極普通の紅茶よりは若干赤色の強い、本物の薔薇の花弁が浮かぶ紅茶のカップを取り上げて。
「へー、そうなんですか」
感心したような声を、セツナは放った。
『ヴァンサンとシモーヌのお茶会』と云うそれと、彼等が醸し出し続ける背中の痒くなるような雰囲気に、決して、絶対に、負けないし戦かない、『例外』の一人である彼は。
やはり、元帝国貴族の二人に、決して負けることも戦くことも有り得ない、もう一人の『例外』であるカナタと一緒に、怪し気な音楽さえ漂いそうな席に着き、ヴァンサンとシモーヌの紅茶に関する講釈を聞いている最中だった。
「そうなのですよ。我が心の友よ。どうせ嗜むのなら、多少お高くとも、きちんとした銘柄の葉を、きちんとしたやり方で淹れて、それに相応しい焼き菓子など共に、頂くのが一番です」
少し大仰とも思えるセツナの感心に、それ以上の大仰さでヴァンサンは答える。
すれば。
「素晴らしいよ、ヴァンサン。ああ、我が心の友よ。何時如何なる時にも、我々の求める美しい世界への心構えを忘れない、君の姿勢を僕は、讃え続けたい」
やはり、何処までも大仰な態度、大仰な台詞でシモーヌが、キラキラとした『何か』さえ飛ばして、親友に語り掛けた。
「おお、シモーヌっっ。心の友よ。私は唯、私の思う処に沿って、日々を送っているだけなのですよ」
故に、セツナの方を向きながら熱弁を振るっていたヴァンサンは、くるっと親友を振り返り。
歌劇の台詞の練習……? と、セツナが内心で突っ込みたくなった程の勢いで、親友の手を取った。
「…………『我が心の友』よ……って。ヴァンサンさんとシモーヌさんの、枕詞なんでしょうか……。どーして名前呼ぶ度、何時もあれが付くんでしょうねえ……」
──始まって程ない茶会の途中。
又もや、手に手を取って、自分達『だけ』の世界を築き始めた二人を、こっそりと盗み見て。
セツナは、己の左斜め前に座っていたカナタの服の裾を、テーブルの下からそっと引き。
こそこそと、小声の疑問を呟いた。
「さあねえ……。あの二人のノリは、僕にも判らないよ。……と云うか、理解出来たら凄いと思う」
耳に届いたセツナの疑問へカナタは、こればっかりは己にも謎だ、と肩を竦めた。
「そですよねえ……。──処で『これ』……大丈夫ですか?」
カナタの云う通り、この二人のノリに付いていける者がいたら、それだけで尊敬に値する、とセツナは僅かに遠い目をし。
ふと、手の中のカップを見詰めながら、再び問い掛けた。
「ん? ……ああ、平気。『敵』は、腐っても元帝国貴族。僕が保証してあげる」
このお茶、飲んでも平気ですか? と。
正直な疑問をぶつけて来たセツナに、カナタはにっこりと微笑んで、それだけ『は』平気、と、或る意味失礼な保証をする。
「帝国貴族が、どうか致しましたか? カナタ殿」
と、一瞬前までシモーヌと二人、胡散臭い世界を展開して、他人のことなど欠片も意識していなかった筈なのに、『元帝国貴族』と云う単語には過剰に反応するのか、ぴたり、と動きを止めて、ヴァンサンがカナタを見遣った。
「……ああ。二人のこと見ててね、急に思い出したから。ミルイヒやエスメラルダは元気かなあ……って。そんな話を、セツナとしてただけだよ」
我々が何か? と言いたげに視線を送って寄越した二人の『ナルシスト』に、さらっとカナタは、適当なことを云う。
「エスメラルダ嬢に、ミルイヒ様ですか。ミルイヒ様は、亡きバルバロッサ様の墓標をお守りしつつ、静かにお暮らしになられていると聞きましたし、エスメラルダ嬢は、何処の街で……でしたか、薔薇が見事に咲く庭園のある家で、暮らしているとの噂ですが」
表情一つ変えることなく、追求を躱したカナタに誤魔化されるまま、ああ……とヴァンサンは、三年前の戦争に於ける『気の合う仲間』だった、ミルイヒとエスメラルダの噂を披露した。
「あー……。エスメラルダさんって、アレですよね。以前、マクドールさんに教えて貰った……ほら、トランの戦争で宿星だった、中々『凄い』、女の人ですよね?」
「そうそう。その彼女」
すれば、ヴァンサンの口から飛び出た、エスメラルダ、と云う名前に、ぴくり、セツナが反応を見せ。
セツナの言った、『中々凄い』の部分を、頓に強調した頷きを、カナタは返した。
「エスメラルダ嬢とは懐かしい。彼女は元気なんだね。それは良かった」
どうやらヴァンサンに並び、エスメラルダのことを良く知っているらしいシモーヌも又、その名へ向けて、懐かしそうに目を細め。
彼等はそれから暫し、四人揃って、三年前のトラン解放戦争時の出来事を振り返った。
「くどいようだけどねえ……。彼女に初めて出会った時に、『私を誘拐しに来られたのですねっ?』って、開口一番言われたのには、正直、一寸目線、遠くなったかなー…………」
カップ片手に頬杖を付きながら、ボソッとカナタはあの頃の思い出を語って。
「………あの……。マクドールさん? 僕、前々から不思議だったんですけど……。エスメラルダさんって人、解放軍で、何してたんですか……?」
セツナは上目遣いで、以前より聞きたかった事柄を、この際だ、とカナタへぶつけ。
「彼女が何してたか? ──解放軍の皆も、不思議に思ってたみたいだけどね。彼女、何時もお茶してる印象しかなかったみたいで。でも彼女も、解放軍の為に尽くしてくれたよ。エスメラルダの持ってたコネ、色々と役に立ったしねー」
「……コネ?」
「そう、コネ。色んな所に、色んな知り合いがいる人だったっけ。実家の使用人だった者だの、じいやだのばあやだの。昔色々とあったらしい殿方だの。人脈『だけ』は、豊富だったなあ」
「………………褒めてます?」
「勿論」
──カナタとセツナの二人は、時折、薔薇の紅茶を飲み下しながら、エスメラルダの思い出話を軸に、好き勝手なことを言い合って。
「彼女は、素晴らしい人ですよ」
「ええ。我々の仲間内では、高嶺の花の一人だと、そう言われていて」
少年達のやり取りを聞いていたヴァンサンとシモーヌは、如何に彼女が素晴らしい女性だったかを、懇々と、語り始めた。