ゲオルグが、「カナカンの酒」の一言を発した途端。

酒場に居合わせた、が、何かのとばっちりを喰らわぬ為にと、可能な限り、カナタとセツナを遠巻きにしていた男共の、目の色が変わった。

「今、カナカンっつったか?」

「良い酒、飲んでるなあ、ゲオルグ」

目と耳と鼻をひくつかせ、相伴に預かろうと、真っ先に円卓に近寄って来たのは、同盟軍の腐れ縁傭兵コンビ、ビクトールとフリック。

「相伴したいなら、相伴したいと素直に言え。俺とて、一人で飲んでもつまらんと思ったから、ここまで担いで来たんだ」

流した視線で、擦り寄って来た傭兵二人を見遣り、軽い苦笑を浮かべると、ゲオルグは、レオナの許へ踵を返した。

円卓に集った皆には聴こえなかった、ボソボソとした声で、何やらを頼まれたらしいレオナが、怪訝そうな顔付きになったのが、若干、一同の気に掛かったが、おこぼれに預かりたい者共は、そんなことは然して気に求めず、大人しく、ゲオルグがカウンターより運んで来てくれた、幾つかのグラスが揃うのを待ち。

「取り敢えず、飲みながら話すか」

「いいね、いいね。そう来なくっちゃ!」

「それにしても、こんな良い酒、どっから仕入れて来たんだ?」

「僕、クッキー食べてていいですかっ?」

「うん、大丈夫」

いそいそ、未だ空のままのグラスを握ったビクトールやフリックや他の仲間達は、全開の笑顔を浮かべ。

僕はお酒飲めないしー、とセツナは、年がら年中、何かを忍ばせている懐から、クッキーの詰まった袋を取り出して。

皆、いいなあ……、とでも言いたげな顔付きになったセツナの頭を撫でながらも、カナタは、至極当たり前のように、ゲオルグが手ずから葡萄酒を注いでくれたグラスを取り上げた。

……そうして、宴は始まる。

ゲオルグの、ファレナ時代の話を肴に。

「さて、と。あー……、ファレナの話だったな」

口々に、振る舞い酒への礼を告げながら、宴に興じ出した仲間達同様、己も又、グラスを取り上げながらゲオルグは、過去を辿る目をした。

その表情は、過ぎ去ってしまった若かりし頃を懐かしむ以上の何かを含んでいると、カナタやセツナの目にも、仲間達の目にも映った。

若かりし頃の過ちに、今だからこそと触れ合っているのか。

それとも、馳せた武勇を思い起こしているのか。

はたまた、懐かしい人、大切な人、それらとの想い出を、噛み締めているのか、と。

…………だが、その何れだったとしても、伝説の剣士を、伝説たらしめている事実の切れ端くらいは垣間見れるかも知れぬと、人々は身を乗り出し。

「ゲオルグさんは、何で、『ジョーオーキシ』になったんですか?」

何から語ればいいのやらと、話の取っ掛かりを掴み倦ねているような彼へ、セツナが、じゃあこれから聴かせて下さいと、問いを投げた。

「俺が何故、女王騎士になったか、か? ……別に、深い事情があった訳じゃないぞ。──お前が読んだという本に、書いてあったことだろうとは思うが、あの頃のあの国の女王は、アルシュタート・ファレナス、と言ってな。アルシュタートの夫で、当時の女王騎士長だった、フェリドという男に誘われたからだ。唯、それだけだ」

「あ、知ってます、その人達! ちょろっとだけ、本にも書いてありました。でも、あんまり詳しくは判らなくって。……ゲオルグさんは、その人と、お友達だったんですか?」

「……ああ、そうだ。俺が未だ、お前達くらいのガキだった頃からの仲だ。そういう言葉を使うのは、余り俺の柄じゃないが、親友、だった。言葉にするならな」

「へー……。親友、ですか」

「唯一無二のな」

無邪気に問い掛けてくるセツナへ、始めはどうということない風に、が、やがて、言葉の端々にらしからぬ熱を込めて、ゲオルグは、女王騎士になった経緯いきさつと、親友のことを語り始めた。

「唯一無二、ね。ゲオルグにしては、珍しい例えだね」

そんな彼を見遣って、カナタは、おや……、と、眉根を持ち上げる。

「……仕方がない、本当のことだからな」

「…………ふうん……」

「どんな男だったんだ? その、フェリドって女王騎士長は。あんたに、そこまで言わせるんだ、一角の人物だったんだろう?」

迂闊なことを言おうものなら、セツナ以外の誰にでも──例えそれが、このゲオルグであっても──、からかいか、皮肉か、嫌味を投げて寄越しかねないカナタに、そんな態度を取られても、ゲオルグの物言いに変化がなかったので、好奇心に駆られたらしいビクトールが、グラス片手に会話に混ざった。

「あんたと、その男との間の逸話も、さぞかし色々あるんだろうな」

ビクトール同様、フリックも、愉快そうに近付いて来て。

「そうだな……。……一言で言うなら、あれ以上の男を俺は知らん、と言った処か。俺が未だ、血気だけが盛んだった若造の頃、戦場で、ちょいと先走ったことがあってな。殺られそうになった所を救ってくれたのが、あいつだったんだ」

本当に本当に楽しそうな声の、ゲオルグの話は続いた。

「……ゲオルグさんにも、そんな時期、あったんですね」

「当たり前だ。俺とて、生まれた時からこうだった訳じゃない。馬鹿だった頃だってある。──兎に角、だ。そのことを切っ掛けにあいつと知り合って、付き合いが始まったんだ。フェリドと二人、傭兵紛いの生業をして、暮してたこともあった。……陽気な奴でな。良き男で、良き戦士で、良き夫で、良き父でもあったな」

「随分、立派な人だったみたいですねえ、フェリドさんって。……助けて貰って仲良くなった人が、そういう人だったから、親友になったんですか?」

「いや、そうじゃない。俺達が、親友、と言い合えるまでになったのには、一つ、理由わけがある」

────語り続けている合間にも、絶えず飲み下していた酒の所為もあったのだろう。

ゲオルグは、益々饒舌になって、曰く、親友を親友と認めた切っ掛けを、セツナに教え始めたが。

「……ちょいと、ゲオルグ」

そんな彼の名を、何時の間にやらカウンターより出、そして近付いて来ていた、レオナが呼んだ。