カナタとセツナ ルカとシュウの物語
『紫の月』
どうしたらそんな風に出来るのか、今一つ疑問で仕方がない、と思いながら。
ヒュっと、空を飛びながら近くへやって来て、そのまま、床に着地するでなく、肩に止まるでもなく、音もなく宙に浮かんで、襟元で結んだ黄色のスカーフの端を、くいくいと、昔からの親友の『一人』で、この城に住まうようになって久しい今も尚、己の傍に居てくれる、ムササビのムクムクに引っ張られるに任せつつ。
「なぁに? ムクムク。どうかしたの? ……って、ちょ……。ムクムクってばぁぁっ! そんなに、スカーフ引っ張っちゃ駄目だってばっ!」
デュナン湖の畔に建つ古城を本拠地と定めている、同盟軍盟主の少年・セツナは、ほんの少し大きめの、非難の声を放った。
──何時も通り。
ハイランドと戦争中である同盟軍の旗頭、という『日常』も変わらぬままに、セツナの朝は来て。
やはり何時も通り、自分を起こしてくれた、隣国トランの建国の英雄、カナタ・マクドールと共に、朝食を済ませて。
さあ、今日も元気にお出掛けっ! と、張り切って、転移魔法を操る魔法使いの少女、ビッキーのいる本拠地・本棟は一階広場へと降り立ってみれば、何処からともなくやって来たムクムクに、どうしようもなく原理が謎な、『空中浮揚』をキメられ、剰え、スカーフを引っ張られた所為で、喉が締まり掛けたのだから、まあ、少しばかり盛大な非難を、セツナが放ったのは致し方なく。
セツナの傍らにいたカナタも、恐らくはそう思ったのだろう。
「何か、言いたいことがあるみたいだけど」
にこっと、微笑みを湛え続けながらも容赦なく、セツナよりムクムクを引き離した。
「ムムッ。ムムムムッッ!」
すればムクムクは、ベリッと音を立てんばかりに己とセツナを引き離したカナタを、僅かばかり恨めしそうに、つぶらな瞳で見詰めながらも、カナタの手を逃れ、今度は床に降り立って、セツナの上着の裾を引っ張り始めたので。
「…………付いて来て欲しいみたいですね」
じっと、『親友』の瞳を覗き込んで、セツナは『彼』の訴えを、そう推測した。
「付いて来て欲しい、ねえ……。何処に?」
「……さあ」
内心では、どうしてセツナは、獣──それも、一歩間違えば人を襲う害獣にすら成り得るムササビと、こうも簡単に意思疎通が計れるんだろう、と、素朴な疑問を抱きながらも、そんなこと、おくびにも出さずカナタは、セツナとムクムクを見比べ。
流石にそこまでは、とセツナは首を傾げ。
が、付いて来いとの訴えが汲めているのなら、大人しく付いてくればいい、との態度を、二人を尻目にムクムクは取って、とてとて、短い足で器用に二足歩行を行いながら、さっさと歩き出した。
「言う通りにしてみましょっか。行ってみれば判ることですし」
「そうだね。先導役がムクムクって言うのは、一寸不安だけど」
故に二人は顔を見合わせ、お出掛け、との予定を翻し。
ムクムクの後を追う形で、本拠地を歩き始めた。
…………そうして、暫く。
ちょこちょこと言うか、とてとてと言うか、人間の歩幅には到底及ばないそれで、ちまちま歩いて行くムクムクに従い、二人が歩き進めてみれば。
辿り着いた先は、同盟軍本拠地の、正門付近で。
そこに辿り着くや否や、ムクムクはぴたりと立ち止まって二人を振り返り、
「ムッッッッッ!」
と胸を張った。
「…………もしかしなくてもムクムク、威張ってる?」
「ムッッッ」
「何でそんなに威張って…………──。ああ、ひょとして、アレ?」
胸を張った『彼』の態度は、どう見ても、何かを自慢しているようにしか──少なくともセツナの目には──見えなかったから。
益々、訳が判らなくなって、セツナは困惑しきりの皺を、眉間に寄せたけれど。
辺りを見回してみれば、長めらしい前髪を、油で固めているのかそれとも、元々から『立っている』のか、その何れとも付かない、少々ツンツンした髪型の、この本拠地内部では見掛けたことのない少年が立ち尽くしていて。
ひょっとしたらムクムク、『不審』な人見付けたって、知らせにって言うか、自慢に来たのかなー、とセツナは、足許に纏わり付いている、ムササビを見下ろした。
「ムッムーーーーッ」
…………その、セツナの思いは、正解だったのだろう。
瞳に疑問の意思を込めて、彼がムクムクを見詰めてみれば、再び『彼』は、ふんぞり返るように胸を反らし。
「やれやれ……」
ムクムクの態度を見遣ったカナタは、苦笑を浮かべ。
「まあ、折角ムクムクが知らせに来てくれたんですから、何処の誰かくらい、聞いてみません? マクドールさん」
そう言わずに、とカナタを促してセツナは、見たことのない少年の傍へと近付いた。
ムクムクが、見付けたんだよ、と自慢しに来た『不審者』が、彼等の『日常』を又少し、押し転がす切っ掛けを齎すとも知らずに。
近付き、話し掛けてみた『不審者』は、セツナが同盟軍の盟主だと確かめるや否や、渡世人のような仁義を切り出し、が失敗し。
一人、わたわたと騒いだ挙げ句、ティント市国の、灯竜山からやって来た、コウユウと名乗った。
あの山の辺りを根城にしている、山賊の一人だ、と。
『時折』口の悪くなるカナタ辺りに言わせれば、稀に見る程珍しい、必死の形相、と相成るそれで、己の氏素性をコウユウが語ったから、請いたいことがある、と縋って来た彼を、セツナは城内に連れて行き、シュウや、シュウに呼び出されて集まって来た、同盟軍の主立った面々達に引き合わせ。
何時もと変わらない筈だったその朝、人々は、コウユウの話に耳を傾けることとなり。
「それで?」
……切羽詰まった様子で語られて行く話の先を、何気なしに促した誰かの台詞に乗ったコウユウが。
「それで……。ウチのシマを襲って来るようになった連中ってのが、随分と顔色の悪い連中で、それだけなら未だしも、斬っても殴っても死なない化け物で……──」
ほとほと困り果てたように、ぽつり、そう呟いた時。
「……顔色が悪くて? 斬っても殴っても死なな……──まさか……『生ける死人』……?」
それまで黙って話を聞いていたビクトールが、さっと顔色を変えて勢い込んだから、そこまでは、どちらかと言えば、「だから?」……と言うような雰囲気さえ湛えていたシュウさえも巻き込んで、人々が集った本拠地二階の議場の様子は一変した。
「そうか、ネクロードの野郎、今度はティントに……」
──そうして、若干の『すったもんだ』の挙げ句。
生ける死人、と言えばネクロード、との図式が、絶対に成り立つと信じているビクトールの強引な『説得』によって。
当のビクトールと。
「いいだろう? 一緒に、ティントの様子見に行ってみようや」
……と、そんな風な台詞で、ビクトールにティント行きを拝み倒されたからなのか、
「うん、いいよ。放っとけないし」
と、あっさり答えたセツナと。
「……へえ。話は聞いて知ってたけど。未だ、そんな風にのさばってるんだ、あの気色の悪い吸血鬼」
コウユウの話が進むにつれて、何処か不機嫌そうな色を見せ始めて、ぶつぶつ零し始めたカナタと。
議場の外にて聞き耳を立て、話し合いが終わるのを待ち構え、
「そこの熊男よりは、私の方が絶対役に立つからっ!」
……と言い張り、危ないから駄目だよ、と制したセツナを黙らせて、半ば強引に遠征面子へ加わったナナミと。
生ける死人退治の助成を、同盟軍に請うて来た当人であるコウユウの五名は、その日の、丁度正午の頃合い、ティント市国の領地内にある、灯竜山を目指すこととなった。