからかっていたシーナに、ぽい、っと投げた。
「あ、おう」
恨みがまし気に、放物線を描いたハンカチの中の焼き菓子を目で追ったセツナの、ルックをからかうなんて、いい度胸って云うか、悪趣味って云うか、根性座ってるって云うかだよねえ……と云う八つ当たりには聞こえない振りをして、トン、とシーナはそれを受け取る。
「まあまあ。焼き菓子なんて、ハイ・ヨーに頼んで作って貰えばいいんだから。──それよりも、セツナ。出掛けよう?」
さも、僕の焼き菓子、と言いたげな目線を、じーーーっとシーナの手の中のそれへ送るセツナを宥め。
カナタは、出掛けよう、と云った。
「あ、そうですね」
すればセツナも、約束を思い出したのか、ああ、と頷いて、ビッキーのいる方へと向かうべく、歩き出す。
「……何処行くんだよ、お前等」
連れ立って、一寸そこまで、と云った軽い雰囲気で歩き出した、元と現天魁星コンビに、シーナが声を掛けた。
「ん? 一寸、『お礼』」
背中に掛かった声に、首だけを巡らせて、セツナが笑った。
「お礼…………?」
「そう。『美味しい肉饅』をお裾分けして貰った、『お礼』」
やはり、肩越しに振り返り。
カナタも又、綺麗な微笑みを湛えた。
「………………さいですか……。でも、お礼って、何処の誰に……?」
「内緒ーーーーっ」
「そんなに遠くじゃないよ。足取りは掴めたしね。じゃあ、後で」
にこにこにこっと、全開に笑いながら、物騒なことを告げる二人に、シーナがげんなりとしつつも、何処の誰が犯人で、居場所が掴めたのか? と問えば、楽しそうな声の、問題ない、との返答が来たから。
「おー、恐……」
ルックの嫌そうな表情をまるっきり無視し、シーナは石版に凭れ掛かりながら、ビッキーへと近付いて行く二人を見送った。
「…………なあ、ルック」
「……何」
「──さっきの話の続き。……あれ見ても、お前、何とも思わない?」
「別に」
「薄情だな、お前」
「僕が何か思ったって、仕方ないだろ? 好きにさせておくんだね、カナタのことなんて」
角を曲がって姿を消した、セツナとカナタを、未だ見遣っているような眼差しをしつつ。
ぽつりぽつりとシーナが云ったことへ、ルックはにべも無い台詞を放った。
「でもさあ……。三年前からのよしみってのもあるし。トランの戦いってのは、ああだったからさ。俺だって、少しは気になってるんだ、カナタのこと。──行き過ぎに思えたんだ、カナタが、セツナに向ける態度や思いってのが。……セツナのこと、溺愛し過ぎて、だから。ソウルイーターのこと、思い詰めて、カナタの奴、あんな風に……自分の命よりもセツナの命の方が……って。そう云ったんだと……俺は今でも、そう考えてるんだけど。でも…………──」
つれないルックの返答へ、シーナは軽く両手を広げてみせ。
先程よりルックに語っていたこと、今、抱えていること、それは、数日前のあの出来事に関することだ、と繰り返す。
「違う、って云ったんだろ? あいつ。そうじゃないって。だったら、そうなんだろ」
「…………じゃあ、何だって云うんだよ。何で、あんな、俺の目には、どうしたって行き過ぎにしか見えないこと、カナタの奴、平気な顔してやるんだよ」
「さあね。………………セツナのこと、『愛してる』んじゃないの? カナタ。どんな意味かは、知らないけど」
「あ……愛してるって、ルック…………。気色悪いこと云うなよ……」
「行き過ぎに思えるんだろ? カナタのセツナに対する態度。唯の兄弟ごっこやお友達ごっこじゃ説明が付かない程、行き過ぎてるって感じるなら、『愛してる』んだろうね、カナタは。セツナのこと」
すげない態度を見せてやっても、石版の許より去らず。
カナタに対する話を続けるシーナの横顔へ、ちらっと一瞥を送って、さらり、ルックは云って。
「だとしたら……理解出来ないよ、俺は、カナタが」
「……カナタのこと、理解する気でいたの? シーナ。──馬鹿だね」
カナタ・マクドールのことを理解しようなんて、そんな馬鹿なことは考えない方が良い、と、シーナの煩いを、切って捨てた。
どんなに手を伸ばしてみた処で、決して触れられる筈もない、水底の形にも似た、カナタの心の深淵なんて、理解出来る筈もない、と。
口の中で、呟きながら。
End
後書きに代えて
セツナの為に、カナタが『何処までやるか』。
一寸、それを表わしてみようって思って、書いてみたお話です。
成功しているか否かは、兎も角、ですが(汗)。
どうして、私の書く坊ちゃんって、こうなるんでしょう……(首捻り)。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。