カナタとセツナ ルカとシュウの物語

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─希望と失意の門─

その日の朝靄が姿を消して、少しした頃。

これより、水門の街ラダトの北東、かつては、旧ジョウストン都市同盟の盟主市だったミューズに雇われた傭兵ビクトールとフリックが守っていた砦に、決して多いとは言えぬ手勢を率いての陽動の策を仕掛けに向かうキバ・ウィンダミア将軍と、キバの部下達を見送る為に、北の国境を接する隣国ハイランド皇国と交戦中の同盟軍盟主セツナは、南の国境を接する隣国トランの建国の英雄カナタ・マクドールと、自身の義姉ナナミと共に、デュナン湖の畔に建つ本拠地の、正門脇に立っていた。

何時もよりも幾分早く起きた彼等三人が向かったそこには、キバの息子クラウスが既におり、行軍が始まる直前、キバとクラウス親子は、まるで今生の別のような言葉を交わし合ったが、それを黙って聞いていたセツナは、キバとクラウスの二人へ向けて、唯、にこりとだけ笑い、

「大丈夫だよ。絶対、大丈夫。『あの人』だって、いるんだし」

そう言って、キバを送り出した。

──絶対に又、生きて会えるから。

皆揃って会えるから。

心配しなくても大丈夫、と。

暗にそう言いた気な笑みを湛えて。

だから、戦場に向かうキバも、セツナに従い父とは別の戦場に向かうクラウスも、彼がその時湛えた笑みへ返すに相応しいだけの笑みを浮かべて、それ以上、何の言葉も交わさず。

互い、背を向けた。

そうしてキバは、自身の部隊と、一人の『剣客』を引き連れ旅立ち、クラウスは、本拠地である古城の中へと戻り、

「さて、僕達も、働きましょっか」

「そうだね。頑張らないとね、セツナも」

「はーい、私も私もーーっ」

見送りを終えた、セツナとカナタとナナミの三人も又、クラウスの後を追うように、城内へと踵を返した。

────その日の朝靄が姿を消して、少しした頃。

古城の正門にて、彼等が交わした言葉も、彼等がやり過ごしたその刹那も。

己達の『故郷』を守り抜く為、セツナを盟主として掲げ、かつてはジョウストン都市同盟という連合の中にいたデュナン地方の各都市の勢力を集わせ、ハイランド皇国と戦い続けている彼等が、幾度となく……本当に幾度となく、繰り返して来たそれだった。

都市同盟とハイランドとの間で交わされた休戦条約が破られ、盟主市だったミューズが陥落し、ハイランドに抗う新しい勢力として、この古城にて同盟軍が旗揚げされた日から、今日こんにちまで。

戦いに赴くこと。戦いに赴く人を見送ること。交わす言葉が、今生での別れの言葉と化すかもと、そんな覚悟を決めること。

それは、来る日も、来る日も、古城の正門辺りで交わされる、『日常』だった。

けれどそれでも、そんな光景をやり過ごし続ける人々は、心の何処かで。

戦いに赴くことは続き、戦いに赴く人を見送ることは続き、言葉は交わされ続けるのだと、そう信じていた。

己にとっての大切な人。自分達の大切な仲間。

それは、決して消えたりはしないと。

抱えた覚悟の向こう側で、戦いに赴く者も、戦いに赴く人を見送る者も。

心の何処かでは、信じていた。

又、必ず。

戦いの日が終わるまで、必ず。

これまで幾度となく繰り返して来たように、自分達は、本拠地正門にての光景を繰り返し続けるのだ、と。

戦争という出来事の中では、突然、大切な人を失ってしまうこととて有り得る。

それは、致し方のないことなのだ。

……そうは思いながらも。

大切な人達を失うことなど、きっと、有り得ない、とも。