カナタとセツナ ルカとシュウの物語

『とある日の出来事』
──Cookie──

トラン共和国建国の英雄、と市井の人々に呼ばれる彼、カナタ・マクドールが。

バナーという鄙びた村の片隅で、デュナンの同盟軍の盟主、セツナと巡り逢ってから、暫くの後。

カナタが、セツナ達同盟軍の本拠地、デュナン湖畔の古城を、三度目に訪れた時のことだった。

──何時如何なる時でも君の傍にいてあげたいのだけれど、君には立場があるからと、『一応の遠慮』をしてみせて、同盟軍の本拠地を訪れても、事あるごとに、トラン共和国の首都、グレッグミンスターの生家へと戻ってしまうカナタを、なら、僕がお迎えに行けばいいんだもん! と、三年数ヶ月前のトラン解放戦争にも従軍していたが為、カナタのことも、セツナのことも良く知る、口の悪い仲間達や、正軍師のシュウに、遠慮なのか、『高い買い物』だったのか、判らない、とぼやかれながらもセツナは、『グレッグミンスターへマクドールさんをお迎えに行く旅』に、昨日も出向いていて、だからその日も、カナタはセツナに連れられ、訪れるのは三度目となる、本拠地の片隅にいた。

本拠地の、その片隅で。

一寸した、災厄に見舞われながら。

それは、遡ること数日前。

やはりセツナに連れられ、本拠地を、二度目に訪れた時。

カナタは、この上もない真顔を作ったセツナに、ぐいっっと、接吻くちづけでもする気なのかこの子は、と呟きたくなる程の近距離まで迫られ、強く強く、言われたのだ。

「僕と一緒にいない時、マクドールさんが、このお城の中の、何処で何をされてても、僕は構いませんけど。一つだけ、お願いがあるんですっ。絶対に、破って欲しくないお願いなんですっ!」

…………と。

──カナタとセツナは、知り合ってより、未だ十日になるかならないか、の、浅いと言えば浅い付き合いではあるけれど、元と現の違いこそあれ、互い天魁星だったからなのか、もう何年もの間、深い友情で結ばれている者達同士の如くの意思疎通を交わし。

仲良しワンコ兄弟でもこうはならない、と言う程、仲睦まじーーく、巡り逢ってより過ぎた十日の刻を、濃密に過ごしていたし、カナタは元々から、人の機微や人となりを見抜くのに秀でていたので。

一〇八星の皆や、城の人達に、何時でもほえほえと、何処となく『頼りなげ』な笑みを浮かべて歩いている、人当たりの良いこの子が、こんな風に迫ってくるのは珍しい、お願いとは、余程重要なことなんだろうか、と、目一杯本気の顔をして、言い募って来たセツナを前にし、カナタはその時、少しばかり居住まいを正した。

セツナがそんなことを言い出したのは、盟主の自室──即ちセツナ自身の部屋で、彼等二人以外には誰もいなかったから、どれ程深刻なことを話し合ったとしても、支障はないと思えたし。

ここを初めて訪れた時既に、ハイランド皇国との戦争を行っている軍の本拠地とは到底思えぬ程、どいつもこいつも能天気だ、とカナタは悟ったが、同盟軍全体に、『お花が咲いて』いようとも、今セツナが戦時下にいるのは事実だし、セツナは、『小さな盟主』ではあるけれど、三年前の己同様、一軍を率いる長であり、又、天魁の星の下に生を受けているから。

ハイランドとの戦争に関わることで、何か、とか。

天魁星として、何か思うことでも、とか。

出逢って十日足らずであるにも拘らず、既にセツナを『溺愛』している彼は、考えたのだけれど。

「……何?」

午前のお茶を終え、窓辺に並んで腰掛けているセツナへ、カナタが首を傾げたら。

「何が遭っても。何て言われても。例え、泣かれても、脅されても! 周りの人に、女の子を泣かせたって後ろ指を指されても! ぜっっっっっっ……たいに、ナナミが作った物だけは、食べないで下さいっっ。それが、ご飯でもお菓子でも、一寸した物でも、絶対にっ!」

セツナは、がしっと両手で握り拳を固めて、そう叫んだ。

「……………………ナナミ、ちゃん? 君の、お義姉ねえさんの? ……どうして?」

だから、真剣な顔をして何を言うかと思えば、と。

カナタはほんの僅か、唇の端を引き攣らせたけれど、彼のその風情に気付かず、セツナの調子は勢いを増し。

「マクドールさんと知り合ってから十日、言わなきゃ言わなきゃって思ってたんですけど。中々、お伝えする機会がなくって。やっと、お願い出来ます。──お願いです、マクドールさん。絶対に、ナナミのお料理だけは、食べないで下さいっっ。僕、マクドールさんを、命の危機、だなんて目に遭わせたくないんですっ。三途の河の向こう側の、お花畑も見せたくないんですっっ!」

ぶんぶんと彼は、両手を振り回して訴えを続けた。

「……えーと、セツナ。御免。……何で、ナナミちゃんのお料理を食べちゃ駄目なの? ナナミちゃんのお料理と、命の危機と三途の河の向こう側のお花畑って、何処で繋がる……?」

「あ。……えっとですね。ナナミの作るお料理は、それなりはお料理する僕の目から見ても、見た目は完璧なんです。だから、一見、凄く美味しそうなんです。でも、一口食べたら最後なんです。強烈な、人間が作った物とは思えない、摩訶不思議な味にヤラれて、倒れて、三途の河の向こう側の、お花畑が見えちゃうんですっ。命の危機に晒されるんですっ。僕が知ってる限り、この数年、ナナミ、全戦全勝なんです。常勝なんです。知らないで、ナナミのお料理食べた人は皆、一口でぶっ倒れて、数日は寝込むんです。なのにナナミの趣味はお料理で、自分が作ったお料理を、人に食べさせることも趣味なんですっ。だから、マクドールさんっっっ!!」

彼の、必死の、渾身の訴えは。

一言で言えば、義姉の作る物を、間違っても口にするな、ということで、それは、一人、使命感に燃え盛っているセツナの話からでも充分汲み取れ、が、それと、命の危機や、三途の河の向こう側のお花畑が、どう繋がるのか判らず、ふん……? とカナタが首を傾げれば。

要するに、義姉の作る料理は、料理でなく『凶器』だから、と。

きっぱりセツナは断言した。

「成程………………」

故に、漸く合点が行った、と、カナタは頷き。

「お願いします。お願いします、ホントにっっっ」

セツナの必死の形相は、凄みを深め。

「ん、判った。じゃあ、ナナミちゃんに自作料理を勧められても、謹んで辞退申し上げるよ。…………そっか、そんなに酷いんだ、ナナミちゃんの手料理」

「酷いなんてもんじゃ…………。ハイランドの、ユニコーン少年隊に入隊するまで、僕が日々、ナナミとどんな戦いを繰り広げて来たか、ぜーーんぶ、語っても足りないくらいです。強烈です……。どうして、あんなお料理が作れるのか、自分の義姉のことですけど、僕、判りません……。ナナミ、あの性格ですから、僕やジョウイが何言っても、自分に都合良く解釈しちゃうし、自分のお料理は美味しいって信じてるから、レシピとか、お料理の本とか、あんまり見ようとしないし、でも、その実は、って奴ですから、お塩とお砂糖間違えるなんて日常茶飯事だし、ふくらし粉とお塩で作ったケーキ、とか、恐ろしい物平気で作るし、太ったら嫌だから、とか言って、雲南茶でお出汁取ったりするんですよ…………」

が、一転セツナは、ナナミと共に育った、キャロの街での『悲しみの日々』を思い出したのか、泣きべそになって。

「…………………………大変、だったんだね…………」

聞かされた話に呆然としながらも、カナタは、よしよしと、慰めるべく、セツナの髪を撫でた。