カナタとセツナ ルカとシュウの物語
『とある日の出来事』
──順応会──
デュナンの大地にてハイランド皇国と交戦中の同盟軍内部で、比較的頻繁に行われるその『行事』。
午前の比較的早い時間より、本拠地は本棟二階の議場に沢山の長机と沢山の椅子を並べて行われるその『行事』に、お目付兼警護の役を仰せつかってしまったが為、毎度毎度付き合わされる羽目になっている、軍内では腐れ縁傭兵コンビと名高いビクトールとフリックの二人は、その議場の入口付近と、窓辺付近にそれぞれ分かれて立ちながら。
……又、この『行事』の日がやって来たか……、と。
深い深い溜息を付いた。
────別に、今日もこれより行われるその『行事』は、彼等二人が揃って、嘆きとも言える溜息を吐き出さなくてはならない程、『大仰』なものではない。
一言でその『行事』を言い表すなら、一寸した研修、と言えるような、そんな代物でしかない。
一寸した、けれどどうしたって、必要な『研修』。
……余り適切な表現ではないかも知れないが、同盟軍は、寄せ集めの軍だ。
様々な意味──人種的にも、祖国的にも、思想的にも、人間的にも、経験的にも、と言った、諸々の言葉を含んだ『様々』な意味で、様々な者が参加している。
その中でも、事、経験に限って言っても、同盟軍に参加する以前より所謂『軍人』だった者達ですら、かつてのジョウストン都市同盟の各市軍に属していた者、キバ・ウィンダミアやクラウス・ウィンダミア達のようにハイランド皇国軍に属していた者、トラン共和国よりの義勇軍の従軍者、と『種類』豊富であるし、従軍経験なぞ一切持たない一般市民の志願者達や、金が全てでしかない傭兵達もいれば、一般的な社会生活の範疇からすら外れる生活を送っていた荒くれ者達も少なくない。
種族的に語れば、エルフ族やコボルト族といった、人間族ではない者達もいるし、果ては、ムササビのムクムク達に代表されるような、獣達、とよりどりみどりだ。
故に同盟軍では比較的早い段階から、戦場に出て戦う、ということを選択して、彼等の本拠地であるデュナン城に集って来た新顔が一定数を超える度、その新顔達を集めて、一日掛かりの『研修』を行っている。
難民や商人でない限り、その研修への参加は強制で、一〇八星の宿命を背負った者達は、一部の例外を除き、戦闘員だろうが非戦闘員だろうが、区別無くそれに放り込まれる。
因みに、『研修』を免除される一部例外とは、『二の太刀要らず』とさえ呼ばれる程戦いに長けたゲオルグ・プライムのような、その『研修』で教えられることを、改めて伝える必要がないと思える者達だ。
ハイランドとの戦に勝利する為のこの城に集まった者達が、生きて行く為に必要な、こと。
ビクトールとフリックが、それぞれの場所でそれぞれに深い溜息を零した丁度その時。
かたり、と音がして、議場の両開きの扉が開いた。
するり、細やかな衣擦れの音をさせて、その扉を潜ったのは、同盟軍正軍師のシュウ。……と、同盟軍の盟主であるセツナ。
「これより、以前より伝え置いていた説明を始める。簡単な研修会のようなものだと思って貰えればいい。一日掛かりになってしまうが、心して聞いてくれ。この城内でこれからやって行く為に、どうしても覚えておいて欲しいことばかりだから」
今日、その場に集められた数多の者達の視線を一身に集めながら壇上へと進み、中央に立ったシュウは、視線を注ぐ皆を見渡しつつ、先ずそう言った。
少々きつめに告げられた口上に、一同は固唾を飲む。
「先ずは、盟主殿から、皆へのお言葉を頂く。…………盟主殿、どうぞ」
その緊張も覚めやらぬ内に今度は、壇上中央にセツナが進み、皆を見渡したので、一同の強張りは、一層高まった。
外見は何処からどう見ても、良く見積もって十二、三で、頭の先から足の先まで、どちらかと言えば小さく、そして可愛らしい部類の、ほわん、とした少年としか見受けられないが、デュナンの大地の為に起った同盟軍の盟主であり、あのルカ・ブライトさえも倒した彼だから、外見は兎も角中味の方は、『凄い』のだろうな、と。
デュナンの城へとやって来てより未だ日の浅い面々は、何を言われるやらと身構えたが。
「えーーと。この軍の盟主のセツナです。皆、僕達の軍に参加してくれて有り難う! あ、えっとね、シュウさんはあんな風に言ったけど、別に難しいことじゃないし、怖いことでもないから気楽に聞いてね? 僕自身は、皆一緒に、楽しく幸せにやって行けたらいいなって思ってます。あ、でも! 色んな細かいことの説明があるから、それだけは、きちんと聞いてねー」
予想に反し、ほんわり、と言うか、ふんわり、と言うかな風に、壇上に立ったセツナは笑んで、誠に砕けた口調で以て言い渡した。
「盟主殿っ! 何時ものことながら、お気楽極楽にも程がありますっ!」
「えー、僕別に、悪いこと言ってないよ? シュウさんみたいな言い方ばーっかりしてたら、皆疲れちゃうってばーっ」
「世の中には、けじめというものがあるんですっ!」
余りも砕けた物言いだったセツナへ、壇上脇からシュウよりの嗜めが飛んだが、それを彼は、「んべー」と舌を出しながらいなして、ひらひらっと、呆気に取られて成り行きを見守っていた一同へと片手を振ると、トコトコ、壇上より降りた。
…………そして、何故か。
最前列の空いていた席を、ちょこん、と陣取って、目をキラキラさせながら、先程まで己が立っていた壇上へと視線を向けた。
「………………あー……。今のお言葉で、それなりには察して貰えたと思うが。盟主殿は非常に親しみ易い方なので、『皆の方から』気を遣い、盟主殿の前でも、羽目を外すことないように…………」
新顔達の訝しみの視線も物ともせず、嬉しそーに席に着いたセツナのことを、ギンッッッ……! と鋭くひと睨みしてから、シュウは再び壇上へと戻って。
「これより、本題に入る」
崩れ掛けた一同の緊張は、又高まった。