ナナミの葬儀と埋葬を終えて、一週間程が過ぎた頃。
彼女の為に、無理矢理出向いたキャロから帰って来て数日しか経たぬ内に、カナタと二人きりでグレッグミンスターへ行ってしまったセツナが、三日程してからひょっこり、やはりカナタと共に帰城した頃。
──その日は、やけに寒さが堪える日で、デュナン地方よりも南にあるトランから戻って来たばかりのカナタは、これまでの日々と何ら変わらぬ顔、何ら変わらぬ口調のシュウに、溜まり始めた執務を片付けて下さい、と申し渡されたセツナと分かれ、レオナの酒場へと一人向かった。
昼日中から酒場へ、と言うのもナニな話だ、と思わないではなかったけれど、大人達も子供達も、皆、背を丸めて寒さを耐えるようなこんな日だから、昼の内とは言え、少しくらい胃の臓を暖める物を流し込んでもいいかと考えて、彼は、カウンターの向こうの女主人に、湯で割った蒸留酒を一杯注文する。
「何だ、カナタ。お前も飲みに来たのか? 昼間っから」
「まあね。一寸今日は、寒過ぎるから。二人だって、そうだろう?」
出て来た湯気の立つグラスを受け取り、陣取る席を探そうと振り返ったら、彼と同じようなことを考えたのだろう、どうやらサボり中らしいビクトールとフリックの傭兵二人組に話し掛けられて、笑いながら片手を上げ、手招いてきた彼等のいるテーブルへとカナタは向かった。
「セツナは?」
「シュウに捕まった」
「お決まりの、アレか?」
「そう。何時もの。ロックアックス攻略に関する後始末がね、色々あるみたいで。物の見事に捕まった、と言うか、逃げ損ねた、と言うか」
カナタと同じように、暖を取る為、温められた酒のグラスを片手に、ビクトールとフリックが口々に、セツナはどうした、と問えば、『年中行事』、とカナタは肩を竦めて。
「……あいつ、平気なのか?」
「何しに行ったんだ? グレッグミンスターへ」
椅子に腰掛け、頬杖付きながらグラスを煽り始めたカナタへ、再び、フリックも、ビクトールも問い掛けた。
「心配しなくても、大丈夫だよ」
示し合わせたように、同時に口を開いて問う声を重ねてしまい、あ……、とバツが悪そうに互いを見遣った傭兵コンビを見比べたカナタは、微笑みながら言う。
「もう、平気。…………いや、最初から『平気』。少なくとも、一応は。──グレッグミンスターで少しのんびりして、本当の意味で落ち着いたみたいだし、あの子はあの子なりに、ナナミちゃんのことに対する整理をきちんと付け始めている。……僕もいるし、皆もいるし。大丈夫だよ」
「そうか……。なら、いいが……」
穏やかな声ではっきり言い切ったカナタのそれに、フリックは、安堵のような、煩いのような、複雑な表情を拵え、
「ニナとかな。ビッキーとかな。アイリとか、あの辺の。ナナミと特に仲が良かった辺りは、未だに沈んでるからな。……まあ、ナナミの埋葬が終わって一週間しか経ってねえから、それも仕方ないとは思うが。……ほれ、セツナはそういう処を見せないってぇか、見せられないってぇか……」
笑んでばかりいる者が、泣きもしない訳ではないから、とビクトールは言葉を濁した。
「…………そうだね。あの子は滅多に、そういう処、見せないけれど。でも……、うん。大丈夫」
故に、カナタは少しばかり声のトーンを控えて、同じ科白を繰り返した。
「ビクトールさんっ、フリックさんっっ! あ、カナタさんもっっ!」
──と、そこへ。
三人の間に僅かばかり降りた、居心地の悪い雰囲気を吹き飛ばすかのように、バタバタと足音を立てメグが飛び込んで来た。
「あ? どーした、メグ。酒場に顔出すなんて、珍しいじゃねえか」
騒々しく酒場へとやって来て、きょろっと辺りを見回した後、一直線に自分達のテーブルへと駆け寄って来たメグを、ビクトールが振り返る。
「サスケ君かモンドさん、見なかったっっ!?」
「サスケにモンド? あの二人なら、兵舎の方にいるんじゃないか? 訓練所の道場に、大抵いるだろう?」
尋ね人を知らないか、と自身よりも遥かに良い体躯のビクトールに掴み掛からんばかりになった彼女へ、フリックは告げた。
「いないから訊いてるのよっ! 一寸、アップルちゃんから聞いたのっっ! サスケ君達がシュウさんと、おじさんの話してたらしいってっ!」
「おじさん? ……ジュッポのこと?」
「そうっ! ジュッポおじさんのことっっ! カナタさん、セツナ君から何か聞いてないっっ?」
「……いや、僕は別に。サスケとモンドが見付からないのなら、シュウに直接尋ねてみたら?」
「そんなこと、出来る訳ないじゃない。あの、仏頂面しかしないシュウさん捕まえて、おじさんがどうしたのっ! なーんて訊けないよ、怖いもん。だから、サスケ君達探してるのにーーっ。何処行っちゃったのかなーーーっっ」
何故、サスケとモンド、と言った忍びの者達を探し回っているのか、その理由をメグが声高に叫んだから、カナタが助け舟を出してやれば、彼女は、シュウには近寄りたくない、と喚き、踵を返して、又何処かへと走り去ってしまった。
「ジュッポ、ねえ…………」
からくり師見習いであるメグが、尊敬する叔父のからくり師、ジュッポに関する話に飛び付くのは、解放戦争の頃より変わらぬ『現象』だから、それは放っておくとして。
何故、忍び達とシュウが、己も能く知るジュッポの話をしていたのかと、ふと気になり、グラスの残りを飲み干して、徐に、カナタは立ち上がった。
「どうした? カナタ」
「ん? 一寸」
メグの後を追うように腰を上げた彼を、フリックが見上げたが、それをカナタはさらりと受け流し、さっさと酒場を後にすると彼は、正軍師の自室を目指した。
「邪魔するよ」
訪問を告げるノックもそこそこに、目的の部屋へとするりと入り込んで、山積みの紙束と酷く『情熱的』に見詰め合うシュウの傍らへ歩み寄り、
「……マクドール殿。せめて、私の応えを待ってから、入室しては頂けませんか。──何用ですか?」
入っても良いとも、駄目だとも言わぬ内に、執務机の前に立ちはだかったカナタへ、一言文句を告げてから、シュウは右手のペンを離した。
「小耳に挟んだんだけれどもね。ジュッポが、どうしたって?」
「…………耳聡いですな、相変わらず。……ですが、それを貴方が知って、どうなさるのですか」
「別に、どうもしない。一寸、知りたいと思っただけ。所謂、好奇心って奴かな。昔の仲間の話だしね」
「……大した話ではありませんよ」
「大した話じゃないと言うなら、別にいいだろう? 聞いたって。部外者には聞かせられない話とも、思えないね」
「………………。判りました。引き下がっては頂けないようですから。胸の中にお納め下さい」
にっこり、人当たりの良さそうな笑みを浮かべつつ、威圧するようにカナタが見下ろして来たから、これは、梃でも動かんな、と定めたシュウは。
「未だミューズに留まっている、ハイランド軍の陣営へ偵察に行ったモンドとサスケが、念の為にと、報告して来ただけの話です。ジョウイ・ブライトの命に従い、レオン・シルバーバーグが、からくり師のジュッポを探しているらしい、と」
些細な話ではあるけれども、内密に、と念を押して、低い声で以て、カナタの知りたいことを語り始めた。