カナタとセツナ ルカとシュウの物語

『とある日の出来事』
──恋のまじな──

時折。

カッポーーーーーン……! ……と、非常に『風情』溢れた音を高く響かせることもある、同盟軍本拠地の大浴場にて。

何時も通りの『馬鹿っぷり』を晒し、きゃあきゃあ……と言うよりは、ぎゃあぎゃあ。

それはそれは賑やかに、そして楽しそうに騒ぎながら、入浴をしている二人──己が故郷トランの、建国の英雄であるカナタ・マクドールと。

今現在厄介になり中の同盟軍の、盟主・セツナを。

浴場に居合わせたシーナは、あー、うるせー……と、嫌そうに眺めた。

──同盟軍のこの城には、トラン湖に浮かんでいたあの城と違い、幾つもの『湯』がある。

デュナン湖の西の畔にある村、レイクウエストよりセツナが『勧誘』して来た風呂職人、テツの趣味が、存分に振るわれているから、この城には、ドラム缶風呂、檜風呂、ジャングル風呂、大理石風呂……と、四種類もの湯があり。

更に今現在テツは、露天風呂の制作に、心血を注いでいるらしい。

幾種類もの湯船があることは、シーナとて歓迎だし。

今現在製作中だという露天風呂は、テツ曰く、混浴、とのことだったから、諸手を挙げて待ち侘びるが。

現在は四つ、もう間もなく五つになる湯──一日の疲れを綺麗さっぱり洗い流してくれる湯の選択が、大分以前より、城の外でさえも、馬鹿兄弟そのもの、と噂に高いカナタとセツナの二人と被らなくても良かろう、と。

シーナとて、そう思わなくもなかった。

……別段彼は、己が以前の指導者と、己が現在の指導者とを、厭うている訳ではない。

カナタとは、己達の指導者だった者、と例えるよりも、三年前の戦友、と例えるよりも、悪友、と例えた方が相応しいだろう関係を築いているし。

彼にとってセツナは、やはり、指導者、と言うよりも、放っておくと何を仕出かすか判らない、手の掛かる弟のような存在だから。

シーナは彼等のことを、好きではあって。

…………だが、悪友のような彼と、弟のような彼と、近しいが故に。

寄っては触っては結託し、その度、碌なことを仕出かさない二人が齎す『被害』を被ることが、決して少なくはないから。

風呂の中でくらい、平穏に過ごしたいよ、俺は……と。

そう感ずることがない訳でもなく。

「…………ま、どっかの腐れ縁コンビよりは、マシ、かぁ……。あのコンビ程は、酷い目に遭わされてないもんなー……」

どうしてこの二人は、こんなにも強烈な性格をしているんだろうと、視界の中に捕らえたカナタとセツナを見遣りながらシーナは、彼等の齎す被害を最大に被る、『何処ぞの腐れ縁傭兵コンビ』と己を比較し慰めた。

「腐れ縁コンビ? ビクトールさんとフリックさん? ……ビクトールさんとフリックさんよりもマシ、って、何が?」

と、その日出掛けた先で起こった出来事や、得た『収穫』や、聞き及んだ話を、一生懸命カナタと語っていたセツナが、シーナのその呟きに気付き。

カナタとしていた話を止めて、くるっと振り返った。

「大方、ビクトールとフリックの二人と自分の何かを比べて、自分で自分を慰めたりしてたんだよ、シーナのことだから」

何の話? と、セツナがシーナへ振り向けば。

浸かっている湯船に浮くセツナの『遊び道具』が、湯船から洗い場へ、洗い場から湯船へ、と行き来する人の流れに持って行かれぬように引き寄せつつ、カナタが適当なことを言った。

「……あー、まー、そんなトコだな……」

適当、ではあるけれども、決して間違ってはいないカナタの言葉に。

どうしてこいつはこんなにも、勘が鋭いんだろう、と嫌気を覚えつつシーナは、投げ遣りに応えた。

「ビクトールやフリックと自分を比べてたら、却って虚しいだけだと思うけどね」

だからカナタは、引き寄せた遊び道具をセツナへと渡してやりながら、湛えていた笑みを深め。

「俺達が、どうしたって?」

丁度その時、ガラッ……と、脱衣所へと続く扉が開いて、ビクトールとフリックの二人が入って来た。

「おや。噂をすれば、だね」

「……噂? 何だ、お前等、俺達の噂してたのか?」

『上手い』具合にやって来た、噂の傭兵コンビをカナタが見遣れば。

肩に手拭いを掛け、誠に堂々と『全裸』を晒しながら、掛け湯を始めたビクトールが首を捻った。

「ま、ね。そんなトコ。他愛無い話だから、気にしないでよ」

「他愛無い話、な……。お前等のする他愛無い話は、何処まで他愛無いんだろうな……」

ビクトールと並び、湯船に浸かる為の掛け湯を終えたフリックは、カナタの弁を受けて、何を思い出したのやら、遠い目をし始めた。

「僕達が普段する話なんて、他愛無いよねえ? セツナ」

「ふつーの話しかしませんよねえ、マクドールさんっ」

傭兵の科白に、カナタは僅か柳眉を顰め。

セツナは、何が嫌なんでしょうねー、フリックさんってばー、と。

『えっ!? え、フリックさんっ? フリックさん、そこにいるんですかっ!?』

すれば唐突に、隣の女湯の方から、フリックにご執心中のニナの声が聞こえた。

「……あ、そっか。ナナミ達も、お風呂入るって言ってたっけ」

ニナの声より、己の義姉を含む少女勢も又、入浴中だとセツナは思い出し。

「そういうことは、早く言え。……風呂の前で待ち伏せされたらどうするんだ……」

寛ぐ為に入った筈の浴場で、フリックは肩を落とし。

「大変だなー、色男ー」

ビクトールが相方を構い始めて。

「うるさい、熊っっ」

『フリックさんっ! 後で教えて欲しいことがあるんですっ。フリックさんの方が私よりも先に出たら、待ってて下さいねっ!』

セツナの話にげんなりしたり、ビクトールのからかいに腹を立てているフリックの声は、確実に女湯にも届いているのに。

ニナは、その一切を拾わず、隣から叫び続けた。