「御免ね、シュウさん。一寸、声、大きかった?」
「すまないね。『少々』、セツナとの話に『熱』を込めてしまった」
何故、そのような声で以て呼び付けられなければならなかったのか、一応、二人は承知していたから、『少なくともセツナは』殊勝に詫びを告げ。
カナタは、何処となーー……く嫌味ったらしく、詫びには聞こえる言葉を吐いた。
「声が大きかったとか小さかったとか、そういう問題ではありません。……貴方達は、この研修の邪魔をする為に参加されておられるんですかっ!?」
「おや、それは心外だね。聞こえたと思うけど、僕がここにいるのは、可愛いセツナに付き合う為と、己への自戒の為」
「真実、そうだと仰られるなら、邪魔をしないで下さい、マクドール殿っ!」
「だから、邪魔なんかしてないって」
……カナタの態度に、カチンと来たのだろう。
シュウは、再び眦釣り上げてカナタへ食って掛かり、が、カナタは何処までも、しれっと答え、
「しておられるでしょうがっ!」
とうとう、シュウは罵声を上げながら、びしっと壇上を指差した。
…………彼が、「見ろ!」とばかりに示した壇上では、壁の方を向き直り、がっくりと項垂れてしまったハウザーと、天井を仰ぎ、何かを堪えている風なキバと、腕を組み、「私は何も知らない」とばかりに、そっぽを向いてしまったバレリアの姿があり。
「三人共、どうかしたかい?」
「何で、そんなことしてるんですか? ハウザーさん達」
怒り心頭の正軍師殿が指し示した場所をチラリと見遣って、カナタは微かに肩を竦め、セツナは深く小首を傾げた。
「誰の所為だと思ってるんですかっ! お二人の所為でしょうっ!! ──どうして、毎回毎回毎回毎回、貴方達は余計なことを仕出かしてくれるんですかっ。とっとと、ご退室為さって下さい、研修の邪魔ですっ!」
「……僕は、至極当然のことを言ったまでだけどね」
「それが、余計なことなんですっっ。貴方がたった今、盟主殿に嘯かれたことは、ジョウストン都市同盟やハイランドや赤月帝国の軍隊系が、如何に各国の欠点を体現していたかと言う………………。…………あー……」
セツナは兎も角、カナタは確実に、壇上の三将軍が取った態度の理由を判っているだろうに、徹底的に、そりゃあもう見事なまでに、「僕には何の責任も無い」と言わんばかりの言動を彼が見せるから、シュウの激高はいや増し、が、勢い彼は、口を滑らせた。
「…………シュウ軍師。自分がたった今、『あれ』に追い討ちを掛けた、という自覚は?」
「……………………誰の所為だと思っているんですかっ!!」
「責任転嫁は良くないね。……良いじゃないか、そういうことを知る意味も含めた、研修、だろう? 現実は、きちんと見詰めないと」
「…………。……ご退席為さって下さい。今直ぐっ! 出て行って下さい、盟主殿もっっ!!」
「言われなくとも」
そんな彼を、からからとカナタは笑い飛ばすと、素早くセツナの腕を掴み、椅子より立ち上がり、風のように皆の間を縫い進むと、議場の扉を開け放った。
「…………ああ、そう言えば、自己紹介が未だだったね。──正軍師殿に追い出される羽目になってしまったから、講義の途中、こんな所から失礼するよ。僕は、カナタ・マクドール。この軍に正式に参加している訳ではないけれど、セツナの手伝いをする為に、ここにお邪魔してる者、とでも言うのが一番の正解かな。……という訳で。皆、これから宜しく」
「怒られちゃったから、僕も行くね。皆、頑張ってねー! これから宜しくー!」
バタム! と盛大に扉を開け放ちつつも、カナタはそこを潜らず立ち止まって。
にっこり、と極上の笑みを浮かべて自己紹介を終えると、至極わざとらしくセツナへと左手を伸ばし、当たり前のように重ねられた彼の手を取って、『僕達は、べらぼうに仲良しさんです』と言わんばかりの態度で、室内に向かって手を振るセツナと共に、やーーーーー……っと、議場を出て行った。
「あの………………」
開け放たれた時とは逆に、やけに静かに扉が閉められてより、暫し。
嫌ーーー……な沈黙に満たされた議場の片隅より、怖ず怖ずと、新兵の質問の声が上がった。
「先程の──」
「──あの方が、間違いなく、トラン共和国建国の英雄、と市井では名高い、隣国の英雄殿です。………………あれでも」
その質問が全て言い切られる前に、クラウスは、未だ立ち直れずにいるシュウの代わりに、少々の本音を込めて、溜息付き付き、本当に、『あれ』がトランの英雄だ、と新兵達の疑問に答え。
「……今の内に、皆さんにお伝えしておきます。この軍で、真っ先にしなくてはならないことは、盟主殿とマクドール殿の『あれ』に慣れることです。『あれ』に慣れないと、どうしたってここではやっていけません。因みにマクドール殿は、盟主殿を馬鹿が付く程『溺愛』されておられるので、あの方の前で、余計なことは突っ込まないのが身の為ですよ。後が怖いですから。…………そういう訳で。お願いです、一日も早く、慣れて下さい。空気の如く、全てを流して下さい」
懇願とも言える口調で、『同盟軍最大のお約束』を語り、シュウの顔色を窺って。
「では、続きを致しましょうか」
一部の者達に、シュウ軍師よりも、マクドール殿と盟主殿の『あれ』に耐性を持っているのはクラウス副軍師だ、との『正しい認識』を植え付けた彼は、何事もなかったように、研修会を続けた。
──この『行事』が行われる度、カナタに『あれ』をやられてチクリといびられ、いたたまれなー……い思いをする将軍達と、悪徳交易商として名を馳せていた割には根が真面目らしいシュウは未だにヨレヨレとしたままなれど、波乱だけは去った研修会場内を眺めながら、こそこそ、っと部屋の隅に身を寄せ合ったビクトールとフリックは。
「…………だから、止めりゃいいんだよ、こんな研修会」
「……そういう訳にもいかないだろ…………」
「そうだけどよ……。っとに……何人、胃痛で医務室送りにすりゃあ気が済むんだろうな、あの二人」
「俺が知るかよ……」
カナタとセツナの『あれ』に新兵達が慣れるまで、当分の間続くだろう、医務室前の長い行列を脳裏に思い描き、やれやれ……、と肩を落とした。
後に、歴史家達が『デュナン統一戦争』と名付けた、セツナ達同盟軍とハイランド皇国との戦いが終わっても。
デュナン国が建国されても。
デュナンの初代王となったセツナが、カナタと共に、自ら建国したデュナンをトンズラするまで。
不定期に行われる『研修会』が、取り止められることはなかった。
どれだけ、あの二人にひっちゃかめっちゃかにされても、シュウや『講師達』が胃に穴を空けても、嗜めなど聞きっこないカナタとセツナにビクトールやフリックが盛大な疲れを覚えても、その『行事』は、クラウスの影の指導の下、必ず執り行われた。
後を絶たない同盟軍の志願兵達に、盟主殿と隣国の英雄殿の正体を、手っ取り早く知らしめる為に。
End
後書きに代えて
如何に、カナタとセツナが傍迷惑野郎なのか、それを書きたかっただけなんです。
それだけなんだー!(笑)
…………御免ね、同盟軍の皆さん。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。