勝負に用いられた、酒場で最も度が高い酒は、ちょいとでも火を点けようものなら盛大に燃え上がる程にきつい酒で、四半刻も経たぬ内に、参加者の約三分の二が脱落した。
その後も、一人、二人、と次々篩いに掛けられ、残ったのは、ビクトールやタイ・ホーや、灯竜山の山賊ギジム、リキマル、といった一〇八星な面々と、シュウとルカだった。
ケラケラ、セツナと共に笑いながら勝負の行方を眺めていたカナタも、参加者達のそれと同じ酒を、彼等以上に嚥下したのにケロリとしていたが、残念ながら、それは勝敗を左右はせず。
やがて、勝負の場と定められた酒場の円卓に着いているのは、ビクトール、シュウ、ルカ、の三名だけになった。
「…………もういい」
──が、野次馬達が、「粘るな、この三人……」と思い始めた頃、ルカが勝負から下りた。
「あれ? ルカさん、もう降参? お酒、強いのに」
「僕の代理なんだから、もう少し頑張ってくれると嬉しいんだけど」
「ここまで付き合っただけ、有り難いと思え。俺は、この酒は苦手なんだ」
これ以上は、と言いつつグラスを置いた彼へ、セツナもカナタも不満そうにし、端からは、「苦手? 何処が?」と突っ込みが飛んだが、ルカは取り合わず、
「っしゃあ! 後はシュウだけだ!」
「ビクトール隊長、根性の見せ処ですよ!」
「死ぬ気で飲め! ビクトール!」
『敵』側の砦と目していた彼の脱落を受けて、既に脱落していた参加者達より、ビクトールへの声援が飛んだ。
「任せとけ、野郎共!」
ビクトール自身、ルカを潰せば勝ったも同然、と思っていたようで、彼からは、半ば勝利宣言が上がったが。
それより、更に四半刻。
飲み続けていたのはシュウの方で、「ゴメンナサイ……」と呻きつつ、円卓に突っ伏したのはビクトールだった。
────シュウも、それなりにはやるらしい、というのは、同盟軍の仲間達には周知だった。
酒の銘柄が指定されたのは、勝負に公平を期す為でなく、シュウが好む銘柄だから、が理由なのではないか、と参加者達も野次馬達も内心では思っていた。
正軍師殿は賑やかな酒宴が苦手で、そういう席からは何時の間にか姿を消してしまうので、彼が、どれだけ酒が飲めて、どんな種類を好むのかを知っているのは、カナタとセツナ、そして、ルカだけだった。
…………だから。
シュウは、どんな酒でも、セツナは固より、この城内の飲兵衛達に、化け物、と言わしめるカナタに勝るとも劣らぬだけ飲める──即ち、その点に関しては彼も化け物、というのを、ビクトール達は知らなかった。
「……終わりか?」
──ビクトールが白旗を上げても、傍目には素面にしか見えない態度で、シュウはグラスより手を離した。
「すみません…………」
「私にも勝てぬ程度でしかないのに、節度を持った飲み方の一つも出来ないとは、呆れて物が言えない」
「……すみません…………」
そのまま彼は、見回した馬鹿共へ、何時もの声で嫌味を突き刺し、
「誰も文句はないな? 今日より、酒場では、先日の決まり通りにさせて貰う」
静かに宣言すると、何時も通りの歩調で、ルカと共に、酒場を出て行った。
「レオナさん。今のお勘定書き頂戴? マクドールさんとシュウさんに計算して貰って、皆の借金に上乗せするから」
「総額だけでいいよ。今夜の分は、割り勘にさせる」
続き、「はーい、じゃ、お終いー」と、にこにこ立ち上がったセツナとカナタも、酒場より去り、野次馬達も消え。
漢ならば挑まなくてはならぬ戦いに敗北を喫した、酔っ払いという名の屍だけが、レオナの酒場には残された。
翌日。
昨夜のあれの所為で、二日酔いになった者達が続出した為、同盟軍本拠地は、何処となく静寂だった。
「今日は静かですねえ、マクドールさん」
「ビクトール達、寝込んでるからね」
「ルカさんも、ちょっぴり具合悪いみたいですよ? あのお酒飲むと、次の日に残るから嫌なんだ……、って、朝、ぶつぶつ言ってるの、僕、見掛けました」
「ああ、成程ね。そういう意味で、あそこが限界だったんだ、彼。──シュウ、貴方は?」
静かだけど、ホウアン先生と、トウタと、医務室は大変だろうなあ……、とか何とか言いながら、押し掛けた正軍師殿の部屋の、占拠した椅子にて寛ぎつつ、セツナとカナタは、机の向こうのシュウを見る。
「お陰様で」
「うわー……。シュウさん、流石……」
「それで? シュウ、どうなりそう?」
「来週までに、遣いの者に、グレッグミンスターまで返済に行かせます。留守居役の彼女に渡せば宜しいですね?」
夕べ、馬鹿共が尽く潰れるだけの酒を飲み干したとは到底思えぬ風情で、帳面や書類を前に算盤を弾いていたシュウは、酷く短い言葉で己の体調を伝え、カナタの問いに答えつつ、手を留めた。
「ああ。クレオには、もう伝えてある。貴方の方は?」
「同様です。何時までも、馬鹿共の借金の肩代わりなど出来ませんので」
「でも、シュウさん、大丈夫? 軍のお金、足りる?」
「ご心配なく。盟主殿もマクドール殿も私も、定額の月賦、とは一言も言っておりませんから。搾り取れるだけ搾り取って、最短で補填します」
「そっか。ならいいやー」
万事、予定通りに、と言い合うカナタとシュウを見比べ、セツナは少々不安そうにしたけれど、再びの正軍師殿の答えに、ん! と笑顔を見せた。
────馬鹿共の所為で、酒場を畳み、城を出て行く! との脅しを掛けてきたレオナを納得させ、セツナを泣かせぬ為に、普段はしようとも思わない結託をしたカナタとシュウの立てた策は、各々の私財を用い、借金を立て替えてやる、ではなかった。
取り立てへの絶対の自信も持っているし、片や、元・赤月帝国大貴族の跡取り息子、片や、元・悪徳──もとい、腕利き交易商、それぞれの名や経歴に相応しいだけの私財は今でも有しているから、ビクトール達が拵えた付け程度、立て替えるのは朝飯前だが、そんなことに私財まで持ち出してやる義理は、彼等にはない。
なので一先ず、本当に、カナタが五割、シュウが五割、私財にて酒場の付けを完済し、レオナの怒りを宥めてから、酒場を閉鎖していた七日の間に、密かに同盟軍の動産を現金化する目処を付け、それが完了した時点──要は来週、それ等より二人の立て替え分を返済、然る後、馬鹿共の月々の給金より限界まで天引き、最速で軍費を補填するのが良かろう、と決めた。
軍費で立て替えた、などと言おうものなら、踏み倒そうとする者が続出するだろうが、カナタとシュウが立て替えたことにすれば、踏み倒せる訳がない、と彼等も諦める。後が怖いから。
それに、一時は本当に二人が立て替えたのだから、誰も嘘は言っていない。
搾り取れる限り、給金より立替金を天引きしても、借金の相手が誰なのかを思い返せば、彼等には文句も付けられない。やはり、後が怖いから。
尚、例の『お助け方法』は、腹いせに、馬鹿共の酒でカナタとシュウが飲む為に行われただけのことで、実際は、『お助け方法』でも何でもなく。
「これで、皆、懲りますかねえ……」
「借金完済したら、元の木阿弥じゃないかな」
「でしょうな…………」
────上手くは行った計画の、後始末をしながら。
程々に虐め倒し、腹いせ代わりに飲ませて貰い、セツナも馬鹿騒ぎで満足したから、暫くは、向こうもこちらも良いけれど、多分、誰も懲りないんだろうな……、と、常よりは静寂な本拠地を、シュウの自室より窺って、三人は、もしも又、同じことが起きたら……、と、暫し黄昏た。
End
後書きに代えて
すんごい久し振り(多分、三年振りくらい/2011.08現在)に、カナタとセツナの話の本編と言うか本流と言うかを書いたので、以前と書き方等の勝手が違っている気がしなくもないですが、年月ということでご容赦を。
んで以て、久し振りなので、軽い話でリハビリ(笑)。
本拠地は、今日も騒がしい。うん。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。