「ジョウイ君の命令で? レオンが? ジュッポを?」

大したことではないでしょう? ……と、そんな風にシュウが話し出したことへ、訝し気にカナタは首を傾げた。

「はい」

「何故? 目的は?」

「『人形』を作らせたいようですな」

「誰の」

「はっきりとしたことは、未だ判りませんが。ジル・ブライトの、それのようです」

「レオンが、ジル・ブライトの『人形』を……、ね。わざわざ、ジュッポご指名で、か。……ふうん……」

けれど、首傾げつつ、続くシュウの話に耳を傾け終えた後、何かを会得したように彼は表情を塗り替え、

「ご満足、して頂けましたか?」

「一応。──シュウ。貴方のことだから、当然。掴んでるんだろう? それって、どんな人形? 傷付けると血が出たりとかする、精巧な奴、かな?」

例えば、こんな奴? ……と『想像』を語る。

「さあ、どうでしょう」

「別に、化かし合いをしなきゃならないことを話してる訳じゃないんだから。白状してくれないかな」

「……白状するのは構いませんが。それを知って、どうなさると?」

「決まってるだろう? そのことが、セツナに不利益を齎すかどうか判断して、次に僕が取る道、決めるんだよ」

「…………相変わらずの、物言いですね。──マクドール殿の想像通りです。恐らくは、でしかありませんが」

確かな『想像』をも口にし、一向に引き下がる素振りを見せないカナタに、やれやれ……、とシュウは、溜息を付いた。

「……ハルモニアの神官達は、未だ数名、ルルノイエにいるんだったね?」

「ええ」

「皇王殿が、自ら。『最愛の妻』でも、捧げてみせる気かな? 紋章の形してる、番犬の親玉に。……グリンヒル、ロックアックスと、負けが込んでるからね、ハイランドは。兵の士気を上げる為に、と見たけど。……貴方は、どう思う?」

「多分、そうでしょうな。私も、そう見ます。それで本当に──

──本当に、兵達の士気が上がると言うのなら……、だろう? 僕も、そう思うよ。…………成程ね。皇王殿は、面白いことを考える。……よく、レオンが納得したな」

「『重さ』の問題でしょう。……そもそも、ジル・ブライトが、アガレスとサラの間の子ではない、と知る者は極少数ですし。見せ方さえ間違えず、上手く鼓舞してやれば、現・皇王との間に未だ子を生していないジル・ブライトの、命と身を捧げる行為によって、ブライト王家直系の血筋がそこで絶える、と嘆く者よりも、そうまでしても、この戦いに勝利するのだとの決意に感じ入る兵達の方が多いし、重い、と。レオン・シルバーバーグは、そう踏んだのかと。元々からハイランドは、王家よりも軍部の方が、より大きい力を持つ国ですので」

「そういう部分操るの、上手いからねえ。レオンに限らず、シルバーバーグ家の輩出する軍師達は。それを言い出した皇王殿の思惑が何処にあるとしても、レオンにとっては関係ない、か。……迷信の力に頼らざるを得なくなり始めたら、先行きなど高が知れてくるだろうに。……ま、尤も……──

──ええ、尤も。そうであったとしても。レオン・シルバーバーグが、そうするのだと選んだからには、ハイランド皇王が何を考えていようとも、迷信に頼るしかない鼓舞でも、鼓舞は鼓舞で、ハイランドの士気は上がるでしょう」

これから先のことを、確かに見据えて語り出したカナタと、そんなカナタに溜息を付きながらも、やはり先を見据えて語り出したシュウの意見は全く同じ物で、そんな二人の様を、例えばセツナ辺りが見たら、仲が良いのか悪いのか、と苦笑しそうな程、彼等は澱みなく話を続け。

「……判った。邪魔したね、シュウ」

「…………どう致しまして。お役に立てて、幸いです」

「嫌味?」

「ええ、勿論」

「やれやれ……。僕も嫌われたものだ。──じゃあ、嫌われ序でに、もう一つ。……急ぐつもり? ルルノイエ侵攻」

「……はい。敵の軍師が軍師ですから、厳しい戦いになることは変わりありませんが。例え彼が、軍を鼓舞してみせようとも──

──ハイランド皇王殿が、『諦め始めている』事実は、明白だからね。でなきゃ、戦勝した後の祖国の維持も考えず、ジル・ブライトを『殺す』ような真似はしないだろうから。…………言わずにおくよ、セツナには。例えこの話を知っても、親友が何かを諦め始めている、とは、あの子も思わないだろうけどね」

「……そうですね。でも。マクドール殿。貴方はそれを知って、どう思われるのですか?」

「……………………さあね」

結局の処、何時も通り、何処となく化かし合いの雰囲気を湛えたまま彼等はやり取りを終え、カナタはシュウの部屋を後にし、一人残ったシュウは、又黙々と、書類の束との戦いに戻った。

降り始めた階段の踊り場の窓辺から、ふと外を眺め。

「雪でも降り出しそうな色だな……」

午後になって急に曇り始めた空を見遣り、少しばかり顔を顰めるようにしながら、カナタは呟いた。

「……この冬最後の雪……と思うには、未だ早いか……。もう二、三週間もして、ルルノイエへ向かう頃には、暖かくなってくれると良いんだけど」

空を見上げ、その内必ずやって来る、セツナ達が赴く行軍のことを思い、又、ぽつり呟いて。

レオナの所かハイ・ヨーの所でお湯を貰って、セツナにお茶でも淹れてあげようかと考えながら、彼は再び、階段を降り始めた。

──その先にあるものを手繰り寄せるように、全ての終わりへ、と。

一つそこを潜る度、希望と共に、失意をも齎すような、眩しくて、それでいて冥い、重たく大きな門を開け放ちながら進まざるを得ない、セツナの辿るこの戦いの道、彼が身を投じた戦いの日々、それは確実に、『終わり』へと向かっている。

『何人』かには希望を齎し、『何人』かには失意を齎す、重たい『運命』の門は、次々に開かれながら、彼を待っている。

人々には、勝利という名の希望を齎し、彼には、義姉を失うという失意を齎した『運命の門』を、此度、彼に潜らせたように。

背中を押されながら。けれど、自ら選んで。

セツナの為の路を開きながら、希望と失意の門は、セツナがそこを潜り行くのを、待ち侘びている。

……秘めやかに、その一切の望みも願いも音にせぬまま、セツナの背を押すカナタの前にも、その重たく大きな、口を開きながら。

希望と、失意の門は。

End

後書きに代えて

ロックアックス攻防戦前後。

──タイトルの、『Lasciateラッシャーテ ogneオンニェ speranzaスペランツァ, voiヴォイ ch'intrateチェントラーテ』。

ダンテの『神曲』の、地獄編第三曲、地獄の門の、有名な一節の原文。

『この門を潜る者、全ての希望を棄てよ』。

岩波文庫の訳だと、『汝等ここに入るもの一切の望みを棄てよ』になっとりますが。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。