カナタとセツナ ルカとシュウの物語

『とある日の出来事』
──密室──

『小さな』セツナが盟主を務める同盟軍の、デュナン湖の畔に建つ本拠地とされている古城には、『えれべーたー』なる代物がある。

サウスウィンドゥ市が出自の発明家アダリーが拵えた、『一世一代』の大発明より生まれたブツ、との触れ込みの。

尤も、そう言い張るのはアダリーのみで、トラン建国の英雄カナタ・マクドールが軍主を務めていた、トラン解放軍の本拠地だった湖上の岩城にも、セルゲイという発明家が拵えた『えれべーたー』はあったし、過去の古い文献を紐解けば、南国は群島諸国連合が、未だ『群島諸国連合』と相成る前、もう歴史の中に埋没してしまった、クールーク皇国の侵略を防いだ群島の島々の有志より成る連合軍の本拠であった船にも、後に、群島諸国連合の中心となったオベル王国にも、マニュなる人物が設置した、『えれべーたー』は存在したと伝えられているし、遥か南大陸のファレナ女王国の遺跡にも、『えれべーたー』と思しき施設が存在していたらしい、との記録もあるから、一世一代、とのアダリーよりの触れ込みは、少々眉唾物ではあるが。

それが、歴史の節目節目で、偉大な発明家達が拵えてきた逸品であることまでは否定し辛い。

実際問題、『利用者の声』という奴に耳を傾ければ、「便利」との言葉は返ってくる。

…………しかし、そんな文明の力であるこの『えれべーたー』には一つ、欠点がある。

否、欠点と言うよりは、弱点、と言うべきか。

──件の『偉大な発明品』は、その動力の拠り所を、人力に求めている。

何処いずこから集められた如何なる人物達なのか、それは、その『えれべーたー』を設置した発明家にしか知り得ぬことなのだろうが、『エレベーターバーバリアン』と名付けられているらしい、屈強で、筋肉ムキムキな男達が、設置された『えれべーたー』の地下に陣取り、えんやこら、の掛け声掛けつつ、息合わせ、滑車に巻き付く鎖を引っ張れば、『えれべーたー』と名付けられた『箱』は、上へ下へと動いてくれる。

その定員は六名でしかないが、それでも、六名もの人間──凡そにして、最大、一八二貫もの重さを上下させることもあるのだから、偉大としか言い様はない。

………………だが。

人力は所詮、人力、でしかなく。

故にそれは、弱点、であり。

その日。

例によって例の如く、年がら年中べったりと、仲良し犬コロ兄弟でもここまで仲良くはない、と言いたくなる程、何時しか共にいるのが常になったカナタとセツナの二人は。

仮にも同盟軍の盟主たる者と、トラン建国の英雄たる者が、果たしてそれでいいのかと、周囲は抱きがちな『うっすらとした疑問』を振り切って、暇潰しに繰り出すべく、本拠地本棟五階のセツナの部屋を出て、『えれべーたー』の前に立った。

その頃。

セツナの義姉のナナミ、『崇高なる生涯の愛』の為に在学中だったグリンヒル市のニューリーフ学園を飛び出して同盟軍に参加した女学生のニナ、旅芸人一座の一員で、戦乱に巻き込まれた結果、同盟軍に加担することになった少女アイリ、相棒である『生き物』のボナパルドと共に遊び相手を捜してその果て、セツナ達に協力する運命を辿ったミリー、偉大なるからくり師である伯父のジュッポを捜す冒険の旅に出て、今は同盟軍にいるメグ、そして、『成人の儀式』を果たす為、故郷である戦士の村を出た恋人ヒックスの後にくっ付いての旅の途中、ヒックスと共に同盟軍に与することになったテンガアール、の六名は。

五階の『えれべーたー』前に今いるとは露知らぬカナタを捕まえるべく、セツナの部屋へ向おうと、昇降する箱に乗り込んでいた。

──何かと騒がしい、この軍の少女達の一部が揃って顔を突き合わせ、カナタを捜していた理由は、きちんとある。

正軍師のシュウ辺りに言わせれば、『問題集団』と評されそうな彼女達ではあるが、戦争中の軍の、れっきとした一員、それも、ひと度戦となれば、防具に身を包み、それぞれの武器を片手に戦場へと出掛けて行くのだ、それなりに、物事は考えている。

例え、『それなりに物事を考える』のが、彼女達が過ごす日々の中の、ほんの一握りの瞬間でしかなくとも。

彼女達とて彼女達なりに、『戦う』ということ、『戦争』ということ、それを思ってはいる。

兎角、女性という生き物は『早熟』でもあるし、況してや彼女達は皆、思春期だ。

顔を突き合わせてお喋りに興じていれば、自然、そのような深刻な話を交わすこととてある。

だから。

前日のお茶会の席で、戦争や戦いの話になって。

自分達が、大人や同年代の少年達に『庇われ、守られている』部分もある、との自覚もある彼女等は、もう少し、皆や、この軍や、盟主であるセツナの為に、『そういう場面』で役立てる方法はないか、との語り合いをもした。

その結果。

どうしたって自分達は女の身の上、体力や体術の面では、男という生き物とは肩を並べ辛い場面が多いが、魔術は、体力や性別と言った、持って生まれてしまった物とはそれ程関わり合いがないから、その方面の能力を伸ばす努力をしてみたらどうだろう、と少女達の意見はまとまり。

彼女達は、その為の『教師』を目し始めた。

……一等最初、彼女達が教えを乞おうとしたのは、風の魔法使いルックだったが、彼は誠に無愛想極まりない性格の持ち主なので、少女達の頼みを、「面倒臭いから、嫌だ」の一言で切り捨てた。

ならば、と次に少女等が押し掛けたのは、偉大なる魔法使いの一人、メイザースの部屋で、が、メイザースは。

「…………お前達に、か……?」

居並んだ面子を、しみじみ……と眺めて、絶望的な溜息を洩らした。

しかし、メイザースより態度で拒否を示されても、彼女等はめげず。

今度は、紋章屋のジーンの許へと向った。

ニナのいたニューリーフ学園で紋章術の教鞭を取っていたこともあるジーンは、その願いを引き受けてくれはしたものの、城内の商業地区に己が店を構える彼女には、上手く時間が作れず。

ジーンの幼馴染みの、札作り師ラウラも、同様に忙しい身で。

終いに少女達は、カナタに目を付けた。

因みに、彼女達とも大層仲が良い、瞬きの術を操る魔法使いの少女ビッキーに魔術の教えを乞うのは、この面子にとっても論外だった。

──カナタが『セツナ馬鹿』であるのは、少女達も周知の事実だけれども。

セツナ馬鹿であることと、シュウ達軍の上層部に時たま溜息を付かせる程、我が道を歩んで止まない現在の彼のその生き様を抜かせば、人当たりは良いし、女性には優しいし、聡いし、魔力もとても高いらしいし、真の紋章の制御も完璧そうに見えるし。

何より、暇そうだし、と。

ナナミ達は、魔術に関する教えを、カナタに求めることに決めた。

カナタは、それが専門という訳ではないけれど、自分達相手に魔術を教える程度のことには困らないだろうと、そう思った。

故に、彼女達はカナタを捕まえる為、最も彼がいる確率の高い、セツナの部屋へ押し掛けようと、『えれべーたー』に乗っていた。