カナタとセツナ ルカとシュウの物語

『とある日の出来事』
──我等が愛しきデュナンのお城──

後半月程もすれば今年も終わるという、その年最後の月のその日。

ハイランド皇国と交戦中の同盟軍本拠地である、デュナン湖畔に建つ古城にて、年末一斉大掃除が決行された。

それは、経済的に恵まれぬ倹しい育ちをした所為か、若干十五歳前後にして年季の入った主婦の如く家事全般に長けていて、且つ、異様なまでの情熱を燃やす『小さな』盟主の少年セツナが自ら言い出し、率先して計画を練り、「そんなことより執務を優先して欲しい」が本音の鬼正軍師のシュウを、自身の養祖父であり、かつてのジョウストン都市同盟の英雄でもあったゲンカクの名まで引き合いに出しつつ泣き落としで黙らせた上で決行された、セツナにとっては、待ちに待った念願の日であり、念願の行事だった。

セツナの仲間──彼の一〇八星の中にもチラホラといる、夫を持つ女性達や、本拠地内に住まう難民達や一般兵士達の奥方衆を筆頭とする、セツナ同様、家事全般に長けている彼女達にとっても、張り切り甲斐のある日であり行事だった。

一年に一度くらい、そして年の瀬くらい、己達の住まいである古城を綺麗に磨き上げるのは当然のこと、と。

只でさえ、男共は家事に関しては猫よりも役に立たない処か、何時だって散らかし放題なんだから、とも。

だが、セツナや女衆に言わせれば、生活能力を何処かに落っことして生まれてきた、と相成る、「人間、埃で死にゃしない」が主張の男共にとっては、出来ればやって来て欲しくなかった日であり、逃げ出したい行事でしかなかった。

「やるって決めたし、シュウさんの許可ももぎ取ったんだから、この先、文句を言う人は、僕が拳で説得します!」

と、爛々と目を輝かせたセツナに高らかと宣言されてしまったが為、その小柄で華奢な体躯からは到底想像出来ない、トンファーの一撃のみで大男でも呆気なく昏倒させる腕前を持つ武道家でもある彼の、『拳の説得』など間違っても喰らいたくないし、何より、盟主の絶対命令には逆らえっこない、と渋々ながら受け入れはしたが、本心では、大掃除当日を迎えても、嫌で嫌で仕方なかった。

普段は剣や弓や槍等々を握っている手に、帚や雑巾やハタキを握らされ、やれ、あっちをこうしろ、こっちをそうしろと、女衆に命ぜられるまま広い城内を駆けずり回って、ちまちまちまちま、煉瓦の目地までも磨き歩かなくてはならない一日など、この戦乱の世を見事に生き抜いている、一廉ひとかど以上の戦士や剣士や武道家な彼等には、苦痛以外の何物でもない。

それに加え、大掃除の際は、手拭いでの『姉さん被り』と襷掛け必須、とのセツナの厳命が、男共を打ちのめした。

何が悲しくて、そんな格好!? と、涙に暮れたくなったくらいに。

実際、無謀にも、セツナに物申した者まで出た。

単体でもナニなのに、彼には常に、『セツナ溺愛馬鹿』が病気の域にまで達している隣国トランの英雄殿、カナタ・マクドールが引っ付いていて、盟主殿相手に文句を垂れようものなら、セツナよりも遥かに質の悪いカナタに制裁を喰らうと、十二分以上に知っていて、尚。

けれど、セツナは許してくれなかった。

お掃除した端から髪の毛とか落とされたら嫌だから、を主張に、頑として譲らなかった。

そして結局、誰も、盟主殿の厳命からは逃れられなかった。

……そう、何者も。

セツナを捕まえ苦情を言った、トラン共和国大統領子息のシーナを筆頭とする者共を、「セツナの決めたことに逆らうんだ?」と、にっこり笑顔で成敗しつつも、内心では彼等同様、姉さん被りに襷掛けという格好は遠慮したかったのか、やんわり説得しようとしたカナタも。

自室の掃除に励んだ振りをし、やるにはやったが、常に山程の書類や書物が積み上がっている雑然とした部屋なので、片付けたように見えないだけ、とセツナを誤魔化して、書類の決済に勤しもうと考えていたシュウも。

掃除用具など、子供の時以来持ったことも見たこともない、だから、年末大掃除に従事する代わりに、警護が手薄になる城内の見回り仕事を引き受けるから、それで手を打たないか? と交渉してきた、『二の太刀要らず』の異名を持つ伝説の剣士ゲオルグ・プライムも。

年末一斉大掃除とは、一体何だ? 何故、年末だからを理由に大掃除などしなければならない? ……と、そこからして理解及んでいなかった、軍内の殆どの者は『今は亡き』ルカ・ブライトのそっくりさんで、名前も同じ遊歴の戦士と信じているルカも。

皆、例外なく、『姉さん被りに襷掛け』格好を、セツナにより強要された。

言うまでもなく、大掃除そのものも。

けれども、大掃除なんて……、が本音の大多数の男共から呻きや嘆きが洩れる中、どういう訳か、最古参の者達──セツナが同盟軍の盟主となる以前に縁を持ち、且つ仲間にもなっていた者達は、誰も、文句一つ言わなかった。

…………弓使いの少年キニスンや、医師助手トウタなどは、未だ十代の若さだし、二人共に素直で真面目な口だから、大掃除もそれに纏わる諸々も、すんなり受け入れたのだろうし。

旅芸人一座の一人のボルガンや、コボルト族の剣士ゲンゲンは、楽しい行事か何かと誤解していたのか、はしゃいでいたし。

傭兵隊頭領のギルバートや、神槍と呼ばれる槍遣いのツァイ、前サウスウィンドゥ市長グランマイヤーの側近だったフリード・Yは妻帯者なので、この手のことにも慣れているのだろうが。

任侠道に生きる漢・リキマルも、尊大な態度が通常装備な魔法使いザムザも。

常ならば徹底抗戦の構えを見せるか、さもなくば、とっとと何処かにトンズラし兼ねない、同盟軍の内でも外でも腐れ縁傭兵コンビ扱いされているビクトールもフリックも、大人しく、一言の苦情も言わずに、黙ってセツナの仰せに従った。

そんなこんなだった、デュナン城の年末一斉大掃除決行日から、更に数日が経った。

前日は冬至に当たっていて、「皆、喜んでくれるかな。喜んでくれたらいいな」の一念で、セツナが、冬至祭をやりまーす! と言い出し、その為の支度も自ら整えてみせた為、昨日の夕刻から深夜に掛けて、本拠地内では冬至祭が執り行われており、

「当日になって突然、セツナに開催宣言された冬至祭だったけど、結構楽しめたな」

と、前夜の名残りを引き摺っている風に口々に言い合う者達で、午前の内から、本拠地本棟一階に位置するレオナの酒場は溢れていた。

「ビクトール。フリック。何処かでセツナを見掛けなかった?」

後八日で今年も終わってしまう、雪降り頻る日も少なくない真冬なので、軍務も余りないのだろう、午前中から飲んだくれている人々の中には、案の定、腐れ縁傭兵コンビも混ざっていて、カウンターに最も近い、彼等の定位置と化してる円卓にて暖かい酒を舐めていた二人の許に、カナタがやって来た。

「セツナ? いや、今日は未だ見掛けてねえぞ」

「お前が、セツナの居場所を把握してないなんて、珍しいな」

酒そのものを楽しむでなく、指先と体を暖めるべくグラスを掴んでいたビクトールとフリックは、酒場の入り口を潜るや否や一直線に近付いて来て傍らに立った彼を見上げる。

「それが。余りにも急に冬至祭やるなんて言い出したからか、朝食の後、セツナ、それ絡みの小言を垂れる気満々な感じのシュウに捕まっちゃってね。仕方ないから彼の部屋で待ってたんだけど、中々戻って来ないから、迎えに行ったんだよ。何時までも、そんなことで煩わされたら可哀想だろう? 夕べのあれは、セツナの思い遣りが形になっただけなのに、くどくどしく説教する心の狭い正軍師殿の方が悪い。でも、セツナも上手いこと逃げ出したらしくて、もう、シュウの所にはいなかったんだ。……それ以来、行方不明。本拠地の中にいるのは確かなんだけど……」

揃って、セツナが今何処にいるかは知らない、と首を横に振りながら、「お前の『セツナ溺愛馬鹿』は筋金入りだ」と、呆れを瞳の片隅にだけ滲ませた傭兵達を、カナタは眺め下ろし、渋面を拵えた。