カナタとセツナ ルカとシュウの物語
『とある日の出来事』
──遊びの時間──
一年も、三百六十五日もあれば、ぽっかりと穴が空いたように、暇を持て余してしまう日、と云う奴が、一日くらいはあるものだ。
そしてその法則は、戦争中と云う国情を抱えている、同盟軍の盟主殿にも当て嵌まる。
デュナン、と云う名の、この大地の為に、四六時中心を砕いて、時に、自らも傷付けて……と。
齢にして十四、五の少年が送るには、余り正しくはないように思える生活をしている、デュナン湖の畔に本拠地を構える、同盟軍盟主殿──セツナと云えど、何をしていいのか判らなくなる日、と云うそれは、稀に有る。
なので。
「マクドールさーん。何かしましょーよー。僕、暇ですーーーっ」
口煩い正軍師殿も、副軍師達も、珍しく、仕事を運んでは来ない、日夜、戦いを繰り広げているハイランド皇国との戦況も、膠着状態に陥って久しい、その日。
城の最上階にある自室で、己と同じように、まったりと寛いでいる、隣国トラン共和国の英雄殿、カナタ・マクドールに、セツナは誘いを掛けた。
何処かに遠征に行かなければならないとか、軍備関係のことで、盟主自ら飛び回らなければならないとか、そんな都合がある訳でもないのに、トラン建国の英雄殿が、セツナの部屋にいることに関して、今更兎や角言ってみても仕方がないし、トランとの国境に接するバナーの村にて、セツナとカナタが邂逅を果たしてより数ヶ月が経った今ではもう、何時でも何処でも、カナタがセツナに『引っ付いている』風景は、ありふれた風景以上の、『当たり前の事柄』であると、同盟軍内部では看做されているので。
その日、怠惰を貪っていたセツナが、デロンとベッドの上に転がっている室内に、カナタが居座っているのは……そう、当たり前のことだし。
「何か、ねえ……。何してもいいけど。何するの?」
セツナの他愛無い我が儘に応じて、ベッドの片隅に腰掛けながら読み進めていた書物より視線を外し、にっこりと微笑みながらカナタが、小首を傾げつつセツナに問うのも、当たり前のこと。
「んー……………。何しましょっか」
だから、我が儘を拾い上げてくれたカナタの態度に、少しばかり機嫌を良くして、セツナは思案を巡らせ始めた。
「流石の君でも、簡単には思い付かない?」
転がっていたベッドの上より身を擡げ、ちょこん、と足を崩して座り直し、んー……と唸り出したセツナの仕種を、くすくすとカナタは笑う。
「だって……。ここの処結構、平和って云うか、暇って云うか、そんな日が続いてるじゃないですか。だから、何時ものことって、結構やり尽くしちゃってますからねえ……。……立ち合いは昨日付き合って貰いましたし、釣りは一昨日したし、崖登りも一昨日したし、手頃な『探検場所』は廻り切っちゃいましたし……。サウスウィンドゥの交易所には、シュウさんが自分で出向いちゃいましたし、仲間探しのめぼしい手掛かりも今の処ないですから、リッチモンドさん出払っちゃってるし……」
「そうだねえ」
「皆暇なのか、舞台の方もレオナさんの所も混んでて、アンネリー達もカレンも忙しそうだし、ナナミ達は女の子同士で好き勝手に遊んでるし、エミリアさんに本借りるのも飽きましたし……。ついさっき、お昼御飯食べちゃったばっかりだし、午後のお茶にもお風呂にも早いし……。うーーーーーーーっ……」
「じゃあ、暇潰しに、大人でもからかいに行く? 別に、シーナとかルックとか、その辺からかってもいいけど」
「あー、それも考えたんですけどね。ビクトールさんとかフリックさんとか、ルカさんとか、からかって歩こうかなーって。でも皆に、この数日僕とマクドールさんが暇持て余してるらしいって云うの、知れ渡っちゃったみたいで、警戒されっぱなしなんです。ねーねー、とか云って話し掛けると、みーーんな逃げてくんですよー」
さて、何をして、この時間を過ごせば退屈しないかな、と。
小首を傾げて考え込み始めたセツナと、そんなセツナを眺めながら忍び笑うカナタのやり取りは、少しの間、続いたけれど。
常套の手段は尽く、却下の方向へと向かい。
「なら、たまには、普通に遊ぶ?」
真っ当な遊びの一つもしてみようか、と、悩み続けるセツナへ、カナタが言った。
「普通の遊び?」
「そ。極々、普通の遊び」
「……例えば、何です?」
「んー……。お互いの、『趣味と実益』を兼ねて、軍人将棋、とか」
「…………ヤ、です」
──極、一般的な遊びをしよう。
……そんな、珍しいことをカナタが言い出したから、へ? とカナタの漆黒の瞳を覗き込めば、『軍人将棋』をしよう……、そう告げられ。
確かに、普通の遊びは普通の遊びだけどー、とは思いながら、セツナは即答で拒否を返した。
「気に入らない?」
「今の僕じゃ、ぜっっっっっっっっっっっ…………たいに、マクドールさんには勝てないから、ヤです。シュウさんと対戦するより勝ち目ないから、ヤーです」
「じゃあ、碁でも」
「似たようなもんじゃないですか。碁も軍人将棋も」
「……普通の将棋」
「……一緒です」
「なら、ひやかし感覚で博打の真似事でも」
「本職のシロウさんとの対戦成績、全戦全勝を誇る人と、何の博打をやれと?」
「随分、殊勝だねえ」
「今の処『は』、どう足掻いても、僕の努力が追い付いてない分野でマクドールさんと勝負しても、結果なんて火を見るより明らかですから。殊勝とか、そーゆーんじゃないです」
速攻で返された拒否に、おやおや……、そんな顔を作って、次々とカナタが提案を続けても、その尽くをセツナは退け。
やってみなければ判らない、と云う次元にすらない分野での勝負は嫌だ、と駄々を捏ねた。
故にカナタも徐々に、顔の渋みを深くし、長考の風情を醸し出し始めたが。
ふっ……と、何かを思い出した顔付きになって。
「……………………あ。じゃあ、アレやってみようか」
「アレ、って何です?」
「投壺」
「あ……。投壺ですかー。…………たまにはいいですね、そーゆーのも。でも……投壷って結構ややこしいんじゃありませんでしたっけ? あれって、お城とかで良くする遊びでしょう? 僕、やり方良く知りませんよ」
「なら、もう少し砕けて、投扇興」
「は? トーセンキョー?」
「この大陸では一般的じゃない遊びだから、耳慣れない? やってみたい? 投扇興」
投壷か、投扇興でもやってみる? と、カナタはセツナを促した。