カナタとセツナ ルカとシュウの物語
『とある日の出来事』
──模擬戦──
大人達の大半が、ばたばたと忙しく立ち働いている晴天の日の午後。
何時もは、まるでそれを口癖としているかのように、執務が仕事が書類がと、働け働けとうるさく言って来る同盟軍正軍師のシュウより、珍しく、盟主殿は何処ぞで大人しくなさっておられて下さいと、邪魔者扱いされたので。
ここ、デュナン湖畔に居を構える同盟軍の盟主であるセツナは、大手を振って、兵舎の一階にある訓練所へ赴いていた。
勿論、とことん懐き始めてより、もう何ヶ月目になるのか判らない相手、トラン建国の英雄であるカナタ・マクドールも引き連れて、だ。
「マクドールさん、立ち合いして下さいっっっ」
「……それは構わないけれど……。結果は同じだと思うよ? 又僕に、腕一本でひっくり返されて、悔しいって喚きたいの?」
「うっ…………。そ、そりゃ……。そりゃー僕は、マクドールさんには勝てませんけどーーーっっ。勝てませんけどおおおおっ! やってみなくちゃ判らないですしっっ。沢山沢山修行積んで、何時かはマクドールさんにも勝てるようになりたいですしっっ。…………駄目ですか?」
「駄目、ってことはないけど……。付き合うだけなら、幾らでも付き合ってあげるけど……。うーん……」
ひょいっと訓練所に顔を出してみれば、大人達は忙しいらしい今日と云う日を象徴するように、広い、が普段は訓練中の兵士達で溢れているそこは閑散としていて。
これ幸い、とセツナは、立ち合いをして欲しい、とカナタにねだったが。
その日に限って、セツナとの模擬をすることに何か思うことでもあったのか、カナタは余り良い顔をしてくれなかった。
「何時も、いいよ、って即答してくれるのにぃっ。……何か、理由でもあるんですか? マクドールさん」
なのでセツナは、立ち合いを渋るカナタに、再度、『おねだり攻撃』を仕掛けたけれど。
「んー……。まあ……唯単に、気分が乗らないって云うのが、最大の理由なんだけど……。──たまにはセツナ、一寸苦労すれば勝てる相手と、模擬やってみたら?」
何を思ったのかカナタは、くるりと辺りを見回して、そんなことを言った。
「一寸苦労すれば、勝てる相手?」
「うん、ほら、『手頃』なのが」
そうして、彼は。
訓練所の片隅で、本日の『忙しさ』から逃れて来たのかそれとも、元々からそんな物には関わり合いになる気がなかったのか、何れかの理由で時間潰しをしていたらしい『一団』を指し示した。
「…………あ、そう言えば…………」
ひょいっと、カナタに示された方向へ視線をくれて、ふん……? とセツナは小首を傾げる。
眼差しを向けた場所にいた一団の中には、ビクトールとゲオルグ・プライムが、何やらをネタに歓談している姿もあって、幾ら何でもゲオルグさんは一寸苦労すれば勝てる相手じゃないから、マクドールさんが言ってるのはビクトールさんかー、と、セツナは暫しの思案を見せ。
「言われてみれば最近、ビクトールさんに……って云うか、剣が武器の人との立ち合いって、してなかったっけ……」
たまには違う相手とやり合ってみろって、マクドールさん言ってるのかなと彼は、一応の納得を見せた。
「そう云うこと」
『溺愛』中の少年が見せた納得に、にこっ、とカナタは微笑んだ。
「じゃ、誘ってみようか。ビクトールのこと」
「そですね。……あ、でも、マクドールさんは?」
「僕は、ゲオルグに相手して貰うからいいよ」
「うーわー。ゲオルグさんとやる気ですか?」
「うん、たまにはね」
──ああでもないの、こうでもないの。
微笑みを交わしながら、好き勝手なことを語り合って、カナタとセツナの二人は、ビクトールとゲオルグの元へと近付いた。
「ビクトー……──」
「──…………だーれが、『手頃』な相手だと?」
すすっ……と傍により。
背後から、ビクトールへカナタが声を掛けようとしたら、それよりも一瞬早く熊の如き風貌の傭兵は振り返り、徐にカナタの頭を小突いた。
どうやら、『少年達』が交わした先程の会話を、ビクトールは耳にしていたらしい。
「間違ったことを言った覚えはないけど?」
ゲリゲリと小突かれた場所を庇う振りをして、カナタはビクトールへと笑ってみせる。
「あー、そうかい、そうかい。ま、お前の実力考えれば、そう言われても仕方ねえんだろうがな。……っとに、口が減らねえっつーか……。────ま、いいか。どうせ、暇してたトコだし。いっちょ、ヤルか? セツナ」
だから、悪びれた処が欠片も窺えないカナタの愉快そうな笑いへ、ビクトールは溜息と愚痴を返し。
立ち合いをするのには異存ない、とセツナを向き直った。
「うんっっ! 付き合って、ビクトールさんっっ。…………あ、でも。皆忙しそうにしてるのに、ビクトールさん、こんな所で油売ってていいの?」
ニカっと笑ってくれたビクトールに、元気の良い答えと余分な疑問をセツナは返し。
「いいんだよ、別に。面倒臭い仕事になんか、一々付き合ってられっか」
問われたビクトールは、あっけらかん、とそれを流しながら、訓練所の壁に掛かっている模擬剣を見繕い始めた。
…………が。
「別に、星辰剣でもいいよ?」
「……真剣でやろうってのか?」
「だって……模擬剣で訓練しても」
「…………それもそうか」
「うん。怪我しちゃったとしても、紋章もあるし、お薬もあるし、ホウアン先生だっているんだし。その代わり、ビクトールさんも気を付けてねー」
「お、言いやがったな、こいつ。後で泣くんじゃねえぞ?」
──結局、セツナの一言で、壁の模擬剣へと伸びていたビクトールの手は引っ込んで、彼等は半ば、真剣勝負の立ち合いをする約束を交わし。
揃っていそいそと、訓練所の中央へと進んで行った。
「あれが終わったら、一本、どう?」
やって来まーす、と元気に手を振ったセツナへ、ひらひらと手を振り返しながら見送り、カナタは隣に立ったゲオルグへ声を掛けた。
「俺とお前でか?」
「そう」
「…………俺は、構わんぞ。どれだけ修行を積んでいるのか、見てやる」
微かに愉快そうな表情を湛えながら、セツナとビクトールの後ろ姿より目を離さず、ゲオルグはそれを受けた。
「じゃ、後でね。取り敢えずは、セツナとビクトールの立ち合い、見学させて貰うとしようかな」
「そうだな」
──そして、二人は。
そのまま静かに、始まろうとしている『模擬』へと、それぞれの眼差しを注ぎ。
訓練所中央では、セツナとビクトールの二人が、静かに向かい合って。