カナタとセツナ ルカとシュウの物語

『とある日の出来事』
──お茶会──

デュナン湖の北に位置する、かつてのジョウストン都市同盟の盟主市だったミューズの、更に北。

国境線の向こう側に広がる大地を有しているハイランド皇国と交戦中の、同盟軍居城の三階には広いテラスがある。

ぐるりと、テラスの外周を囲むように緑や花々が植えられたそこは、良く言えば、一寸した空中庭園のようになっていて。

空を眺める感じで軽く上向けば、四階の廊下より出られる、大きめなベランダのような空間に、グリンヒルのニューリーフ学園にて、鍛冶屋の卵達の為の教鞭を取っていたジュドが製作し、設えた、ハイランドとの戦いに於ける功労を讃える銅像──敢えて、誰の、とは言わないが──も臨め。

ハイ・ヨーの管理するレストランや、レオナの営む酒場と並び、人々の、憩いの場所となっている。

天気の良い日、そのテラスへと出て、最も良く景色を眺められる場所に設置された、白くて洒落た作りの椅子とテーブルに落ち着き、香りの高い紅茶なぞ嗜めば、今が戦争中と言うことすら忘れられるくらい、そこは清々しい。

だが、と或る時期を境に。

植えられた緑や花や、そこを吹き抜けて行く風や、広々とした空……と言った物を眺めにやって来る人々の数こそ変わらぬものの、気持ちの良いテラスで、午前や午後の茶を嗜んで過ごそう、と云う者は、滅多に現れなくなった。

────その理由は、誰の目にも明白だ。

素晴らしいテラスで茶を嗜むことを、人々が止めた時期。

それは、水門の街ラダトにて、此度の戦いに於ける宿星ではあるらしい人物を、同盟軍の盟主であるセツナが『拾って来た』時期と合致するからだ。

……セツナが『拾って来た』宿星の名前。

それは、ヴァンサン・ド・プール、と云う。

『一応』は、かつての赤月帝国貴族の出身で、トラン解放戦争にも参加した経験を持ち、知り合ったその日よりセツナが懐いて止まないトラン建国の英雄・カナタ・マクドールやその他、トラン解放戦争の従軍経験者とも、『それなり』には昵懇である男。

──彼の名誉の為に、一言添えるならば。

決して、悪い男ではない。

気も良いし、貴族の出身と云うだけあって、戦いの場に立たせても遜色なく剣も扱ってみせるし、優男のような見掛けによらず、義理堅い。

…………が、この男には、欠点がある。

生き甲斐なのだろうか、とすら思える程、年がら年中、茶会をしているのが好きなこと。

『多少』、思い込みが激しいこと。

そして、骨の随まで、良くも悪くも『貴族』であること。

……それが、ヴァンサン・ド・プール、と云う男の欠点だ。

だがまあ、ヴァンサンがそんな質であろうとも、彼に接する者の『懐』の広さ如何で、どうとでもなることではあるのだが。

話は、それだけでは終わらない。

──彼が、同盟軍に参加することになったのは、彼の親友である、シモーヌ・ベルドリッチ、と云う、やはり、かつては赤月帝国の貴族だった男が、セツナの戦いに協力していたからだ。

ヴァンサンがこの湖畔の城にやって来る数週間前、トラン共和国の首都・グレッグミンスターへと、恒例になって久しい、カナタの『お迎え』に出掛けた帰り。

ふらっと立ち寄ったバナーの村の道具屋で、『薔薇の胸飾り』と云う掘り出し物をセツナは見付けた。

何の役に立つ道具なのか良くは判らなかったけれど、綺麗だったし面白そうだし、と云うことで、セツナはそれを、半ば洒落で買い求め。

瞬きの手鏡を使わず、のんびり船で向かったラダトの街の船着き場で、途方に暮れているシモーヌと、セツナは出会した。

この世を儚んで、川に飛び込むんじゃないかとすら思えたシモーヌの風情に、思わず声を掛けてしまったのが『運の尽き』。

親友より贈られた、大切な大切な『薔薇の胸飾り』をなくしてしまって、もう、大切な心の友に顔向けが出来ない、自分は一体どうしたら……と、切々と語るシモーヌに気押されたのか同情したのか、「あの……それって……これ?」と、バナーの村で買い求めていた胸飾りを、セツナは差し出し。

無償でそれを譲られたシモーヌは、恩を返す為に、同盟軍の戦いに参加することと相成って。

それより過ぎること、数週間。

やはり、たまたま……そう、たまたま、シモーヌをも伴い、ラダトの街を訪れた時、シモーヌに薔薇の胸飾りを贈った当人ヴァンサンと、セツナ達は出会し。

再会したシモーヌとヴァンサンは、共にいたセツナにも、カナタにすら口を挟ませぬまま、二人の世界を展開し、とても『濃い』友情を更に濃く深め。

仲間達を置き去りにしたまま勝手に、同盟軍居城へと戻ってしまった。

…………とまあ、そんな出来事があったが為、ヴァンサンは、同盟軍へ参加すると云う運命を辿っていて。

彼が、親友に倣うように湖畔の城での生活を始めてから、テラスにて、若干の例外を除き、茶を嗜む人々の姿が消えた。

──元々から、とても消極的な苦情は、セツナの耳に届いてはいたのだ。

シモーヌと云う、元・赤月帝国貴族は、ヴァンサンに負けず劣らず茶を嗜むのを好み、三階テラスが己の定位置、と云わんばかりに、何時でもそこに居座っていて。

居座っているだけなら未だしも、ナルシストなのか? と思えてならない風情を醸し出し、やはり、ナルシスト? としか思えぬ身振りと手振りで、誰彼構わず茶の席に誘い。

誘いに応じてくれた相手を、何時までも何時までも、お喋りと茶に付き合わせ続ける、と云うことを、仕出かしてくれていたから。

あの男を何とかしてくれたら嬉しいな、と云った感じの、消極的な苦情が同盟軍内部にあることを、セツナは知っていた。

故に、その内何とかしなきゃなー……とは、盟主たる彼も、思ってはいたのだけれど。

何とかすべく彼が手を打つよりも早く、湖畔の城には、ウァンサンがやって来てしまい。

通りすがった人々を捕まえては、延々、茶とお喋りに付き合わせる、と云う『災い』は、その勢いを二乗して、同盟軍の人々を襲ったので。

何時しか、三階テラスにて、茶を嗜もう、と云う者は、ヴァンサンとシモーヌ以外には、殆ど皆無、となり。

爽やかに晴れ渡った今日も今日とて、仲間達がここで茶を嗜むことしなくなった事実に気付いているやらいないやら、二人は、如何とも例え難い雰囲気を醸し出したまま、香り高い『薔薇の紅茶』とやらを、テラスの椅子に腰掛けて、嗜み。

そんな、或る意味では『恐ろしい』茶会に混ざることを恐れぬ『例外』達と共に、他愛無いお喋りに、花を咲かせていた。