最奥へと進み、空を見上げ、町並みを眺め、庭園そのものを眺め。

……それだけのことを終えると、カナタは歩み出した。

去る為に。

否、トンズラする為に。

そろそろ、己の訪れを嗅ぎ付けたレパントが、せめて茶でも! と言いつつ押し掛けてきてもおかしくない頃合い、と見定め、バンダナを付け直し、棍を取り上げ、庭園を後にした彼は、足早に階段を降りて、廊下を行こうとしたが。

「カナタ殿!」

一足遅く、辿るそこの向こうからレパントが駆けて来た。

「やあ、レパント」

しくった、とは思ったものの、お首にも出さず、似非臭さ満載の爽やかな挨拶をして、カナタは、この機会、逃して堪るか! と抱き付かんばかりに突進してきた彼をひらりと躱し、走り出す。

「カナタ様」

しかし、これまでは、あの手この手で彼に逃げられた為、いい加減懲りたらしいレパントは、愛妻や、アレンとグレンシールを伴って挑んできており、三名は仲良く並んで立ちはだかって、逃走しようとした彼の行く手を阻んだ。

「……アイリーン。通して貰えないか? 流石に僕も、誰かを投げ飛ばしでもしない限り、そこを突破出来そうにない」

「まあ。そのようなこと仰らず。たまには宜しいじゃありませんか、午後のお茶を、ご一緒しては頂けませんか?」

「それは、一寸……」

「ご心配なく。国のことも政治のことも、勿論、大統領の椅子のことも、夫には一言も口にさせません。自ら訪ねて下さったのですもの、たまには、茶飲み話に付き合って下さいな」

「んー…………」

「……本当のことを言いますとね。デュナンのセツナさんに、貴方を取られてしまったようで、私も、夫も、皆、寂しいんですのよ」

「………………判った。今日は降参。付き合うよ」

アレンとグレンシールを両脇に従え佇む、良妻賢母の鏡のような大統領夫人は、穏やかに微笑みながらも、良く回るカナタの口を一瞬でも噤ませる落とし文句を口にし、だから、潔くカナタは、負けを認めた。

余計なことを言ったら離婚です、とアイリーンがレパントへも脅しを掛けてくれたので、煩わしい話は持ち出されることなく済んだ、けれど長過ぎた、大統領私室にての午後の茶より『釈放』されて、アイリーンは案外、あれでいて女狐なのかも知れない……、などと失礼なことを思いつつ帰宅してより、カナタは、帰りを待っていたクレオと二人、故郷の街での日常を過ごした。

そうして迎えた翌朝は、今日はセツナが迎えに来るからと、クレオに起こされるより先に目覚め、支度も万全に整え、非常に、とっても、物言いたげな視線を寄越す彼女へ微笑みだけを送り、待ち遠しい『その時』までを流し。

「こんにちは! マクドールさん、お迎えに来ました!」

「いらっしゃい。お迎え、有り難う、セツナ」

仲間であるグリフォンのフェザーだけを供にやって来た、元気一杯! なセツナを、カナタは、久し振りに孫に逢えた年寄りの如く、抱き締めんばかりに出迎えた。

「峠道は大丈夫だった? 城の方は、何も変わったことない?」

「はい。何時も通りですよー。何となーく、ビクトールさんやフリックさん達が羽伸ばしてるみたいな感じなのと、シュウさんが、ぶつくさぶつくさ言ってるの込みで」

結局、辛抱堪らなかったのか、んーー、と抱き締めてきた彼へ、セツナは、打てば響く受け答えと『告げ口』をする。

「シュウは、まあいいとして。あの二人……」

「鬼のいぬ間に、って言ってました。僕、ちゃんと聞いてました。──あ、マクドールさん、僕、ケーキ焼いてきたんです。クレオさんと三人で食べようかなって思って。甘くない奴ですよー」

えへら……、と笑いながら更なる告げ口もして、カナタが目付きを鋭くしたのを横目に、彼の抱擁から抜け出したセツナは、フェザーの背に括り付けておいたお手製菓子入りの箱を、カナタに次いで出迎えてくれたクレオへ手渡した。

「何時も有り難う、セツナ君。あ、そうそう。この間のお土産も有り難う。……坊ちゃん、お茶でも淹れますか?」

「うん。そうして。セツナも休みたいだろうから」

「あ、お茶なら僕淹れます。フェザーも飲めるのは、一寸難しいですから。マクドールさん、お台所お借りしますね!」

険しい峠道も込みの国境越えを終えて到着したばかりなのに、元気を振り撒き続けてセツナは、客である、という自覚がないのか、遠慮するクレオの声も聞こえぬ振りし、台所へ駆けて行き、

「セツナ君は、お客様なのに……」

「もう、気にしない方がいいよ、クレオ。……ああ、そうだ。クレオ、今日の予定は? セツナが、芝居を見たことがないと言っていたから、何時も迎えに来て貰うお礼兼ねて、ほら、チャップマンの始めた芝居小屋に連れてってあげると約束してるんだけど、一緒にどう?」

あああ、又、セツナ君がお茶を……、と落ち込んだクレオを励ましつつ、カナタは、彼女を芝居見物に誘った。

「お芝居ですか? そう言えば、今、彼の芝居小屋は一寸した話題なんですよ。確か、ロイっていう名前だったと思ったんですけど、兎に角看板役者が、御婦人方に人気だとかで。……でも」

「……でも?」

「今掛かってる芝居は、純愛悲恋ものだったような…………」

「ま、まあ、いいんじゃないかな、それくらいなら。セツナにも、刺激になって……」

たまには、お芝居もいいですね、と彼よりの誘いにクレオは笑んだが、セツナ君には向きでないのでは……、と思い出したらしい芝居の筋書きを振り返って悩み、カナタは、ヒクっと唇の端を引き攣らせる。

「マクドールさーん! クレオさーん! フェザーもー!」

「…………お茶飲んで、ケーキ頂いてから悩もうか」

「そうですね。そうしましょう」

よりによって、色事に絶望的なまでに疎いセツナを連れて、純愛悲恋な芝居か……、と思わずクレオと二人、顔見合わせて沈思したが。

早くー! とセツナの呼ぶ声に急かされ、苦笑と共に肩竦め、カナタは踵を返した。

これで、もう間もなく、僅か三泊四日の、故郷──黄金の都への帰郷も終わる、と思いながら。

End

後書きに代えて

すんごい久し振り(多分、三年振りくらい/2011.08現在)に、カナタとセツナの話の(以下略)。

ベッタリなセツナを置いてまで、時折故郷に戻るカナタが、その間何をしているかの詳細に関する話。

猛烈世知辛い話でもあり、少々シリアスでもあり。

尚、この話は、『と或る日の出来事 ─恋愛物語─』と微妙に続いてます。

そして、ラストの方で出て来た芝居小屋の看板役者の名前は、一寸した遊び心です(笑)。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。