「あ、『花散里』にしかならない」

落とされた的と、降りた扇と、台替わりの裁縫箱を見比べて、セツナにしてみれば謎な一言をカナタが呟いた後。

無言のまま、今度はセツナが扇を取り上げ、カナタのいる位置まで下がると、野次馬達が、じーー……っと注目する中、『手本』を真似て扇を投げた。

……すれば。

重たい扇が飛ぶように……と、少々力を込めて投げられたそれは、ビュッと一直線に宙を進んで、骨の先の刃を、布で出来た的に食い込ませたまま、ドコっっ! ……と云う音を立て、テーブルの上に『刺さった』。

「マクドールさん。無理です。マクドールさんみたいな芸当、普通出来ません」

──どうやら、セツナの取った行動は。

カナタに倣うことが出来るか、を試したのではなく。

『手本』が示したことが、如何に不可能に近いかを、立証する為のそれだったらしい。

「コツ、なんだけどねえ……」

「コツだろうが何だろうが、無理ったら無理です。遊びになりませんよぅ、これじゃー」

異議を申し立てられて、カナタは唯々、首を捻ったが。

きっぱりと、直球な言葉をセツナは吐き。

次いで、ぶちぶちと文句も垂れたので。

「んー…………。じゃあ……折角セツナが作ってくれた的も壊れちゃったことだし……。投扇興は諦めて、武術扇対トンファーの立ち合いでもしてみる?」

仕方ない、とカナタは、深々とテーブルに刺さった鉄扇を、さっくり引き抜いて、パタパタと、それで以て自身を仰ぎながら、『次の遊び』に向かおうか、と切り返した。

「そですね。そっちの方が、まーーだ、現実的ですね」

「なら、それが終わったら、お茶しに行こうか。多分、いい頃合いになる筈だし」

「はーーーーいっ。今日はですねー、アイスクリーム食べたいんですよ、アイス。この間からユズに飼って貰ってる牛さんが、新しくお乳出し始めたそうなんで、楽しみなんです」

──結局、僕達二人が揃って興じられることなんて、何時ものことなんだよね。

……そんな感じの表情を作って、そんな感じの受け答えをして。

カナタの提案にセツナは乗り、『遊び』終わった後のお茶請けが楽しみ、と、ほくほく云いつつ歩き出した。

「アイスクリームくらいなら、付き合ってあげられるかな」

相変わらず、刃物付きの武術扇で自身を扇ぐと云う、『悪趣味』な仕種を繰り返しながら、セツナに並んで、カナタも足を運び出し。

基本的に、飽きっぽい質なのだろうか、と思えてならない二人の少年は、足取り軽く立ち去って行く。

「………………拙者は、その……こちらに厄介になり始めて、未だ程ないが……。盟主殿と、盟主殿が尊敬して止まぬ御方が、アレで、良いのでござるか?」

そんな二人の、後ろ姿を目で追って。

野次馬の輪の中に留まっていたゲンシュウが、隣のツァイに、何やらを訴え始めた。

「……いいんじゃ、ないんでしょうかねえ……。多分。……まあ、殺伐としているよりは……。ええ、多分」

例え、胸の中に過る、何かがあったとしても。

口に出来る筈もなく、ツァイは曖昧且つおっとり、誤魔化し笑いを浮かべた。

「ま、見ていて退屈はしないガキ共なのは確かだな」

やはり、野次馬の中に混ざっていて、二人の会話を聞き付けたメイザースは、大テーブルの上にて、ゴミと化している投扇興の的を、指先のみに灯らせた魔法で、一瞬の内に焼き。

それを合図に、何となく、背中にじっとりとした何かを背負いながら、野次馬達は三々五々、思い思いの場所に散り。

そうして、盟主殿と隣国の英雄殿が暇を持て余し気味の一日は、又、恙無く何時ものように、流れ始めて。

午後は唯、静々と、深くなって行くのみだった。

尚。

どうでもいい後日談ではあるが。

そんな出来事があったその日の、午後遅くから、夜半に掛けて。

カナタが、セツナの機嫌を取るのに奔走している姿が、デュナン湖畔の城の中では見られたらしい。

投扇興遊びに興じることを諦めた後、向かった訓練所の片隅で、彼等が言い合っていた通り、武術扇対トンファーの立ち合いが行われたのだが、その際に、セツナの渾身の一撃を、閉じた扇の先端のみで、あっさりとカナタが受け止め、呆気無く勝負を決めてしまったことに、セツナが拗ねたらしく。

それより数時間が過ぎて、その日の就寝の時間を迎えるまで、トランの英雄殿は、同盟軍盟主殿の機嫌を直すべく、手を焼いていた、とか何とか。

故に、その日の夜は。

暇だった一日の最後に迎える、憩いの一時の肴にすべく、相変わらずな彼等二人の様子を、身振り手振り付きで語る百○八星達が、レオナの酒場には溢れたらしい。

End

後書きに代えて

他愛がなく、取り立てて何かが起こる訳でもない同盟軍本拠地の出来事その二。

日常の徒然@馬鹿話って、書いてて楽しくて、気負いも要らず、楽なんですが、カナタとセツナが、何時も以上に、お馬鹿さんに思えてならないのは何故…………。

尚、このページの冒頭でカナタが呟いてる「花散里はなちるさと」と言うのは、投扇興の『見立て』って奴の一つ。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。