カン……と云う音と共に、デュナン湖の畔の古城の、最上階のその部屋に、カナタとセツナとシーナ以外の人物の気配が生まれたのは、部屋の片隅に掲げられている時計が、午前四時半を廻った、未明の頃だった。

「……ルック?」

室内に漂った、真の紋章と、瞬きの魔法の気配を察し、カナタが振り返れば、そこには彼が呼んだ名の示す通り、ルックの姿があって、先程の、カン……と云う音は、唐突に現れた彼が、ロッドを床に付いた音なのだと、カナタとシーナは知った。

──スタリオンっ」

その直後、二人は、ルックがスタリオンを伴っていることも知り、身を乗り出せば。

「連れて来た」

「お待たせ。…………つ、疲れた……流石に、疲れた……。ラダトで、ルックが待っててくれて、助かった……」

ルックに背を押され、前に進みながらも、疲れ果てた顔色を隠さず、床にへたり込みそうになったスタリオンより、ポン、とリュウカン医師に預かって来たのだろう薬の瓶を、カナタは放り投げられた。

「それ、飲ませればもう大丈夫だって……」

「有り難う、お疲れ様、スタリオン。ルックも。──シーナ、ホウアン先生、呼んで来て」

「おう」

受け取った瓶の蓋を、もどかしそうにカナタは開け、シーナはホウアンを呼ぶ為、部屋を出て行く。

「もう、大丈夫だね? なら僕は、行くから」

「……悪い、俺も、一寸休ませて貰うわ……」

ちらり、カナタの行動を眺め、ルックはトン、とロッドを鳴らし、スタリオンは、シーナの後を追うように、踵を返したから。

「二人共、お疲れ様」

声を掛けることで、カナタはもう一度、二人に労いを掛け、二人の気配が消えた後、セツナを抱き起こした。

「セツナ。……セツナ。判る? 飲んで。──セツナ? これを、飲んで」

苦し気な息遣いも変わらず、薄目を開けて、体を震わせているセツナの口許に、傾けた瓶を、カナタは近付けたけれど、到底、セツナにそれを飲み干すことは叶わなくて。

一度、傍らに瓶をそっと置くと、セツナの目蓋に片手を翳して、カナタは、唱えるのを止めた筈だった、眠りの魔法の呪を口にした。

「……………マク……ド…………? ──

呟かれた詠唱が消える寸前、セツナの口から微かに、カナタの名が呼ばれたが。

魔法の光の消滅と共に、呟きも掻き消え。

すとん、と強制の眠りの中にセツナは落ちる。

そうして、セツナを眠らせてから、改めて瓶を取り上げたカナタは、中身を口に含むと、僅かだけ開かれたセツナの唇を、一度だけ指の腹でなぞった後、そっと、口移しで以て、薬を飲ませた。

幾度か、その行為を繰り返し、中身の大半をセツナに飲ませ終え、残った一口分を、自身で飲み下して。

「こう云うことは、お互いちゃんとしてる時に、初めてって云うのが、理想だからね」

冗談めいた、くすりと云う笑いと、冗談めいた囁きを、眠るセツナの耳元に、カナタは沸き起こさせた。

「マクドール殿?」

「……ああ…………」

──セツナの乱れた髪、乱れた寝巻き、それらを整え、きちんと布団を掛け直し終えた時、丁度、ホウアンがシーナと共に戻って来て、カナタは、空になった薬瓶を、二人に向けて、振ってみせる。

「話は、シーナさんに聞きました。……飲んで下さいましたか? 盟主殿は」

「何とかね。だからもう……大丈夫なんじゃないかな。後は宜しく、ホウアン先生。僕も少し、休むから…………」

飲み干された後の薬瓶を見遣り、ホッと息を付いたホウアンに、彼はセツナを任せることに決め、愛しい少年の枕辺から立ち上がった。

「そうなさって下さい。ああ、マクドール殿、貴方も、ちゃんと飲まれましたね?」

「勿論。心配しなくとも、大丈夫」

向けた背中に掛かった、医師の一言へ、ひらひら、片手を振って答え。

カナタは、椅子を一脚、部屋の片隅へと引き摺って行くと、それを壁際に設え、身を投げ出すように座り。

「お休み」

低く、就寝の挨拶を呟くと、その場で眠り始めた。

「マクドール殿……。休む、と云うのは、そう言うことではなく…………」

「………………無駄だ、って。云うだけ」

そんな状態で眠ることを──しかも、程度は軽いにしても、十数時間前に毒を呷ってしまった人間が、そうして眠ることを、休む、とは云わないから。

ホウアンは、呆れながらも目くじらを立てたが。

無駄無駄、と、医師を諭すように、シーナが肩を竦めた。