ビッキーに、コボルト村までの転移を頼み、一瞬で辿り着いたそこから、竜口の村を目指して歩きつつ。

「ねえねえ。コウユウって山賊なんでしょ? 何時もは何してるの? やっぱり、旅人とか襲うの? 灯竜山って、どんなトコ? 何か、美味しい物とか売ってる? コウユウのあにさんとコウユウのあねさんって、どんな人? あ、コウユウって、歳幾つ? 何で山賊なんてやってるの?」

ナナミは早速、コウユウに怒濤のような質問を浴びせ掛けた。

「はあ……。え、えっと…………──

生まれて初めて経験しただろう転移魔法の恩恵に、驚く暇も与えられぬまま、ああでもないの、こうでもないのとナナミに捲し立てられ、目を白黒させながらも、同盟軍盟主様の『お姉君』に失礼があってはならない、と『覚悟』を決めたのか、卒なく、とは言わないが、年上の少女の相手を、コウユウは勤め出し。

「あーあ。コウユウ、災難……」

そんな彼に、若干の同情を寄せながらもセツナは、賑やかな義姉の相手は、彼にしてて貰おうっ、と決め、何時もよりも僅か表情の堅いビクトールと、何時も通りのカナタを振り返った。

「ティントなんかに行っちゃってたんですね、ネクロード」

「……みたいだな。──ほれ、本拠地であいつとやり合ってから、結構経つだろう? なのにあれっきり、何の噂も聞かなかったし。ネクロードの行方を掴んだら必ず知らせるって言った……あー、何てったっけか、あの吸血鬼退治屋──カーン、だったか? あいつからの連絡もないし、だったからな。もう、デュナンにはいないのかと思ってたんだが」

振り返り、後ろ向きで街道を歩き出したセツナが、意外だったぁ、とビクトールを見上げれば、ほんの少し表情を崩して、件の吸血鬼と因縁浅からぬ、同盟軍内外で有名な、腐れ縁傭兵コンビの片割れは、何処か、『ここ』でない『遠く』を見詰めた。

だから。

ビクトールさんの気持ちは、とっても良く判るし、行くって言い出したのはビクトールさん本人なんだけど。

本当に、ビクトールさん連れて来て良かったのかな……、と、頭の片隅でのみそんなことを考え。

セツナは今度は、カナタだけを見遣った。

「……マクドールさんも、良く知ってるんですよね? 『アレ』」

「うん、そうだよ。良く知ってる、『アレ』は。──疾っくの昔に、退治は終えたと思ってたんだけどねえ……。一寸、考えが甘かったみたいだね。……今度から、四百年もの時を生きた吸血鬼は、灰になるまで見届ける必要のある、質の悪い生き物だって、肝に銘じておくことにするよ」

「害虫並みの扱いですね」

「違うよ、セツナ。害虫の方が、未だ可愛げがある。燻せば出て来るしねえ、害虫は。でも、吸血鬼は燻してみた処で、巣穴から這い出て来る訳でもないし、干物になる訳でもないし」

「干物……。吸血鬼の干物って、不味そう……」

「……例えだってば、セツナ」

────三年前の戦いで、仇を討ったと信じていたネクロードが生きていた、と知ったあの日からずっと、言葉にはせぬまま、ビクトールが想いを燻らせていたように、カナタも又、あの吸血鬼に対して、某かは思うことがあるだろう、と、セツナはカナタに視線を流したのだけれど。

返って来た台詞は、『それなり』には機嫌の悪さを伴う、けれど何時もと然して変わらぬ『軽口』だったから。

ついセツナは、カナタが茶化すように言った、『吸血鬼の干物』を素直に想像してしまい、顔を顰め。

「お前等なあ……。気色の悪い食いモン、想像してんじゃねえよ……」

ああ、又始まった、と、二人のやり取りを聞いていたビクトールは、ウェ……と、心底嫌そうに溜息を吐き出し。

「…………僕だって、想像したくてしちゃった訳じゃないもん……。──下らない話してないで、急ぎましょっか……」

バツが悪そうにセツナは、苦笑を浮かべたカナタとビクトールを誤摩化すように、へらっと笑って、くるり前を向き直り、ティント市国へ先向けた、足を速めた。

コウユウに案内されて向かう途中、灯竜の山道にて、生ける死人の襲撃を受け、アジトを捨てて来たと言うコウユウの義兄弟、ギジムに行き会い。

一足違いで、山賊達の頼みを聞き届けてやることが叶わなくなったセツナ達一行は、そのまま、ティントの街を目指すことにした。

ギジムやコウユウの証言より、四百年の時を生きた吸血鬼は、今度はあの鉱山の街を狙うだろうというのは明白だったし、だと言うならば、行方不明になってしまった、ギジムとコウユウのもう一人の義兄弟、ロウエンを探す──若しくはネクロードの許より救い出す協力を、ティント市国から得るのも容易かも知れない、と思えたし、この辺りの話が上手く運べば、今はもうなし崩しになってしまった、ジョウストン都市同盟という『括り』に属していた市の中で、唯一同盟軍と手を結ぼうとしなかったあの街との同盟締結交渉も、進み出すかも知れない、と。

灯竜山の峠道を、ティント市側──虎口の村の側へと下りて、枯れた平原を暫し北上し、クロムの村の入り口を左手に眺めながら、一行は、ティントの街の門を潜った。

コウユウ以外は、初めて訪れることとなったティントは、炭鉱の街、というそれを裏切らぬ風情で。

街中の至る所に、採掘の為の道具が転がり、行き交う男達は皆、鉱夫然とした逞しさを誇っており。

「男臭い街だねえ」

「…………マクドールさん、その例えはどうかと、僕でも思います」

ふうん……と辺りを見回したカナタが、ぼつりと呟いた感想に、セツナは即座に突っ込みつつ。

「取り敢えず、『一番偉い人』の所、目指しましょうか。確か、グスタフさんって言うんですよね、ここの市長さん」

偉い人は、『てっぺん』にいるのが相場、と、坂道ばかりの町並みを、セツナは上へ上へと進んだ。

すれば、のほほん、と言ったセツナの想像通り、ティント市長であるグスタフの住まう場所は、街の高台の一角にあり。

門兵に、ビクトールが己達の身分と用向きを告げたら、胡散臭げな顔をしながらも、奥へと通しては貰えた。

「同盟軍の盟主殿だと言うから、厳つい男なんだろうと思っていたが。……まあ、随分と生っ白い、ほっそい腕した坊主だな。歳、幾つなんだ? 坊主」

市長室で対面したグスタフは、挨拶もそこそこに、じろりとセツナの頭のてっぺんから足先までを眺め、誠に率直な感想を述べた。

しかしその後、人々が口々に語った事情には、真摯に耳を傾け。

やがて、当初は粗野だった態度までを改め、

「一緒に戦って下さらぬか?」

……と、自ら申し出て来た。

故に、セツナ達が予想していた『過程』よりも遥かにあっさり、事実上、同盟軍とティント市国の同盟は、この時点で結ばれ。

「良かったねー。この分なら、あの気色悪い吸血鬼退治も、案外早く片付きそうだしね」

上々に事が運んだことを喜ぶナナミの声に頷きながら、案内して貰った客間で一夜を明かしつつ。

本当にこのまま行けば、『恙無く』、ティントの様子を窺いに、とのお題目を掲げた今回の遠征も、思いの外早く片付くだろう、と、人々は思っていたけれど。