カナタとセツナ ルカとシュウの物語

『とある日の出来事』
──Sweet memory 〜ファレナの甘い想い出〜──

デュナン湖畔に佇む同盟軍本拠地の古城、その本棟一階にあるレオナの酒場。

城内は固より、近在の村に住まう飲ん兵衛達もが、種類豊富な酒と、女主人のレオナ目当てにやって来る、何時でも賑やかな場所。

その一角の円卓の一つを、その日夕刻、同盟軍の『小さな』盟主、セツナは、トラン建国の英雄と名高いカナタ・マクドールと共に、占領していた。

「でもですね、マクドールさん。昨日、僕が執務中に、シュウさんの目盗んで読んだ、ファレナ女王国っていう処で起こった、内乱……だったか何だったかの本には、あんまり詳しいこと書かれてなくってですね」

「……うん」

「十年と少し前に、ファレナではこんなことがありました! ……っていうのは、勿論判りましたけど、ゲオルグさんのことは、殆ど判らなかったんですよ。エミリアさんが、新しい本が入りましたよーって教えてくれて、どんななんだろー? って図書館行って本開いてみたら、ゲオルグ・プライムって名前が書いてあったから、えっ? って思って、凄く期待して読んだのに……。つまんないです」

「ふうん……。それは、残念だったね」

──もう、その日の内にやらなければならないことを終えたから、そうしているのか否か、それは、カナタとセツナの二人と、酒場にはいない軍師達にしか判らないことだが、何はともあれ、円卓を陣取って油を売っている彼等の話題は、セツナが、正軍師のシュウの目を盗んで読み耽ったという、本に関することだった。

デュナンやトランのある、北大陸ではなく。

海を挟んだ向こうに浮かぶ、南大陸に存在する国の一つ、ファレナ女王国にて、十数年前に勃発した出来事を綴った歴史書、その内容に関すること。

今、セツナがカナタに語って聞かせた通り、自分達の仲間の一人で、二の太刀要らずの異名を持つ伝説の剣士、ゲオルグ・プライムの名前が記されているのを見付けたから、野次馬根性という名の期待で胸を一杯にし、セツナは急いでそれを読んだというのに、余り、詳しいことを、書物は語ってくれなかったようで。

ぷう……っと彼は、頬を膨らませ、不満そうにしていた。

「でも、一通りのことは判ったんだろう?」

「そりゃまあ、そうですけど。だけど、本当に、普通の歴史書に書いてあるようなことしか判らなかったんですよ。ファレナで起こった内乱は、どんな内乱だったー、とか。結局、ゴド…………えっと、何だっけ、えーっと……。……あ、そうだ、ゴドウィンとかゆー、反乱起こした貴族だっ高が負けて、シュユとかいう名前の、王子様が率いた軍が勝って、今の女王陛下の、リム何とかっていう、その頃は王女様だった人を取り戻してうんちゃらー、とか。……僕が知りたかったのはそんなことじゃなくって、ゲオルグさんの、内緒のお話だったのにーーー!」

「……それを、高が書物に期待するのは、無理だよ、セツナ」

盛大に頬を膨らませたまま、ぷんぷんと文句を零すセツナを、一言でカナタは宥めた。

「うううう……。そう言われちゃうと、身も蓋もないんですけど……。でも、つまんなかったんですーーっ!」

やんわりと、が、言い返しようのない正論をくれられて、いじけてみせたものの、それでもセツナは、ぷっっ……、となった頬を、萎ませることはなく。

「ファレナに居た頃のゲオルグの、何を知りたかったの?」

やれやれと、苦笑を浮かべながらカナタは、それまでのように、セツナの話に付き合い続け。

「んとですね、ファレナの国での、ゲオルグさんの色々です! 『ジョーオーキシ』とかゆーのは、楽しかったですかっ!? とか。具体的に、何するんですか? とか。後は、ファレナって、何が美味しいですかー、とか、南大陸って、トランよりも暑いんですかー? とか、それから、えっと、えっと…………」

「……………………直接、訊けばいいのに……」

己の問いに返されたセツナの言葉に、何だ、そんなことかと、彼は心の中でのみ、そっと肩を落とした。

「ファレナが、どうかしたか?」

と、噂をすれば何とやら、で。

酒を嗜むのは、専ら兵舎の己の部屋や、親しい者の部屋等の筈のゲオルグ・プライムその人が、珍しく、酒場に顔を出した。

「あっ、ゲオルグさん! えっとですね、昨日、ファレナ女王国のことが載ってる本読んだんで、そのお話してたんですよー。本の中に、ゲオルグさんの名前も書いてあったんで、興味そそられたんです」

セツナとカナタが交わしていた会話を、耳にしたのだろう。

大きめの木箱を携えて、酒場の入口を踏み越えたゲオルグは、荷物を抱えたまま、円卓の二人に近付きざま疑問を口にして、そんな彼を見上げながらセツナは、にこっと問いに答えた。

「ファレナの内乱の話の本、か? ……又、面白くも何ともない本を読んだもんだな」

すれば、伝説の剣士と名高い彼は、少しばかり、鼻白んだ風になって。

「面白くも何ともない、ってことはなかったですよ。でも、ふつーーの歴史書だったんで、そーゆー意味では、あんまり面白くなかったです。ゲオルグさんの昔のこととか、知りたかったのにー」

セツナは、やはり少しばかり、純粋とか純真とは言えない方向に、笑みを深めた。

……だから、無言の内にゲオルグは、ちらりとカナタを見下ろす。

「今回は、僕は何も吹き込んでないよ。純粋に、この子『のみ』の好奇心。女王騎士のこととか、ファレナの気候風土とか。興味津々なんだよ、セツナ。だから、良かったら、話してあげてよ」

が、カナタは円卓に頬杖を付いたまま、ゲオルグの物言いた気な視線を流した。

「ファレナの話、な…………」

躱された視線を、それでも引っ込めることなくカナタを見下ろし続けながらも、傍らで、期待に満ち満ちた、キラキラした眼差しを注いでくるセツナに臆したかのように、彼は、円卓の空いていた椅子に座り、過去を思い返す風な、遠い目をする。

「ゲオルグさん、何でファレナに居たんですか? 『ジョーオーキシ』ってお仕事、大変でしたか? ファレナって、美味しいものありました? あっついですか? トランよりもあっついですか? 僕が読んだ本には、水ばっかりの国だって書いてあったんですけど、そんなに、河とか湖ばっかりの国なんですか? 南の大陸って、変な生き物います? それから、それから、えーっと…………」

「………………頼むから、落ち着け」

そうすれば途端、生きた伝説と化している男の過去を探る態度から、この分なら楽しい話が聞けそうだ、と踏んだセツナが、矢継ぎ早に質問を繰り出したから、彼は、頭を抱え。

「話の前に。──すまんが女将、葡萄酒のグラスを貸してくれ。頼んでおいたカナカンの酒が、やっと届いたんだ」

レオナの方を振り返り、するりと片手を挙げた。