所詮他人事、の風情で少女の叫びを聞きながらも、ふと。
「……ニナが、フリックに訊きたいこと、って何だろうね。今更、何訊きたいんだろう。彼女、フリックのことなんて、大抵知ってるだろうに」
彼女は一体、何を知りたくて……? と、カナタは思考を回した。
「ああ……。多分最近、女の子達の間で流行ってること絡みじゃないですかねー」
カナタの抱えた疑問に、ニナでもなくフリックでもなく、セツナが答えた。
「流行ってること?」
「ええ。この間、ナナミが言ってた奴だと思いますよ。……最近、ハンスさんの所に出入りしてる防具職人さんの一人が、アクセサリーを作るお商売始めたんですって。簡単な奴らしいんですけどね。僕達が使うみたいな、戦いとかの役に立つ魔法具のようなのじゃなくって、本当に、女の子が付けたがりそうなアクセサリーらしいんですけど」
「…………ふうん。それで?」
「で、何だっけ……。えーと……。……ああ、そうだ。──で、ナナミの話では、自分の名前を書いたお米粒と、好きな人の名前を書いたお米粒の裏に、えーと? 自分の名前の奴には自分の好きな言葉で、好きな人の名前の裏には好きな人の好きな言葉、だったかな? ……を書いたのを、小ちゃい瓶みたいなのの中に入れて、それをアクセサリーにした奴があるんですって。それ、ずーっと身に着けてると、どうとかなるのならないの、って言ってました」
『どうとかなるのならないの、じゃないわよっ! 恋が叶うって話だって。お姉ちゃん、この間そうやって教えてあげたじゃない』
だから、ニナが知りたいことはそれじゃないですかねー、とセツナがカナタに説明をしたら。
又もや隣から、今度はナナミの声がして。
「…………成程。お呪いって奴か」
セツナの話とナナミの声より、納得、とカナタは頷いた。
「女の子が好きそうな話だねえ。その職人、商売上手いなあ……」
「ですねー」
「……自分の名前と好きな相手の名前と、好きな言葉を書いた米粒で、本当に恋愛が成就するのか、疑ってみたことないのかな……」
「…………ですねー……」
納得し、が、しみじみと彼は唸り。
眼前の相手に倣うように、セツナも又、しみじみ唸り。
「まあ、いいじゃねえか。女の特権、って奴だろ、多分」
黙って彼等を見ていたビクトールは、笑い始めた。
「そーそー。夢見る可愛い生き物じゃないの」
女性の考えることは良く判らない、と言いたげなカナタとセツナへ、シーナは、少女達を庇うような素振りを見せ。
「夢見る生き物じゃなくったって、構わないだろう? シーナは。可愛ければ」
「……そういう、身も蓋もないこと言うなよ」
「事実は事実」
「アップルさんに、告げ口しちゃおーかなー。可愛い女の子ならそれでいい、って、シーナが言ってましたーって」
「セツナ、お前までっ! 余計なこと言うなよ、アップルにっっ」
「…………おや。やっぱり『怖い』んだ? アップルのこと。……案外、そのお呪
「……カーナーターぁぁぁぁっ!」
そんなシーナを、けらけら笑いながら一頻り。
お呪
「っとに……。どーしてお前達は、俺の繊細で複雑な心が理解出来ないんだ? アップルも大事にしたいし。他の女の子達だって、当然大事にしたいんだよ。判らないかなー、俺の心境。……噂のアレ、随分流行ってるみたいだからさ。誰かに、好きな言葉を教えて下さいー、とか何とか、迫られる羽目に陥っててもいいくらい、お前等だって、女の子には慕われてんだろうに。なーんで判らないかなー、この、ビミョーな男心」
────この二人が齎す『被害』を最も高確率で被る筈の、腐れ縁傭兵コンビが直ぐ傍にいるのに。
彼等よりも自分の方が、未だ、運は太い筈なのに。
何故、自分がやり玉に……と、からかわれたシーナは思ったのだろう。
細やかな意趣返しにでもなれば、と。
その時、そんな言葉を口にした。
やれやれ……、と。
同じ男同士で、仲良し馬鹿兄弟な日々に興じているだけのお前達には、俺の気持ちなんて判らないか、と。
皮肉を籠めて。
「…………何で? どーして? 誰かに、好きな言葉は何ですか? って聞かれたら、これですー、って答えるだけだよ? 例え、お呪
だが。
シーナのそんな皮肉が、セツナに通じる筈もなく。
「言った俺が馬鹿だった…………」
「シーナ。そういうこと、セツナに期待しない方がいいよ」
湯の中から、チャプリと音を立てつつ腕を持ち上げたカナタに、シーナは、ポン……と、同情の証のように肩を叩かれた。
「……だよな。このお子様に、それを期待するのが間違ってるよな……」
「そうそう。物凄く……と言うか、それはそれは物凄く、と言うべきかな? ……それくらい、セツナ、『素直』に育ってるから」
「…………判った。もう一度、そうやって肝に銘じとく……。そうだよな。うん。こいつは、『素直』なんだから…………」
セツナにぶつける言葉の選択を誤ったね、と。
されたくもない同情をカナタより見せられ、シーナががくりと項垂れれば。
「『素直』過ぎるのも、問題だけどね……」
何故かカナタも、何処か遠い目をして遣り切れなさそうに、持ち上げた右手で、顔に掛かる前髪を掻き上げた。
「…………? 素直なことは、いいことだよねえ? ビクトールさん? フリックさん?」
けれど、シーナとカナタの二人がそこまでの風情を見せても、セツナはきょとんとして見せるだけで。
「ああ。悪いことじゃないと思うぞ? 俺は」
見詰められた二人の内、フリックは、至極同感だ、と頷き。
「………………あー……」
二人の内のもう一人、ビクトールは、同じ湯に浸かるカナタの様子をちらちら確かめながら、何と答えてやるべきか、と言葉を濁し。
「そりゃそうと。セツナ。さっきの、好きな言葉がどうたらって奴。お前も誰かに訊かれたりしたのか?」
いっそ……と、ビクトールは強引に、話題を変えた。
「あ、訊かれましたよー。色んな人にー。だから、色んな人に教えましたよー」
すればセツナはにこにこと、お呪いは何処までも、お呪いですからー、と笑いながら、ビクトールに変えられた……と言うよりは戻された話題に乗った。